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第19回 後詰、呂布

いよいよ三国志最強の武を誇る「飛将」呂布の登場です。

第19回 後詰、呂布


 陽人ようじんまで攻め込んできた董卓とうたく軍の大将である胡軫こしんを追撃する孫堅そんけんの騎兵は三百あまりであった。

 奪える馬が少なすぎた。倍は稼げる算段だったのだ。華雄かゆうの突撃隊の数が、予想していた数の半数にも満たなかった。

 お陰でさしたる損害も無く華雄の首を獲れたのだから落胆してもいられない。


 汜水関に退却している胡軫の本隊の数は定かでは無い。おそらくは五千。華雄の騎兵隊の数の少なさを考慮すると七千まで本隊は膨らんでいるかもしれなかった。

 それを疲労困憊の三百で追撃しているのだ。

 例え追いついたとしても勝算は薄い。

 

 空腹と睡魔が馬上にある周瑜しゅうゆに襲い掛かる。

 戦いのことを考えているはずなのに、いつの間にか楽曲のことだったり、近所の湖のことだったり、畑のことだったり……関係の無いことを無意識に思い描いていた。

 自らの顔を引っ叩いて強引に現実に戻る。


 ここまではおおよそ周瑜の計算通りに事は進んでいる。

 多少の誤差は確かにあった。

 例えば袁術えんじゅつからの援軍として到着した騎兵四千が驚くべき活躍をしたことだ。

 戦うとしても輜重隊を城内へ連れ込むための南門への突撃ぐらいだろうと何も期待はしていなかった。それでも少しは敵軍への陽動になると考えていたのだ。

 しかし、彼らは輜重隊のことなど気にもとめず、一番包囲の厚い北門へ突撃をかけていた。

 周瑜がその事実に気づいたのは随分と後のことになる。

 城内から北門へ討って出た時にはまるで気づいてはいなかった。敵の圧力が弱いことをやや不審に思ったぐらいだった。


 華雄が丘から突撃を仕掛けてきた時も東西に兵を分けることまでは予測していた。その両方を潰すことは困難であること。だからこそ大将である孫堅を囮に使って華雄を討つことを決めたのだ。自軍の半数はこの突撃を受けて死ぬことも覚悟していた。

 それがどうだろう。援軍の騎兵四千は見事な動きで西の突撃を潰してくれた。

 すべて事前の相談なしの連携でである。

 

 三百の孫堅軍の後方にはその援軍四千が続いている。


 まったく期待していなかった袁術軍を今は一番頼っていることに周瑜は驚いていた。この四千の騎兵がいれば胡軫の本隊が七千いても勝てるだろう。


 先の事を考えているつもりが、いつの間にか先ほど見た華雄の姿が脳裏をよぎっていた。

 華雄は先陣を駆けていた。

 率いていた騎兵の数が五百しかいなかった。

 だから華雄は焦っていたのだろう。後続とずいぶんと差をつけての一騎駆けであった。

 見事な突撃だった。

 死を恐れぬ勇敢な戦いぶりだった。きっと死の恐怖に打ち勝つ志を華雄は持っていたのだろう。

 果たしてどのような想いだったのだろうか。

 周瑜はそれが妙に気になった。同時に先駆けする将は討ち取りやすいとも感じた。感じてすぐにそれが不安となった。いや、違う。華雄と孫堅は違うのだ。志が違うのだ。きっとそうだ。

 やはり華雄の志を知っておきたかったという思いに駆られた。


 周瑜は顔を上げて先を見た。


 三百の先頭を駆けるのはやはり孫堅だった。


 だから勝ったのだ。


 周瑜はそう納得をした。



 一方、袁術軍からの援軍である騎兵四千。

 先頭を駆けるのは白馬に跨った白鎧の将、趙雲ちょううん。すぐ両脇に巨漢の男が二人。青黒い甲冑を身に着け、腰まで垂れる見事な髭を蓄えた関羽かんうと鎧もまとわず着の身着のままといった格好で、顎には虎髭を生やす張飛ちょうひの姿があった。


