表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/130

第20回 呂布対趙雲・関羽・張飛

孫堅らの必死の突撃の裏で静観を守る呂布、そして趙雲・関羽・張飛。

第20回 呂布対趙雲・関羽・張飛


 孫堅そんけんは、陽城ようじょうからここまでの道筋で、董卓とうたく軍の斥候だと思われる者をすべて斬り捨てた。

 百は下らないだろう。

 当然その中には無関係な地元の村民も混じっていたことだろう。なりふり構ってはいられない。

 一部将の華雄かゆうを討ったぐらいでは大きな手柄とは云えないのだ。

 誰にも文句を言わせないぐらいの功績が欲しい。

 それが洛陽らくようを守る汜水関を一番乗りで落とすことだった。


 経済面の助力、中央との渡り、そんな思惑で揚州盧江の豪族である周家に近づいた。

 周家の分家で、息子と同じ歳になる周瑜しゅうゆという小僧がしきりに参陣したいと申し出てきたときは煩わしいと思ったものだが、なかなかどうしてわずか十五歳の初陣にして戦いの機微を心得ている。

 敵の動きも恐ろしく読む。

 周家の本家の人脈を活用し、董卓とうたく軍の動向も押さえていると程普ていふが話していた。まったく末恐ろしい小僧だ。


 孫堅は背後からついてくる馬群を確認した。

 わずか三百騎。

 そのなかに周瑜の姿があった。


 策士は策に溺れるという言葉があるが、この周瑜には当てはまらないだろう。

 己の命を削って戦わねば得られないものをこいつは肌で感じている。


 戦うべきときに全身全霊をかけて戦うことができる者が立派なもののふだと孫堅は信じていた。

 言葉にすれば簡単だが、いざ実戦でそれができる者は数少ない。

 開き直って死の恐怖を麻痺させるのとも違う。

 志に命をかけることができるかどうかだ。自らの命の価値以上に自らが信じる志を高めることのできる者。

 綺麗ごとを云っているだけでも、実戦を重ねるだけでも培えない英雄の資質というものだった。


 孫堅は周瑜の隣を駆ける孫策そんさくを見た。

 奇襲に遭い敗走し、籠城しては兵糧切れ。命を賭して城外へ討って出た。初陣にしてここまでついてこられただけで合格点と言える。

 しかし周瑜と比べると色あせて見えてしまうのも事実であった。


 格別な声掛けすらしてはいないが、ここまでの勝利は周瑜の手柄だ。

 周瑜の策がすべて当たった。

 もし自陣に周瑜がいなかったらと考えると背筋が凍る思いがする。


 これまで戦ってきた相手とは董卓軍はやはり違うのだ。装備や兵数もそうだが、兵の質、将の質、巧みな戦略、どれをとっても今までの相手とは比較にならない。



 森を抜けた。


 見晴らしの良い平地に出た。


 伏兵を恐れて斥候を出すような余裕も、警戒する暇も無かった。

 胡軫こしんに気づかれていたら殿しんがりの陣を残してこちらを足止めしていたはずだが、それも無い。

 胡軫はまだ気づいていないのかもしれない。

 だとすれば追いつける。


 道の先に異様な気を漂わす兵の一団がいた。


 すべてが騎馬隊。


 数にして五千ほどだった。


 追いついた。


 孫堅はそう感じた。しかし何かが違う。


 五千の騎馬隊は恐ろしく整然していた。こちらを向いて静かに待っている。誰ひとり勇んで突出しようとする者もいない。美しいほどに落ち着いていて、それでいて凄まじいまでの闘気を抑えている。


