第8回 董卓の決断
魔王・董卓、いよいよ本格的に登場です!
第8回 董卓の決断
西方、長安の都にそびえるひと際壮麗な巨城、郿城。
後漢第十四代皇帝を抱きかかえることで時の権力者となった董卓の城である。
美女千人、食料三十年分を蓄えていると云われている。
城は一万を超える近衛兵で守られており、長安周辺の兵を含めると十万を下らない。
仮にこの城を落とすとなると三十万の兵でも五年かかるという。
現在の諸侯の中で三十万の兵を養っている者はいない。全土を隈なく探してもそれが可能な勢力は南陽を拠点とする後将軍の袁術と冀州の牧、袁紹が手を組むぐらいである。
この二人の兄弟が手を取り合えば董卓を凌ぐこともできるのだが、現状はその逆で、袁家の家督を巡り他の諸侯を巻き込みながら鎬を削っている状態だった。
そこには董卓派の絶妙な策謀が効果を発揮している。
「太師様、袁術めが南陽を出て、潁川に出陣した様子でございます」
そう進言したのは、董卓の娘婿である李儒であった。字は文優。反董卓連合討伐の総司令官を務めた男で、独断の強い董卓に唯一助言できる軍師ともいうべき存在である。
「李傕め、南陽を攻めずに潁川などで道草しおって。郭汜はどうした。共に先陣のはずでは!?」
広い謁見の間に響き渡る銅鑼声の主は董卓の弟、董旻。字は叔潁。官位は左将軍である。近衛兵一万を率い、郿城守護の責任者を務めている。気性は荒く、日頃から李傕や郭汜とも喧嘩腰でやり合っていた。
「あやつらが命令を忠実にこなすことなどありません。それも作戦の内。今回は吉と出ました。袁術が見事釣れたのですから」
幹部の中ではこの李儒が一番歳若である。二十七歳。だが、軍議の場において最も落ち着きを払っている。
「南陽には兵はどれほど残っているのだ」
そんな董旻の問いにも李儒は薄ら笑いを浮かべながら、
「五千。と聞いております。孫堅の主力は荊州の襄陽周辺で劉表と争っている最中。その息子の孫策が率いる兵は豫州の汝南に進軍中。共に南陽への援軍には駆けつけられません」
と、淀み無く答えた。
「太師様、この牛輔に兵をお預け下さい。袁術の留守中の南陽を西より攻め、三日とかからず落としてみせます」
そう勢いよく前に進み出たのは前将軍の牛輔である。字は仲宣。李儒同様に董卓の娘を娶っており、李儒とは義理の兄弟の間柄であった。
武芸に秀で、得物は戦斧。一騎打ちの腕では華雄に次ぐが、兵の統率はまだまだ不慣れで、益州牧の劉焉との戦いでは辛酸をなめていた。それが今回が名誉挽回の機会と勇んでいるのである。
「今、南陽の援軍に駆けつけようとするのは徐州の牧である陶謙と北平の公孫瓉のみ。しかしどちらも黄巾の残党が集結し反乱の兆しを見せているため迂闊には動けませ」
李儒は千の密偵を諸国に放って情を収集している。どこの勢力がどこと繋がっているのか、ほぼ正確に把握していた。黄巾の残党を影で動かしているのも李儒である。そのため東国は自国の防衛でいっぱいであった。
「仲宣よ、五万の兵を与える。潼関より南に向かい南陽を攻めよ」
遥か上座より漆黒の主から下知が下った。
凄まじい緊張感で軍議の場が静寂に包まれる。
圧倒的な存在感。
これが覇王、董卓である。
字は仲潁。
若き頃は左手でも右手でも鎧ごと相手を貫く弓勢を誇り、西の羌族との戦いで頭角を現した。
長安に遷都してからは逆らう者はことごとく捕らえ、処刑、牢獄に落とし、暴力によって政治を支配してきた。
「魔王」と呼ぶ者も多い。
「はっ!ありがたき幸せ」
牛輔が片膝をついて深く礼をした。
五万……長安を守る兵の約半数である。
李傕らが八万を率いて先陣している。
長安に残るのは近衛兵合わせて七万。
李儒はわずかだが不安を感じた。
「車騎将軍の皇甫嵩を速やかに捕らえよ。罪は朱儁らと共謀した反逆罪だ。叔潁よ」
「はっ!」
「お前を大将軍に任ずる。長安の兵すべてを統制せよ」
「かしこまりました。皇甫嵩を捕らえて参ります」
董旻はそう叫んで頭を下げた。
「微潁よ」
「はっ!」
これまで寡黙を通してきた大男が片膝を着いた。董璜、字は微潁。董卓の甥で侍中を務めている。常に献帝を監視していた。
「車騎将軍に任ずる。雍州へ行き、樊調と共に西を防衛せよ」
「かしこまりました」
雍州には五万の兵が駐留している。
さらに西方には幾つもの軍閥がひしめいており、中央からの独立色が強い。
その筆頭が韓遂という男だった。こことは和睦の話がついていたが、その義兄弟の馬騰が皇室に対し忠義の厚い男で、馬超という十六歳の息子を連れて暴れ回っていた。
長安の南にあたる益州の牧、劉焉とも和睦の話はついていた。両陣の中間地点にあたる漢中を中立区域と定め、ここより先には兵を互いに進めてはならないという約定を交わしている。
この和睦には五斗米道の張魯が深く係わっており、以後、漢中は張魯が治めることとなった。
「文優よ」
「はっ」
名を呼ばれて李儒は慌てて片膝を着いた。
「仲宣の補佐として南陽を攻めよ。手柄は分け合え。先鋒は張繍に任じる」
「かしこまりました」
張繍とは四将軍のひとり張済の甥で、反董卓連合との戦争では騎兵を率い、南陽近郊で袁術相手に活躍した将である。この辺りの地理にも詳しく、先導には最も適した選任であった。
隙の無い配置である。
李儒はそう思った。
周辺の勢力に対しすべての個所が有利な兵数で対している。それでいて長安には董卓がおり、兵も七万残っているのだ。
これを討ち破る手段などあり得ない。
だが、なぜか胸騒ぎが止まらない。
自分がこの長安を離れるということもあるのだろう。
一枚、一枚、皮を削ぐように長安から戦力が削がれているのではないだろうか。
「太師様。司徒、王允をいかがされるおつもりか」
李儒が思い切って問う。
王允はこれまで裏で董卓を操ってきた人物である。
霊帝亡き後、皇太子を匿い、董卓を洛陽の都に導いた。
王允無くして董卓のここまでの出世は無い。
「俺の下につくか、敵に回るかを見極める。王允の孫娘を人質に取る。逆らえば三族皆殺しだ。これで宮廷の勢力は完全に俺の支配下となる」
董卓ははっきりとそう云い放った。もはや王允に利用価値は無いということなのだろう。
「洛陽に留まっている呂布は黙ってはいないでしょう」
「呂布が裏切るようならば容赦はしない」
董卓は割り切っている。これで董卓の譲位の妨げになる者はいなくなるだろう。それができる可能性を持つ者も含めてだ。
野戦では無敵の強さを誇る呂布の騎馬隊も攻城戦となれば話が違う。たかが一万の兵では郿城を落とすことなど不可能である。
もはや隙は無い。
李儒は必死に自分にそう云い聞かせているような気がして苦笑いをした。
南陽を落とす。
最大の敵対勢力はこれで消える。
文字通り董卓の天下が訪れる。
王允の代わりに誰が司徒に選ばれるのか、李儒はそう考えてまた苦笑いをした。




