第18回 董卓の宴
「連環の計」の完結のために郿城を訪れた4人の少年・少女。
相手は魔王・董卓。
第18回 董卓の宴
新都・長安より西、董卓の居城、郿。
「太師」董卓の命を受けて、司徒・王允の孫娘である貂蝉が宴での伎楽を演じるために赴いていた。
これに従うは三人の少年、少女。
王允の孫、王耀。中郎将・呂布の娘、斗。もと司空・楊彪の息子、楊脩。
全員が同じ使命を帯びて参上している。
「董卓暗殺」
かつて、皇帝への忠義の厚い官僚たちが何度となく挑戦し、その都度失敗してきた企みであった。
反董卓連合が二十万の将兵を動員しても叶わなかった「打倒董卓」を四人の子どもたちで成し得ようとしているのだ。
無謀、であった。
しかし、董卓が最大の敵と見ていた南陽の袁術に釣りだされるように董卓軍の主力十三万が長安を離れている。
側近たちも同じく郿城にはいない。それぞれが遠い場所にあり、長安の異変にはすぐには対応できない状態だった。
千載一遇の好機。
王允、楊彪、袁術らが練りに練って進めてきた「連環の計」はいよいよ詰めの段階にきていた……。
「恐ろしいほどに静まり返っている……」
二番手を歩む斗(周囲の縁者からは阿斗と呼ばれている)が呟いた。
宴が開かれる会場に続く薄暗い廊下は城下の朱雀路よりも広く、ひっそりとしていた。
見上げると剣を投げても決して届かないほどの高い天井。
それを支える何百という巨大な漆黒の柱。
いくら進んでも人影は無い。
「墓場だ……」
先頭を進む最年長の楊脩も思わずそう口にした。
この城自体が生者のいない死者の棺桶のように感じたのに違いない。
最後尾を歩く王耀も心の中で頷いた。
(そうさ。ここが董卓の墓場だ。)
腰に差した業物「北斗七星の剣」をぎゅっと握りしめる。
闇が濃くなった。
廊下を照らす蝋燭の数が減ったからだ。
漂う異臭が鼻をつく。
怨恨に満ちた死臭。
(俺が皆の無念を晴らそう。この城で果てていった幾千の者たちよ、俺に力を貸してくれ。)
大きな扉の前に着いた。門番がいない。
「耀よ、一緒にこの扉を開こう。」
楊脩が扉に手をかけてから王耀を呼んだ。二人が揃って押す。
ギーという重々しい音とともに扉が動いた。
「うっ!」
全員が呻いた。
開いた扉の向こうから飛び込んできた眩い光に目がくらむ。
そこは歩んできた廊下よりもさらに広かった。天まで届くほどの天井。
両脇には八列の机が永延と連なり、その間を縫って奥まで赤い絨毯が敷き詰められている。
万を超える蝋燭の火が会場の隅々までを照らしていた。
誰もがこれほどまでに豪華かつ異様な宴会場を見たことがなく圧倒されている。
驚くべきは千はあろう宴会の席にたった二人しか座していないことであった。
この広大な面積にたった二人。衛兵すらいない。
「いや、見えない位置に兵が配置されているだけだ。誰もいないわけではない」
阿斗が王耀の耳元でそう伝えた。王耀も頷く。
尋常ではない殺気がこの空間に満ちているからだ。
赤い絨毯を踏みしめて四人は前へと進んだ。
遠く、誰であるか定かではなかった二人の人物に近づいていく。
見覚えのある人影。
左に座っているのは三公のひとつ太尉の位にある張温。
右に座っているのは尚書令の蔡邕。
今回の宴に招かれた客はわずかこの二名であった。
その奥にも絨毯は続いており、やがて石段となり、百段近くあろう遥か頭上に太師董卓の席があるようだった。しかし眩い光の向こうで視界が効かない。董卓の姿は確認できなかった。
「まずはそこに控えなさい」
蔡邕が目前まで迫って来た四人にそう伝えた。
四人は膝をつき、頭を下げる。
「帯剣は認められぬ。腰の物を私に預けなさい」
剣を佩いているのは王耀と阿斗の二人である。
「お言葉ながら、本日は貂蝉の伎楽に合わせて剣舞の披露をさせていただければと思ってまかり越しました」
頭を下げながら王耀は必死にそう答えた。剣を奪われたら刺客の役目を全うできなくなる。いや、その時は蔡邕から奪い取ればいい話なのだが、名声高いこの男を傷つけたくはなかった。
「太師様はそのような舞は所望されておらぬ。剣を置けぬのであれば宮殿より去れ」
小高い蔡邕の声が一段と響く。
「はっ……」
王耀がやむを得ず剣を置こうとすると、奥から大きな声が聞こえてきた。
「構わぬ。その者に剣舞をさせよ蔡邕」
まるで闇の奥底から鳴り響いてくるような圧迫感がある。
(これが董卓か……まさに魔王。)
王耀は唾を飲み込み、かしこまりながらそう思った。
全員が確信していた。
これは董卓の声だと。
現に董卓から命じられた蔡邕は恐れおののきガタガタと震えながら「はい」と答えている。
その横の張温も青い顔をしてうつむいていた。
「太師様、お初にお目にかかります。司徒王允の孫、貂蝉にございます。本日はお招きに預かり、恐悦至極に存じます」
貂蝉が前に進み可憐な声でそう云った。恐れを微塵も感じさせない堂々とした口上であった。
その姿を見て、腹をくくれば一番強いのはこの貂蝉かもしれないと王耀は内心舌を巻いた。
「よかろう。早速宴を始める。貂蝉よ奏でよ」
やはり董卓の声だけしか確認できない。
貂蝉が伎楽を始めようと準備している間、王耀はいかに董卓を斬るべきかをずっと考えていた。
石段の頂上にいるのは間違いない。
あそこを駆け昇って斬ることはまず不可能だった。
石段の至る所に兵を隠している雰囲気がある。
頂上には雅な観覧席が設置されているだろうし、当然そこには隠し扉があるだろう。
登りきったところで董卓の姿は消えている。
いかに下ろすかだ。
董卓を目前に引き寄せなければ斬ることはできない。
兵を隠していてもそうなれば邪魔立てできない。
無邪気な表情で楽曲を奏でる貂蝉をよそに、王耀、阿斗、楊脩の三人は策がないかと頭を必死に回転させているのであった。