 これが胡軫の本隊なのか……。

 だとすればここまでの勝ちは奇跡に等しい。そしてそれはもう続くことはないだろう。


 「殿、お待ちください。新手の軍勢に相違ありません」

四天王の一角を担う黄蓋こうがいが孫堅の横に並んだ。

 四天王と云ってもすでに三人しかいない。

 騎馬隊を率いて最も勇敢だった祖茂そもは歩くことさえままならぬ傷を堪えて華雄の前に立ち、その刃を受けて主君を救った。


 「呂の旗とは……何者じゃ」

そう云いながら追いついてきた韓当かんとうも、敵陣の威圧感に驚いて馬を止めた。


 「おそらく董卓軍の騎都尉、呂布りょふの手勢でしょう。汜水関の後詰の役で今回は出陣していると聞きました」

風のように澄んだ声で周瑜がそう云った。


 呂布……孫堅は聞いたことが無い名前だった。

 中央の情勢に詳しい周瑜だけが知っている名であろう。

 おそらくは新参者。

 しかし、この騎馬隊の陣容はただ者ではない。勇猛果敢で知られた孫堅の兵たちが全員足を止めている。


 「いかなるもののふだ。知っていることを殿に話してみよ」

程普がそう云って周瑜を促す。

 他人にも自分にも厳しい程普がなぜかこの周瑜だけには特別な愛情を持って接している様子だった。

 「もとは執金吾である丁原ていげんの配下だった男です。主君の首を獲って董卓に仕えたと聞きます。武勇においては董卓軍においても並ぶものがいないとか。飛将という異名をもって都の民からは呼ばれております」


 「董卓軍において最強……」

周瑜の言葉を聞いて誰もが絶句した。西の屈強な民から成る董卓軍は元来、政治色の強い東の民と比べて精強である。ここまでの戦いで孫堅軍はそれを嫌というほど肌身に感じてきたのだ。

