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第17回 白馬義従

連戦が続く孫策軍に援軍登場。

第17回 白馬義従


 豫州よしゅう汝南じょなん


 豫州刺史である父、孫堅そんけん名代みょうだいとして兵一万を率いこの地を訪れていた孫策そんさくは、五黒風ごこくふうとして地元民たちに恐れられている賊徒退治に精を出していた。

 流民るみんの一団、許褚きょちょが率いる二万を見事に撃退した矢先に、突撃の時期を窺っていた黄巾こうきんの一団、劉辟りゅうへき率いる騎馬隊の奇襲を受けた。


 

 「殿!」

日頃寡黙な程普ていふが険しい表情で孫策に声をかけた。

 「狼狽えるな。俺は退かぬ。右翼は公瑾こうきんの家人の董襲とうしゅうだったな」

孫策に呼ばれて周瑜しゅうゆが頷く。


 すでに董襲の陣は騎馬隊の攻撃を受けて砂埃に包まれていた。


 「絶対に退かすな公瑾。子明しめい、騎馬隊をまとめろ。劉辟の首は俺が討つ」

呂蒙りょもうが青い顔をしながら何度も頷いた。


 「殿、右翼はすでに崩れていますぞ。すぐに本陣が突かれます。ここで大将が動くのは自重されるべきこと」

そう云って程普が孫策の前に馬を進めた。その目は傍らの周瑜を見つめている。云いだすと聞かない孫策を止めるためには周瑜の協力が必要だった。

 周瑜も阿吽の呼吸で承知している。

 ここは兵を退き、陣を立て直す必要があるのだ。

 追撃は厳しいものになるだろうが、大将を守り通すことは可能だ。


 「伯符はくふよ、敵の騎馬隊は二万。ほころびのできた陣では対峙できない。退こう。時には退くも勇気ある行動だ。」

周瑜がはっきりと云い放った。

 

 砂埃の中から騎馬が一騎、また一騎と姿を現した。

 こちらに向けて駆けてくる。

 本陣の守り、旗本は二千。呂蒙の騎馬隊が千。誰もが固唾かたずを飲んで孫策のめいを待っている。


 「危機こそ飛躍の時。この機会逃すものか。敵の大将がそっ首差し出しているのだ」

 「伯符!」


 「ついてこられるのならば来い!」 


 そう云い残して孫策が駆ける。


 そして一番槍で辿り着いた敵兵の首を一撃で刎ねた。


 孫策の愛馬「飛燕ひえん」が躍動する。


 また二騎、孫策とすれ違いざまに首を落とした。


 その勇姿を見て、呂蒙が吼えて後を追った。


 千の騎馬隊が続く。


 董襲の陣は完全に崩れきったようで、砂埃の中から凄まじい数の劉辟の騎馬隊が横一列で出現した。


 鶴翼かくよくの陣。

 孫策の本陣を囲い込む作戦だった。ひとり残らず潰すという気概なのだろう。

 お陰でどこに敵将の劉辟がいるのか皆目見当がつかない。


 程普が舌打ちし、本陣の旗本を動かす。歩兵ばかりだから機動力が無い。小さくまとまりながら前進する。


 周瑜が左翼に指示を出して程普の後に続く。


 劉辟が横一列ならば、孫策は縦一列。


 敵もさすがに反撃してくるとは思っていなかったようで、為すすべなくその突撃を受けた。


 孫策や呂蒙らは難なく敵陣の反対側まで突っ切る。


 鶴翼が閉じて押し込まれたのはむしろ後続の程普や周瑜だった。

 馬蹄に踏みしだかれて陣が乱れる。

 程普も周瑜もバラバラになって敵と打ち合った。

 指揮系統も滅茶苦茶な状態であったが、戦慣れしている孫策の兵たちは自然と味方同士で固まり凌いでいた。

 逃げ出す者はいない。


 敵陣の中から数千が飛び出し、孫策を追って動き出した。


 反転してきた孫策と真正面からぶつかる。


 鋭い動きをしているのは孫策の方だったが、数が圧倒的に違う。

 あっという間に押され始めた。



 それを静かに見守っている軍勢が少し離れた小高い丘のうえにあった。

 騎馬一万五千。

 そのほとんどが白馬で占められている。


 「公孫越こうそんえつ様、そろそろ動かねば孫家の兵は全滅します。」

白銀の鎧をまとった小柄な将がそう云うと、先頭の男が笑顔で振り向いて、

「なーに、孫家の兵はこれしきのことで破れはしないよ。しかし、あの状況で反撃に移るとは恐れ入ったね。子竜しりゅう、あの先頭を駆けている将が孫堅殿の息子の孫策殿かい?」

「はい。おそらく。一年前にお会いしたときよりも数段逞しくなっていらっしゃいますが」

「ふーん」

「公孫越様?」


 「いや、救うよりもここで殺してしまったほうがいいかなと思ってね」


 「公孫越様!」

「冗談だよ。まったく子竜は冗談が通じないねー」

「冗談など云っている場合ではありません。我々は袁術えんじゅつ様の援軍としてこの地に赴いたのです。孫策殿は袁術様の旗下。これを救うのは我々の役目のはずです」

「わかってる、わかってる。まあまあ抑えて。では関羽かんう殿も張飛ちょうひ殿も準備はいいですか」

 

