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第22回 趙雲の槍

趙雲愛用の点鋼槍。誰から譲り受けたものなのか。

第22回  趙雲の槍


 勝った……。

 周瑜しゅうゆはまるで夢を見ているかのような心地であった。

 孫堅そんけんの周りにいる兵は自分を含めて百もいない。

 しかし勝ったのだ。

 粘り勝ちと云うべきなのか。

 胡軫(こしんn)は我先にと退却していく。


 袁術えんじゅつからの援軍である騎兵の働きが最後の決め手となった。

 強烈な突撃が胡軫軍の中央を割り、旗本の堅陣を突き破ったのだ。

 白馬に跨った小柄な将、両脇の大柄な将の勇姿が周瑜の瞼に焼き付いた。


 胡軫が敗走した。


 名目上ではこの戦場にいる董卓とうたく軍の大将である。

 大将が逃げた。

 勝敗は決したことになる。


 呂布りょふはうんざりした気持ちで、必死に馬を走らせ遠くに消えていく胡軫の背を見守っていた。


 相手はたかが三百の兵だった。それに対して五千の騎兵で攻めた。董卓軍の正規兵でだ。

 敗因は将の統率にあった。バラバラな隊伍。

 乱れた先陣。

 数を恃んでただ攻めた結果だった。


 逆に孫堅の三百の兵はさすがだった。それぞれが役割を知っている。小さくまとまり果敢に戦っていた。

 大将の孫堅自らが先頭を切っていることも大きい。反董卓連合のなかで最も強い部隊と噂されていることも頷ける戦いぶりだ。

 

董卓軍の中でも将が直々に率先して攻め込むことができるのは、呂布自身か華雄かゆう郭汜かくしぐらいなものなのだ。

 四将軍と呼ばれてもてはやされている李傕りかく張済ちょうさいなどにもそんな度胸などない。


 将が先頭を走ることができるのはその武勇に自信があり、且つ部下からの信頼が厚くなければならない。

 後続がついてこなければ単なる無謀な突撃で終わるからだ。


 孫堅の指揮ぶりは見事だった。


 孫堅と胡軫とでは役者が違ったというわけである。


 汜水関に退くよう勧めたのにも関わらず、無謀な戦いに臨み、そして負けた。

 陽城の包囲陣が大敗した件も含めて胡軫の死罪は明白である。かといってその首をみすみす敵に渡すわけにもいかない。これ以上敵に勢いをつけさせることは危険だった。


 呂布が一番手強いだろうと予測していた烏丸の騎馬隊を攻めた。

 追撃できない程度の損害を与えてから殿しんがりとして汜水関を目指す。

 それが呂布の立てた計算だった。


 呂布が赤兎馬の腹を蹴って先頭を駆ける。

 後続の二千もそれぞれが名馬に跨っている。振り返らずともきっちりとついてくるのが感じられた。

 方天画戟を頭上に構える。

 烏丸の騎馬隊の横腹を突いたつもりだったが、向こうも鮮やかな動きで切り返していた。

 

 真正面からぶつかる。


 敵陣の先頭には青黒い甲冑を身にまとった男が青竜偃月刀を構えていた。この男を両断すれば一気にこの隊は崩れるだろう。

 呂布は男の首筋を狙って戟を振った。

 同時に男も同じくらいの速度で青竜偃月刀を振るっていた。

 互いの刃がぶつかり合い、火花が散った。


 呂布の騎馬隊が横に逸れた。


 強力な手ごたえが呂布の両手に伝わってきていた。

 本気の一撃ではなかったが、この程度でも今までの相手であれば充分に倒せた。それを防がれたのは初めてであったし、ここまでの威力の一撃を返されたのも初めてのことであった。