 その中で最強と云うことは、この天下で最強と云うことになろう。


 しかし呂布は攻めてこない。


 あくまでも攻めてくるものを撃退する構えだ。


 孫堅としても攻め手が無い。戦えば瞬時に決着するだろう。

 そして孫堅軍は壊滅する。


 「殿、後続の援軍が到着します」

側近の朱治しゅちがそう注進してきた。


 華雄の騎兵を真っ向から叩き潰した軍だ。

 敵軍を率いていたのは華雄の副将ではあったが、見事な戦いぶりだった。


 先頭には白馬に跨る将。

 子どもように小さく見えた。

 両脇にそれとは対称的に巨漢の男が二人。迸る覇気は尋常なものではない。こんな将は袁術えんじゅつの本陣にはいなかったはずである。


 さらに後方から動きの悪い騎兵が二千。

 こちらを率いてきたのは袁術軍にあって幾分まともな将だと目を付けていた紀霊きれいだった。

 袁術軍では一番の武勇を誇っている男で、確かに一騎打ちの武芸は秀でたものがあった。将としての統率力はまだまだこれからだ。


 見かけぬ将に声をかけようとした矢先に、敵陣から喚声があがった。


 呂布が動いたのか……舌打ちしながら確認すると、呂布の騎馬隊の脇を抜けてこちらに突出してくる軍勢があった。

 こちらも騎馬隊だが呂布の軍から感じる雰囲気とはまるで異なる。


 旗が靡く。

 胡軫の旗。本陣の兵だ。約五千。呂布の軍とは明らかに連動していない動きだった。


 孫堅軍三百が小さく固まる。


 孫堅が駆けた。

 大気を震わせるほどの雄叫び。

 残りの兵たちも共鳴し、腹の底から叫んで、そして迷わず駆けた。


 胡軫軍の先頭を駆けるのは戦死した華雄の手勢だった。

 本陣に警護のため華雄の隊から送り出された者たちで、華雄の死を知り弔い合戦と意気込み突撃を仕掛けた。

 胡軫も中軍にあって孫堅軍目がけて突進していた。

 このままでは敗戦の責任をとらされることになる。それを免れるためには敵の大将の首が必要だった。

 同行する呂布の腹心、張遼ちょうりょうの制止を振り切り自分の手勢に攻撃の指令を下した。


 赤い頭巾を被った孫堅は先頭にいた。

 その背後には疲れ切って今にも死にそうな兵が三百。

 負けるはずがない。胡軫はそう信じていた。

 こちらは董卓軍の正規騎馬隊なのだ。


 気づくと孫堅はこちらに向かっていた。間近で対峙して初めて気づいた。三百の兵は恐ろしく士気が高い。


 孫堅軍とは違い、胡軫の軍は先頭で兵を率いる将がいない。それぞれが勢いだけで突進していた。しかも横に広がっている。一番槍を競い合っているのだ。


 対して孫堅は一点突破の形。しかも三百の兵はそれぞれが精鋭中の精鋭。それが孫堅を先頭に一気に突っ込む。


 互いの騎馬隊がすれ違ったときには胡軫の兵のうち五百は地面に叩き落とされていた。孫堅軍の損害はわずか。静観する呂布軍の鼻先で反転すると、さらに胡軫の軍に背後から攻め込む。


 胡軫の兵はまだ反転できていない。中軍で胡軫が喚いているが指示が浸透していないのだ。

 もし華雄がいれば最初の攻撃で孫堅軍は壊滅していただろう。

 将の統率力によって兵は倍の力を発揮するときもあれば、半減するときもある。


 背後から襲われた胡軫の兵は態勢を立て直し再度孫堅軍に攻め込んだ。

 最初の二撃は効果的に決まった孫堅軍であったが、疲れもありじりじりと圧され始めた。胡軫を取り囲む旗本たちの力はやはり強かったのである。そこを核にして胡軫の軍は息を吹き返した。


 ここまで傍観していた紀霊の騎馬隊二千が味方の旗色悪しと動いた。


 挟撃の形である。


 胡軫の軍が途端に崩れる。


 しかし呂布は動かない。じっと戦場の行方を見守っている。


 張遼が胡軫の本陣の残りを掻き集めて突撃を開始した。

 補佐を自ら買って出た手前見殺しにはできなかったのだろう。

 暴れ回る紀霊の騎馬隊にぶつかる。

 先頭を駆ける張遼の双戟が唸りをあげると一騎、また一騎と紀霊の兵は斬り捨てられて馬から落ちた。


 紀霊がそれを見て怒り狂い、張遼に打ってかかった。


 一方、趙雲ら二千は未だ静観している。

 「さて、お嬢ちゃん。ここからどうする?見て見ぬふりはさすがにできないなあ」

蛇矛をしごきながら張飛ちょうひが舌なめずりをした。

 同じく青竜偃月刀を握り直し関羽かんうが敵を見定める。


 「わかっています。このまま紀霊殿を見殺しにはできません」

白鎧の女将である趙雲ちょううんも槍を構えなおした。

「さすがお嬢ちゃん。物わかりがよくて助かるよ。さて、突っ込む先を見誤るなよ。どこを崩せば敵を倒せるのか、しっかり見な」

そう云い放つ張飛は呂布の陣しか見つめていない。関羽も同様である。


 「あそこ……ですか、やっぱり……」

諦め顔で趙雲がそう問うと、張飛はにっこりと頷いて、

「わかってきたじゃねえか。あれはただ者じゃねえぜ。さてさて、どんな動きをするのか見ものだなあ」

「待ちましょうか?」

「いやいや。こっちが動くのを待っているのさ。俺たちが一番強い部隊だと見抜いていやがる」

「それがわかっててあそこに突撃するんですか?」

「そうよ。虎穴に入らずんば大虎は獲ずってな」

「……それって、虎児ですよね」

「ガキに興味はねえ。天下の武勇を誇る相手が欲しいのよ。なあ小兄あにじゃ

 

 すると関羽は瞬きせずに呂布の陣を睨みつけ、

「益徳、手出し無用じゃ。あの赤馬の将は俺がもらう」

「ほらな」

またニヤリと笑って趙雲を見た。

 「公孫瓉こうそんさん様からお預かりした兵をいたずらに傷つけたくはなかったのですが、已むを得ません。やるからには勝ちますよ」

「当然よ!」


 趙雲旗下二千の騎馬隊が一斉に駆けた。


 それを見た呂布の陣も動く。


 呂布対張飛、何度もぶつかることとなる両雄のこれが最初の激突となる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