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第23回 玉璽の行方

董卓軍、反董卓連合ともに陣営の立て直しが急務です。

汜水関と洛陽はどうなるのか!?

第23回 玉璽の行方


 ついに董卓とうたくの軍の先陣が汜水関へ退却した。

 これで南陽なんようから汜水関を突くという作戦を敷いていた袁術えんじゅつ軍の進軍を塞ぐ障害は消えた。

 しかし、陳留ちんりゅう郡の酸棗さんそうにある反董卓連合の本拠地は、董卓軍の別隊、徐栄じょえい李蒙りもうの兵三万に睨まれたままの状態である。

 しかも「中入り」し汜水関奪回を目論んだ王匡おうきょう劉岱りゅうたい張超ちょうちょうの兵七万も呂布りょふの騎兵五千の前に撃退されていた。


 敗北濃厚だった反董卓連合は袁術軍の活躍によって大きく挽回したのである。


 空腹と極度の疲労。そして度重なる激戦で負った傷によって孫堅そんけん軍はボロボロであった。立って意識を保っていることすらままならない状態。そうあっても尚、孫堅の兵は爛々と目を輝かせ、全身に闘気をみなぎらせている。


 孫堅のもとに援軍として駆けつけてきた諸将が集まってくる。


 袁術軍の騎兵隊を率いる紀霊きれい、帝の使者の警護としてこの戦場に訪れた李豊りほう梁剛りょうごう公孫瓉こうそんさんの旗下として袁術軍に助力した趙雲ちょううん

 その中で、劇的な戦いをして孫堅軍の目を惹いたのは趙雲だった。

 陽城ようじょう包囲軍の一番厚い北門へ果敢に突撃をした。

 今回も精鋭である呂布の隊に真正面からぶつかり撃退している。


 周瑜しゅうゆも意識が朦朧とするなかでこの白馬の将から目を離さなかった。

 間近で見るとさらに小柄である。まるで子どもだ。

 白馬の将が馬から下りて、兜を取った。

 周瑜はその顔を見て息を飲んだ。

 隣の馬上でも孫堅の息子、孫策そんさくが息を飲んでいる。


 美しい……


 透き通るような肌と強い光を放つ黒い瞳。

 この世のものとは思えない気高さと逞しさ、そして美しさ感じ、周瑜の胸が高鳴る。

 歳は自分とそうは変わらない。

 戦場に女がいること。しかもそれが一部将であることに驚きを隠せなかったが、それ以上の衝撃を周瑜は受けていた。

 この娘が果敢に突撃を繰り返す騎馬隊の先頭にいたのだ。そして孫堅軍を救った。


 周瑜は馬から下りて、無意識に数歩、趙雲へと歩み寄っていた。

 趙雲がそれに気づいてこちらを向く。

 そして優しく微笑んだ。

 

 周瑜の魂に稲妻が走った瞬間であった。


 この二人が十八年後、赤壁の戦いで全土を震撼させる活躍をすることになる。


 この最初の出会いは共に十五歳の時であった。



 「孫堅殿、見事な戦いぶりでございました。この紀霊、袁術様に代わって勝利を祝福いたします」

「貴公の助力があったればこそだ。勝つには勝ったが、胡軫こしんを逃した。敵兵は再度汜水関に結集するだろう」

「しかし華雄かゆうを討ちました。これを聞けば味方の戦意は頂点に達することでしょう。孫堅殿は絶大な手柄をあげたのです」

「手柄か……」


 汜水関が固められれば洛陽への一番乗りは難しくなるだろう。

 この戦で一番の手柄をあげる者は汜水関を落とし、洛陽に入った者なのだ。それを目指してここまで命を懸けた戦いをしてきた。


 孫堅にとっては無念であった。


 「私は兵をまとめ北平ほくへいに戻ります。皆様のご武運をお祈りいたします」

趙雲はそう云い残して孫堅のもとを離れた。

 

 たくさんの感謝の言葉をかけられた。今回の成果はそれで良かった。


 「趙雲殿、お待ちください。袁術様からの言付けがございます」

しばらく進んだ後、趙雲を呼び止めたのは李豊りほうであった。

「袁術様からの?」

「はい。我が部隊を率いる兪渉ゆしょうは先ほどあえなく戦死を遂げました。隊長無しでは使命を全うできません。その際は趙雲殿に託すよう指示を受けております」

「使命ですか?どのようなものでしょうか」

「帝からの御使者の警護でございます。河内かだいにいます袁紹えんしょう様の陣までお連れするのが使命です」

「帝の御使者……。確かに河内は北平への道の途中ですから構いませんが……」

 そう答える趙雲の表情は冴えない。


 李豊はさらに趙雲に近づき、小声になって、

「御使者の名は劉和りゅうわ様です」

 

