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第12回 劉表の後詰

荊州刺史・劉表が豪族と組んで孫堅を迎撃します。

第12回 劉表の後詰


 荊州けいしゅう麦城ばくじょう

 ここでは荊州刺史である劉表りゅうひょうくみする江夏こうか太守の黄祖こうそ豫州よしゅう刺史を拝命した孫堅そんけんの争いが続いていた。


 緒戦に敗れた黄祖は麦城に籠り、孫堅はその城を包囲しつつ、襄陽じょうようから来るであろう劉表の後詰を迎い討つ準備を進めている。


 城内の黄祖も夜襲をかけてみたりしたのだが、その度に手痛い反撃を受けていた。


 「殿との、包囲の兵が退いております」

注進があって慌てて城外を見渡すと、孫堅の兵はすっかり姿を消していた。

 「殿、刺史様の援軍およそ三万。麦城より八里(4㎞)に迫っているとのこと」

矢継ぎ早の伝令。

 援軍の知らせに軍議の場に歓声があがる。


「三万じゃと……どうやってそんな大軍を……」

黄祖旗下の猛将、三鬼のひとりである黄忠こうちゅうが呻いた。


 刺史は太守をまとめる管理責任を負っているが、軍権は無い。

 赴任して間もない劉表のもとに集まる兵は一万が限界だと考えられていた。

 荊州の最北部にある南陽なんようには後将軍の袁術えんじゅつが居座り募兵を繰り返している。襄陽じょうようから流れる住民も少なくない。

 数百といった規模であれば可能であろうが、千を超える兵など一朝一夕でなんとかなるものではないのだ。


 「噂に過ぎないと楽観視していましたが、もしかしたら本当にさい家が劉表様に手を貸したのかもしれませんね」

三鬼筆頭の蘇飛そひはそう云って額の汗をぬぐった。


 蔡家は荊州きっての豪族である。

 頭首である蔡諷さいふうは軍事力をもって襄陽周辺の土豪をまとめあげた。一説では一声あげると五万の兵が集まるといわれている。

 蔡諷の姉は三公のひとつである太尉の張温ちょうおんに嫁いでおり、自然と中央政界との人脈が形成されている。

 また、長女を地元の黄承彦こうしょうげんと婚姻させ、名士たちとの交流も深めていた。

 現在は息子の蔡瑁さいぼうに家督を譲っているが、この荊州で最も影響力をもっている人物と言っても過言ではない。


 もちろんこれまでも蔡諷を抱き込もうとした刺史や太守はいた。


 しかし、蔡諷は役人たちに従う意思はまったく見せず、逆にいがみ合い、争う傾向が強かった。


 黄巾の賊徒たちとも裏で繋がっており、荊州各地の反乱とも密接に係わっているとも噂されていた。


 それが今更刺史に協力しようとするとは……。


 蘇飛は腑に落ちなかった。



 「援軍の使者が到着しました。」


 城を訪れたのは後詰三万の軍の副将を務める男であった。長身の割に痩せていて鋭い目をしている。


 「蒯良かいりょうあざな子柔しじゅうと申します。太守様にはこの度、荊州刺史様にお味方いただきありがとうございます」

礼を述べている声もどこかしら寒々しく、冷たい印象を受けた。


 「礼には及ばぬ。お主が来てくれたお陰で城の囲みが解けたわ。礼を云うのはこちらのほうじゃ。これでもう一度、正面から文台(孫堅の字)と戦える」

宝石を散りばめた兜を脱いで黄祖はそう云って笑った。

「間もなく三万のお味方が到着致します。指揮権はこちらに移していただきますがよろしいか。」

蒯良は瞬きもせずにそう答えた。


 「後から来た分際で偉そうに。何さまだ貴様!」

三鬼の中でも歳若で血気盛な魏延ぎえんがすぐに食って掛かる。黄忠が間に入って、

「よさぬか文長ぶんちょう。三万を率いてくるのは刺史様か」

黄忠の問いに蒯良は首を振った。

「都尉である蔡瑁殿です」

 それを聞いて、やはりという表情で蘇飛が、

「刺史様と蔡家は手を結んだということですか」

「ええ。刺史様は先代の正妻と別離し、蔡諷殿の次女、すなわち蔡瑁殿の姉を後妻にお迎えしました」

「なんと……仮にも皇族の劉表様が蔡家の女を妻に迎えるとは……」

黄忠は信じられないといった表情で話を聞いているが、蘇飛にはわかる気がした。


 劉表は本気なのだ。


 本気でこの荊州を統治しようとしている。


 そのためならば何でもやるといった覚悟なのだろう。

 

 だが、なぜ劉表は荊州にこだわるのか……。


 荊州は南北に長い。面積は広大である。その割に人口は少ない。戸籍に登録されていない住民も多い。その大部分は異民族である。特に長江以南はその割合が大きい。土着の豪族たち中央の政権などお構いなしの我が物顔だ。勢力はさらに数十に分れる。


 最も統治の難しい州ともいえるだろう。


 こんな場所で劉表は何がしたいのか。


 それは今敵対している孫堅にも同じことがいえる。高級官僚の犬のような真似をしてまでなぜ荊州を欲しがるのか。


 主君である黄祖の話では、孫堅は長江以南に中央の干渉を受けない「国」を創りたがっているという。


 かつてそれぞれの「国」には「王」がいた。

 

 それを史上初めて統べたのが秦の始皇帝だ。


 以降「皇帝」は王に国の統治を任せることができるようになった。よっていつでも王を排除することができる。

 王の中の王、それが皇帝という存在であった。


 孫堅は王になりたがっているということなのだろうか。


 「まあよい。蔡瑁殿が到着次第、指揮権はお渡ししよう」

「太守様、ご理解いただきありがとうございます」

「無論、到着次第だがな」

黄祖はにやりと笑って言葉に力を込めた。蒯良が不審気な目でそれを見返す。


 「全軍に告げろ。これより城を出て孫堅軍を追撃する。孫堅の首を獲った者は三階級昇進じゃ」

将校たちがどよめいた。

 蒯良が青白い顔で何も云わずにその姿を見つめていた。


 「ぜひこの魏延に先陣をお申し付けください。必ずや孫堅の首を獲ってご覧にみせます」

「おお、文長よ相変わらず威勢が良いな。よかろう。先陣は魏延じゃ。全軍東門より出撃する。城の守りは、そうじゃの……蒯良殿、そなたにお願いしよう。我らは孫堅と雌雄を決するゆえ、お主はひとりでこの城を守っておれ」

そう叫んで立ちあがった黄祖は魏延よりも威勢がいい。


 「……かしこまりました。危うきときは必ずこの麦城にお戻りあれ」

「そうするとしよう。劉表殿には良しなにお伝え下され」

「ご武運を」


 黄祖軍およそ一万が我先にと城を出た。



 城にひとり残った蒯良は軍議室で椅子に腰かけながらニヤリとした。


 

 その後、蔡瑁率いる劉表軍三万は麦城に入る素振すら見せずに南下していった。


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