 公孫越に呼ばれてひと際大きな男たちが馬を進める。


 「またお嬢ちゃんの得意の袁術さまー!が始まった」

虎髭の男が欠伸をしながらそう答えた。右手の蛇矛がのひかりを浴びて鈍く光る。

 「だからその呼び方は改めてくださいって何度も云っていますよね」

子竜こと白馬義従七番隊隊長の趙雲ちょううんが真っ赤になって抗議をする。

 「おい益徳えきとく(張飛の字)いい加減にせんか。戦場にあっては趙雲殿は我々の同士。女扱いは許さぬぞ」

青黒い顔に腰まで届く見事な髭をたくわえた関羽がそうたしなめた。

 「関羽さん。いつもありがとうございます」

趙雲が兜を脱いでちょこんと頭を下げた。透き通るような白い肌に大きな黒い瞳。肩まで伸びた髪が風に靡く。


 「さて、荀彧じゅんいく殿はお客さんゆえ、ここで待っていてくださいね」

公孫越が優しく声をかけた相手は、ただ一人甲冑をまとっていない青年だった。

「お心遣い痛み入ります。が、気に留めていただかなくて結構。これでも馬の扱いには慣れておりますから」

「なるほど。それでは遠慮はしませんよ。面倒なので、全軍でこのまま敵に当たり、そのまま潁川えいせんにある袁術殿の本陣を目指しましょう。みなさん、よろしいでしょうか」

 公孫越の言葉に誰も異を唱えなかった。


 公孫越。あざな仲才ちゅうさい

 北方の雄、奮武将軍・薊侯である公孫瓉こうそんさんの実弟。白馬義従全部隊の総大将であり、騎馬隊を率いる統率力は公孫瓉以上と噂されている名将である。


 「ああ、そうそう。子竜たち七番隊はこの戦場に残って孫家の御曹司の力になってやりなさい」

「えっ!?ど、どうしてですか」

趙雲が慌てて声をあげると、公孫越は細い目をさらに細めて笑いながら、

「この汝南が袁術殿の唯一の退路となりえるからです。ここをしっかりと維持しておかないと、袁術殿ばかりか我々まで全滅の憂き目を見ることになりかねません。そのためにもあの御曹司には踏ん張ってもらわねばならないのです。ですよね、荀彧殿」

「ええ。潁川の戦線を守りきるのは難しい。南陽なんようも落ちたと聞きます。前後から董卓の精鋭十万に攻め寄せられればひとたまりもないでしょう」

「だ、そうです子竜。頼みましたよ」

「は、はい」


 そう答えたものの趙雲の表情は不満げであった。亡き父親の親友である袁術の援軍に一番乗り気なのはこの趙雲なのだ。孫家の手助けのためにはりきって北平ほくへいから出向いた訳ではない。


 「じゃあ、厳綱げんこう殿は東の敵陣を攻めてくださいね。私は西。子竜は孫策殿に噛みついている陣を攻めることにしましょう。混戦ですから多少味方の歩兵を轢いてしまうのは仕方がありませんね。さ、それでは白馬義従の威力を見せてあげましょうか」


 そう云って公孫越が右手を上げた。


 三千の騎馬隊が東へ一斉に動き始める。


 趙雲も関羽、張飛ら二千の兵を従えて孫策の援軍へ向かう。


 最後に公孫越率いる一万が西に動いた。


 厳綱の隊が一糸乱れぬ隊列で敵陣に襲い掛かると削ぎ取るようにして通過していった。 


 一番敵陣の厚い西を攻めた公孫越は通過しながら騎射を一斉に浴びせかける。


 正確な矢が敵兵の首や顔に突き刺さり、数百という兵が馬から落ちた。


 圧力が弱まり、反撃に転じた程普や周瑜の歩兵は慌てふためく騎兵を次々と討っていった。


 「なんだ、あの野郎たち逃げていきやがる」

援軍の到着を知った劉辟の騎兵は退却を始めていた。

 張飛がぼやきながら孫策のもとに着いた時には敵の姿は無くなっていた。

 「見切りが速いのは見事だな」

関羽が独り言のように呟いた。

 「なんだよ、公孫越の野郎、本当に行っちまいやがった」

張飛の声で気づいた趙雲が目を向けると、すでに公孫越の兵は遥か彼方まで駆けていて小さな点にしか見えなかった。


 「援軍かたじけない。公孫瓉将軍の軍とお見受けしましたが」

周瑜が駆け寄って来た。

 歩兵たちも傷を負っているが死んだ者は少なかったようだ。孫策のもとに集結しつつあった。


 「ええ。公孫瓉旗下、趙雲です」

「おお。これはあの時の……」

兜を脱いだ趙雲を見て周瑜が目を輝かせる。いつの間にか孫策も周瑜の隣に馬を並べていた。

 「女にまた助けられるとは、情けない話だ」

そう云って孫策は趙雲を睨んだ。が、言葉にいつもの覇気が無い。

 孫策にしても周瑜にしても一年前に出会ったこの女傑に心惹かれるものがあったからだ。

 三人とも歳は同じ。それも共感を覚えるひとつであった。


 「援軍に来たのが女で申し訳ありませんね孫策殿!まあこっちもそのつもりじゃなかったんですけどね……」

「なんだと?よく聞こえなかったが」

「いえ別にこっちの話です。それよりあれ。どうします?」

趙雲が馬上で西を指さした。

 地面に点々と散らばる賊徒の死骸の向こう。

 大軍がこちらに向かってきていた。万を超える数だ。


 孫策が見渡すと流民の一団の将である許褚の姿が無い。どさくさに紛れて逃げたのだろう。

 いやこの大軍は許褚が兵をまとめてまた襲いかかってきたのだろうか。


 「あれは敵じゃないですよ。味方でしょ?」

趙雲がそう云うと、孫策と周瑜は眉をしかめてまた西の方角を見た。


 武器を持たない数万の味方。


 この後、孫策は大きな荷物を背負うこととなる。          


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