 それを聞いて趙雲の目が光った。


 袁術に直接の御目通りが叶ったとき、劉和が陣を訪れたことには気づいていた。


 そもそも公孫瓉がはるか南の袁術軍にわざわざ援軍を差し向けたのも、劉和の父親である幽州ゆうしゅうの牧、劉虞りゅうぐとの軋轢が深刻になってきたからであった。

 劉家は皇帝の血筋。

 それが名門である袁紹と強く結びつき公孫瓉の勢力を剥ぐような指示を繰り返し行ってきた。

 その打開策として公孫瓉は袁術と結びつくことを決めたのだ。


 それをわかっている袁術がなぜ劉和の警護を公孫瓉旗下の自分に託すのだろう。


 「趙雲殿、くれぐれも警護を怠ることなく頼みます。なにせ御使者は玉璽をお持ちなのですから」

李豊はニヤリと笑ってそう告げた。


 玉璽。


 正統な皇帝を継ぐものの証だ。


 なぜそれを劉和が持っているのか。


 なぜそれを袁紹のところに運ぶのだろうか。

 

 ハッとして趙雲は李豊を見た。


 李豊は目を逸らさずにじっと趙雲を見つめ返す。そして、

「もし、河内へお連れすることが適わぬと決断されたときは、北平へお連れするように。これが我が主、袁術様からの言付けでございます」


 「北平へ……玉璽を持った御使者を……」


 「公孫瓉様のところには劉備りゅうびという皇室の血筋に名を連ねる者がいるとか。劉虞様のもとに届けられない場合は、この劉備という男に預ける、ということもあるいは検討しなければならないかもしれません。なにせこのご時世です。何が起こるかわかりませぬからな」


 「……それが袁術様の思惑ですか」


「 さて。一介の部将の戯言でございます。袁術様は使命を趙雲殿に託せと指示されただけ。後の事はよしなにお願いいたしますぞ。趙雲殿」

 

 李豊の背後から輿を警護する一団が近づいてきた。おそらく劉和はその中で震えていることだろう。


 趙雲の背後からは関羽かんう張飛ちょうひが騎馬隊を引き連れて近づいてくる。


 はたしてどのような説明をこの両者にすべきだろうか。

 趙雲は一時、それを考えて頭を痛めた。



 一方、「胡軫敗れる」の報は瞬く間に近隣に広がった。


 日和見を決め込んできた豪族たちもこれで反董卓連合に傾いた。

 遅ればせながらと続々と手勢を送り出し、兵糧を連合軍に付け届け始めたのだ。


 それを見て、弱きものは強きものに流れるのが世の常なのだと呂布は思った。

 そんな者たちがいくら集まっても怖くはないとも思った。

 

 陳留に留まっていた徐栄の軍三万も早々と撤退を決めて、汜水関へと帰陣した。これで約四万の董卓軍が汜水関を固めることとなった。


 胡軫は敗戦の責任をとって指揮権を剥奪され、長安ちょうあんへと送られた。


 代わりに汜水関には東方の総司令官である李儒りじゅが入った。

 董卓の娘婿であり、董卓から絶大な信頼を得ている男だ。

 董卓軍にあって唯一の軍師的存在である。


 李儒は敗戦の報を聞いても特に驚いた感じは無かった。むしろ予想通りと内心ほくそ笑んでいるのかもしれない。


 呂布が汜水関放棄の進言をする前に李儒は撤退を決めた。


 洛陽から長安への民や財の輸送は滞りなく進められていて、いつでも洛陽を捨てる準備は整っていたのだ。あとは呂布の兵が火をつけ、都を焼き尽くせば終わり。長安に強制連行された民は帰るところを失う。

 反董卓連合も目標を失い瓦解するだろう。


 洛陽が消えて無くなれば董卓は安泰になる。


 それが李儒の立てた戦略だった。


 時間稼ぎに送られた胡軫の敗戦など痛くも痒くもない。


 なぜなら李儒はもののふでは無いのだ。

 机上の空論で自らは危険な思いもせずに他人の命を弄ぶ宮仕えなのだから。

 

 例えとるに足らない敗戦でも、武を尊ぶ者の自尊心は大きく傷つけられる。


 このまま洛陽を焼いて撤退しても董卓軍は負けたことにはならないのだろうが、呂布としては納得のいく話ではなかった。それだけ胡軫の負けぶりは酷かったからだ。

 陽城の包囲軍が上手に撤退していれば話は別だったが、胡軫は負けに負けを重ねた。そして死を恐れて敵に背を向けたのである。


 呂布も背を向けざるを得なかった。


 殿しんがりを任された者の使命なのだから致し方ない。


 しかし、全体として無様な負けだった。


 孫堅は陽城に戻り、兵を立て直して向かってくるだろう。袁術軍がこの汜水関に一番乗りすることは間違いない。


 できうるのであれば孫堅の首は獲っておきたい。


 せめてものそれが置き土産となるだろう。


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