 「小兄あにじゃの討ったのは華雄じゃなかったようだなあ。東が当たりだったかあ」

張飛が欠伸をしながらそうぼやいた。

 関羽は眉をひそめながら、

「西涼の勇者、華雄殿と刃を交えられなかったのは至極残念じゃ。大軍を率いながら敵に背を向ける胡軫などの首には興味も無い。もはや白けた戦じゃ」

「袁術の野郎を救って、孫堅の野郎を救って……公孫瓉こうそんさんもこれで納得するだろう」

張飛の言葉に関羽は軽く頷いた。


 「そう云えば北門を突っつくと華雄が出てくることに反対していたやつがいたなあ。私はそうは思いません、とかなんだとか反論していたっけ。はて、どこのだれだったか」

先頭の趙雲の白馬の横に馬を付けながら張飛が一段と大きな声でそう云った。

 趙雲はムッとした表情をしたが、前だけを見つめたまま、

「私ですが、それが何か?」

「そうそう、お嬢ちゃんだったなあ。まあ潜って来た修羅場が違うから仕方も無い話だ。まあ、これに懲りて今後の騎馬隊の指示は俺に相談するといい。俺が率いていれば東に分れた華雄の首を獲っていただろうしなあ」


 趙雲が堪らず馬を止める。

「お言葉ですが張飛殿、北門への備えで華雄が埋伏されていたことを見抜けなかった私の弱輩ぶりは認めるとしても、あの場合の華雄騎兵隊への突撃は西しか間に合いませんでした。もし東にぶつかろうとしたら孫堅殿を馬で轢き殺してしたかもしれません。あれは西からの隊を攻めて正解です」

美しく輝く白い肌を真っ赤に紅潮させながら趙雲は反論する。まだよわい十五の少女なのだ。それが騎兵一隊を率いていることだけでも信じられない話である。それも的確な指揮をする。勇気も馬術も申し分がない。槍もよく使う。だから張飛はからかいたくて仕方がないのだ。本当に弱輩だったら張飛の目には入らない。


 「趙雲殿の言う通りだ益徳。西に兵を展開していた我らに武運が無かったと諦めるより他にはない」

関羽がため息交じりにそう横やりを入れた。そしてふと思い出したかのように、

「そう云えば、孫堅軍もあの状態でよく北門から討って出たものだ。打ち合わせも無しに見事な挟撃の形になった。益徳と同じくらい戦場の呼吸に敏感な者が孫堅軍にはいるということか……。会ってみたいものだな。その男に」

「華雄の突撃も見抜いていやがった。あの馬止の柵は小手先の技じゃねえ。先の先まで考えて施した一手だなあ。華雄だけを討つために突撃してくる騎兵を散らした。俺たちが突っ込まなければ双方相討ちだったかもしれないがなあ。死ぬ気で華雄を待ち伏せしたんだ。生半可な野郎にはできない芸当だよ。孫堅は根性が座っている」

「それもそうだが、わずか三百で追撃するというのも驚きだ。さすが江東の虎と呼ばれているだけのことはある」


 「関羽殿も張飛殿もよろしいでしょうか。袁術様の旗を掲げるのもここまでです。公孫瓉様は表立って董卓と敵対するつもりはありません。我らは胡軫追撃の流れから離れ、北平へと戻ります」

趙雲がそう提案したが、二人はうんともすんとも答えない。


 「汜水関には寄りませんよ。袁術様から依頼を受けた輜重隊の輸送も無事済んだことですし、長居をする必要はありません」

「我らが離脱すれば孫堅はわずか三百で董卓軍の本隊と戦うことになるのでは?」

「私たちが離れても紀霊きれい殿の騎兵二千がいます」

「お嬢ちゃんも人がわるいなあ。あの騎兵二千の動きの悪さは充分わかっているだろうに。たいした戦力にはならないだろうが」

「汜水関攻撃の命を受けてはいません。私たちは袁術軍では無いのです。これ以上の関わりは無用です。公孫瓉様からお預かりしている大切な兵をこれ以上損なうわけにはいかないのです」