 「騎都尉呂布だ。貴公の名は?」

後続を先に駆けさせ、呂布は馬を止めて誰何すいかした。

 こんな戦場でこんな相手に巡り合えるとは思ってもいなかった。

 男は腰まで垂れた見事な髭を風に靡かせながら、

劉備玄徳りゅうび げんとくの旗下、関羽雲長かんう うんちょうと申す」

落ち着き払った堂々たる名乗りであった。


 「関羽か……その名は忘れぬ。いずれまた戦場で」

そう云い残し呂布は駆けた。

 関羽が追ってくる気配は無い。仮に追っても赤兎馬に追いつくことはできない。


 「もう少し遊んでいきな!」

眼前に虎髭の大男が立ち塞がった。わずかな騎馬隊を連れている。

 その向こうに汜水関を目指して駆けていく騎馬隊が見えた。

 呂布の副将である高順こうじゅんの部隊だ。迅速に兵を動かす男で、攻めるとなると必ず一番槍の手柄を残すし、撤退と決まると一目散で戦場を離れる。

 張遼ちょうりょうの隊も紀霊きれいの騎馬隊の追撃を巧みにかわしながら戦場を離脱していった。


 呂布の周りには手勢はいない。


 虎髭の男が馬を寄せてきた。右手に持つ蛇矛が唸りをあげた。

 切っ先を斬り落とし、返す刃で両断しようと試みたが、蛇矛の振りは尋常ではなく速かった。

 普通の馬であれば呂布はかわせても、馬は両断されていただろう。

 赤兎馬は相手の馬に激突しながらその刃をかわした。


 「ほう、俺の蛇矛を見事にかわしたなあ。馬がいい。その馬のお陰だなあ」

虎髭の男が感心しながらそう云った。

 呂布は応えず、頭上から先ほどの関羽に対したとき以上の威力で戟を振った。

 かわせる者などいない。

 それ程の一撃だった。

 虎髭の男はそれを難なく蛇矛で受け止める。だけではなく次の一撃を繰り出してきた。呂布が戟の刃でそれを受けた。

 「俺は呂布、呂布奉先。貴公は?」

「なんだ、男の名に興味があるのか。だったら教えてやろう。俺は劉備玄徳が旗下、張飛益徳ちょうひ えきとく

 「張飛……覚えておこう」

 赤兎馬が駆ける。張飛は追ってこようとしていたがすぐに諦めたようだった。


 一日に二人も自分と対等に渡り合える男に出会うとは……。


 呂布は駆けながら驚いていた。


 劉備玄徳……聞かない名前だった。

 袁術の兵でなかったことが残念なようでいてうれしくもあった。次戦場で出会うときは心置きなく戦えるだろう。


 右から追いすがってくる騎馬隊があった。

 数にして五百。振り切ることは容易だったが呂布は赤兎馬の足を止めた。

 白馬に跨った小柄な将が先頭だった。

 赤兎馬までとはいかないまでも見事な馬だ。見覚えのある馬だった。だからあえて止まった。


 「多勢に無勢は武将の名折れ。名のある将とお見受けしました。いざ勝負」

手勢を控えさせて一騎で駆けてくる。その声は幼かった。

「面白い。こい」

白馬の将は呂布の半分ほどの上背である。が、臆することなく馬の勢いを生かして疾風の如き突撃で槍を繰り出してきた。

 驚くべき鋭い突き。

 そうそう受け止められる突きではなかった。


 「ほう」


 しかし呂布は軽々とその槍を払った。

 小柄な身体同様に力は弱い。呂布は手加減をしながら戟を振るう。白馬の将は受けることなく見事にかわした。

 素早さは卓越している。

 呂布は赤兎馬を操りながら再度迫った。先ほどよりもキレのある攻撃を何度か試みる。かわしきれず白馬の将の白い兜が弾け飛んだ。

 

 やはり女だった。しかも子どもだ。


 くっきりとした目鼻立ち。雪のように白い肌。厚い唇。戦場で女と刃を交えるのは初めてだったが、こんなにも美しい女に出会ったことも初めてだった。

 こんな感想を聞けば王允おういんの孫娘の貂蝉ちょうせんは焼きもちを妬いて酷いことになるだろうと自嘲した。


 「その馬、俺の友が乗っていた白竜に瓜二つだな」

呂布が戟を上段に構えたままそう云った。

 女は少しびっくりした表情をして、

「この子は白竜の子です」

「そうか。親に劣らぬ良い馬だ。その槍も見覚えがある。俺の友が愛用していた点鋼槍にそっくりだ」

「父を……私の父をご存じなのですか」

「父?お前の父親はなんという」

「常山の趙囿ちょういく。私はその子、趙雲子龍ちょううん しりゅうといいます。貴方は?」

「おお。やはり趙囿の娘か。俺は呂布。その昔、お前の父と朋友の契りを結んでいた者だ。趙囿め、子ができたと冀州に戻ってからは音信不通だったが、このような立派な娘を育てていたとは……子龍か……龍の好きな男だからなあいつは。子龍よ、趙囿も一緒か?」


 「いえ、父は三年前に亡くなりました」


 「そうか。残念だな。その槍は餞別として俺が趙囿に送ったものだ。女や子どもでも握れる槍が欲しいと云っていたから特別に作らせた。よく覚えている」

「そ、そうなのですか……。槍のことは初めて聞きましたが、呂布様のお話は父から聞いております。袁術様と呂布様と父は大変深いお付き合いだったとか。父はよく袁術様と呂布様が手を取り合えば天下を獲れると言っていました。」

「ふはは。天下か……公路(袁術の字)も俺も天下などには興味はない。そんな面倒なものに興味があるのは本初(袁紹の字)ぐらいなものだろう。子龍も劉備とかいう男の家来なのか?」

「いえ。私は今、北平の公孫瓉こうそんさん様に仕えております。呂布様は董卓に仕えていらっしゃるのですか?」

「董卓に仕えているのではない。漢王室に仕えている。まあいい。朋友の娘を斬りたくはない。退け」

呂布がそう云い放つが、趙雲は真っ直ぐな瞳を逸らすことはしなかった。おそらく父に似て頑固なのだろう。趙囿もまた自分の信じたものに対して真っ直ぐな男だった。


 「呂布様、いざ勝負」

趙雲が槍を構えなおす。五百の兵はその背後で固唾を飲んで見舞っている。

 呂布の視線がわずかに逸れた瞬間を逃さず白竜が駆ける。槍が呂布の喉目がけて繰り出されてきた。微塵の乱れも感じさせない見事な槍さばき。この歳でここまで極めるとは並々ならぬ鍛錬をしてきたのだろう。


 呂布はギリギリでその切っ先をかわした。皮が破れ血が流れた。趙雲の顔が眼前にあった。

「子龍よ、勝負はまたの機会に預ける」

そう云って呂布は赤兎馬の腹を蹴った。


 さすがの白竜も追いつけない。



 呂布は駆けながら汜水関を放棄することを決めた。


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