真っ直ぐな瞳で趙雲が張飛を見た。さすがの張飛も目を逸らす。逸らしながら、

「乗りかかった舟って言葉もあるだろうに。」

そうぼやいた。



 一方、洛陽らくようを守る最後の砦である汜水関を目指す胡軫の本隊は、未だに陽城に残した兵が壊滅していることを把握してはいなかった。

 目的地までの間には多分な斥候を放っていたが、後方への警戒はまるでない。

 洛陽を守る総司令官である李儒りじゅの言葉を胡軫が頑なに信用していたからである。

 陽城の囲いを解いても孫堅に反撃する力は無い。

 袁術からの援軍も戦う意思は低い。

 それが李儒の読みであった。


 反董卓連合の本拠地である陳留ちんりゅう郡の酸棗さんそうの抑えである中郎将の徐栄じょえい李蒙りもうは未だ動かず静観の構えだ。

 南陽なんようへの抑えが崩れたことを知れば陣を退き払って汜水関に戻るであろう。

 五万の兵で関を守る。

 十万の兵で攻め込まれても楽に耐え忍ぶことができる。

 すぐに洛陽は火の海となり、連合軍は攻め手を失うのだ。


 時間は充分に稼ぐことができた。


 遷都は成ったのだ。


 人も財もすべて西の長安、董卓の居城である郿城に運ばれたことだろう。


 そして連合軍は互いに潰しあい始めるのだ。


 董卓は新帝である献帝の禅譲を受けて皇帝となる。


 そうなれば胡軫は陳留の太守などという地方貴族ではなく、都にあって車騎将軍といった名誉ある位階に就けるのである。


 それだけの仕事を胡軫はしたのだから。


 「汜水関から呂布りょふ騎都尉様が着陣です。」

 伝令の言葉を聞いて胡軫は首を傾げた。まだ汜水関までは距離がある。この速度だとまる一日はかかるだろう。後詰である呂布がここまで迎えに来るのはおかしい。

 おそらく五千の兵を残して同じく騎都尉である李粛りしゅくに汜水関防衛を託してのことだろう。


 なぜだ?


 簡易な幕舎を出ると向こうから大きな馬に乗ったこれまた大きな男がこちらに向かってくる。

 騎都尉、呂布。字は奉先。

 血が噴き出しているような赤い馬。司徒である王允おういんから譲り受けたという赤兎馬であった。嘘かまことか一日に千里を駆けると言われていた名馬である。

 それにまたがる呂布も類まれなる武将であり、身の丈は九尺(二百十cm)。漆黒の鎧に身を固め、真紅の母衣を被せている。兜には孔雀の羽飾り。手には大人でも持ち上げることすら難しい百斤(約五十九kg)はある方天画戟を軽々と握っていた。眉は太く頑健な顔つきで、みなぎる覇気は近寄る者を委縮させた。


 「孫堅が追ってきています。早々に汜水関へ」

 呂布の言葉はいつも短い。そして反論を許さない威圧に満ちている。

 「孫堅が城の包囲を破ったと?まさか……私の兵たちはどうしたのだ」

「汜水関から陽城へと放った五十人の斥候のうち戻ったのは二人だけ。それも傷だらけでなんとか戻り、報告後に命を落としました」

 孫堅は陽人の地から汜水関への道を通る者を皆殺しにしているということだ。


 胡軫は悪い夢でも見ている心地であった。

 あそこにはまだ一万三千の兵を残してきている。

 先駆けの華雄もいる。

 餓死寸前の孫堅軍によもや退けなどとりようはずがない。城には立つことで精一杯な兵が五千もいないはずだ。

 援軍にきた四千の騎兵も弱兵である袁術本隊のもの。

 負けるはずがない……。


 「追撃は孫堅自ら三百。烏丸うがんの騎兵らしきものたちが二千。袁術の騎兵が二千。もう間もなくここに到着する。ここは我が五千の兵で迎え撃つ」

呂布の声で胡軫は現実へと引きずり戻された。

 烏丸……北の異民族の兵がなぜここにいるのか……いや仮にそうであっても華雄の騎兵が遅れをとるはずがない。西の異民族であるきょうとの戦いで鳴らした最強の騎兵なのだ。


 胡軫がいつまでも動こうとしないので、呂布の配下の者が手を貸した。七千の兵はこのまま汜水関に入れる。そこまでは責任を持って胡軫に兵を率いてもらわなければならない。敗残の処罰は後の話だ。


 「呂布様、胡軫殿の動揺が激しく兵を指揮するのが難しい様子ですが。私が同伴してもよろしいでしょうか」

腹心の張遼ちょうりょうがそう進言してきたが呂布は無言で答えない。

 呂布が部下に声をかけることなど滅多にないことだった。

 無言は許可の印。

 呂布の意思に反することをすれば方天画戟の刃の餌食となる。間違ったことを進言すれば死。だから呂布に進言する者などほとんどいなかった。張遼と高順こうじゅん、それができるのはこの二人だけである。


 呂布には孫堅の首など興味は無い。


 そもそも董卓の配下として功績をあげることなど考えてもいなかった。父のように慕っている司徒王允の指示だからそうしているだけのことである。


 問題は袁術の騎兵だ。


 呂布にとって袁術は兄弟も同然。


 袁術が宦官を皆殺しにした後、新帝を抱えた董卓によって都を追われた時も王允に止められなければ呂布も後を追っていた。

 そうなれば今頃は袁術の先鋒として汜水関はおろか洛陽を落とし、長安に迫って董卓の首を獲っていたはずである。


 袁術の兵を傷つけずどうあしらうか……それが呂布の悩みであった。


 だからこそ胡軫には一刻も早くここからいなくなってもらわなければならない。



 孫堅の騎兵三百がまず到着した。






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