第18回 陳宮の目、呂布の心
曹操は討たれた。呂布、陳宮はどうするのか。
第18回 陳宮の目、呂布の心
<地図>
河北(冀州)
_____黄河_____________
長安 洛陽 陳留(兗州) 東郡(兗州)
南陽(荊州) 潁川(豫州) 下邳(徐州)
襄陽(荊州) 汝南(豫州) 寿春(揚州)
_____長江_____________
曲阿(揚州)
兗州・済陰郡・鄄城近郊
赤兎馬が曹操の首をみて興奮し始めた。一刻も早く自分も戦場に出て戦いたいのであろう。
呂布は無言で、両太ももで赤兎馬の腹を絞める。
赤兎馬は己のなかで高まる感情をグッと抑えた。
呂布はじっと隣の馬上の陳宮を見ている。
陳宮は一度見た相手の顔を忘れないという能力を持っていた。その能力を使い、洛陽の都では警備兵として、長安の都では執金悟の一員として、反逆者や紛れ込んだ賊徒などを逮捕していたのだ。
これまでの戦後処理の首実験でも名だたる将の顔と名を云い当ててきた。
百発百中であった。
しかしこのとき呂布は、以前、この陳宮が話したことを思い出していた。
あのとき「曹操の顔だけはわからぬ」と云っていた。
曹操の成長とそれに応じた変化は常人を遥かに凌ぐものであったからである。
「どうだ公台(陳宮の字)」
このときの呂布の云うどうだ?は、曹操の首かどうかという問いであった。
陳宮は目を細めて張遼の持つ首を凝視した。
張遼は以前の戦闘でよく曹操を見ていただけに自信満々である。
「うん……曹操の首だと、思われるが……」
やはり陳宮としては自信がない。以前見た曹操にはそっくりだ。髭といい、目鼻立ちといいそのものである。
しかし、曹操にしてはそのものすぎる。他の将であればそれで当然なのだが、こと曹操に限ってはそうではないはずであった。
しかも、討ち取られ方が安易過ぎた。他の虎彪騎が主の仇もとろうともせずに鄄城に引き返したことも怪しいと云えば怪しい。
「陳宮殿、なぜ、そうも歯切れの悪い」
張遼が半ば怒り気味に反論する。張遼には自信があったのだ。大将首を自分がとったことに難癖をつけているとしか思えない。
「た、確かに、曹操の首だ」
陳宮は認めた。そこには張遼の圧力も多少はある。しかし、どう見ても曹操にしか見えないのだ。
「よし。大将首は張遼が獲った。全軍に伝えよ。張遼が曹操の首を獲ったと」
呂布の周囲の母衣衆がその指示に従い、前線に伝えに駆けた。
これで曹操軍は完全に崩れるだろう。
後は何もせずとも定陶はおろか、鄄城も落ちるだろう。虎彪騎といった騎兵は籠城の役にはたたない。
曹操が死ねば離反者もまた相次ぐ。
陳留にいる張邈が残りの城もすべて囲い、兗州は統一されるだろう。
豫州の潁川に残る勢力も袁術の軍門に降るよりほか仕方がなくなる。
呂布としては張邈への借りも返せた。袁術への引き出物もできた。
それで充分であった。
ただ戦った気はまったくしていない。
陳宮はどうであろうか。
ここまで数年に渡り執拗に曹操を追いかけてきたのが、こうもあっさりと討ちとられてしまったのだ。拍子抜けもいいところだろう。
しかし、陳宮無くして張邈の反乱は成功していない。
それは誰もが認めるところである。
曹操やこの兗州を調べ尽くした陳宮だからこそ、この短期間での兗州反乱は成った。
曹操は討たれるべくして討たれたのかもしれない。
「呂将軍(呂布)、先鋒の郭萌の兵が戻りました」
伝令がそう伝えてきた。
呂布は我に返って、渋い表情の郭萌を迎えた。競争相手の張遼に大将首を獲られたことが悔しいのであろう。
副将の候成などは露骨に涙を流していた。一番槍の手柄は、相手が偽兵だったため取り消されている。
「女々しいぞ李規(候成の字)。まだ手柄のたてようもあろう」
張遼がそんな候成に喝を入れる。張遼も二十六歳とまだ若いが、候成はさらに若い。余計に感情が表に出やすいのだろう。
以前の呂布であったら無言でその首を刎ねているところだが、長安を出奔してから大きく考え方が変わっている。呂布を信じて付いてくる部下を平然と殺すようなことをしなくなった。
父と慕った王允にとどめを刺した瞬間から変わったのかもしれない。
呂布は人間としてひと回り大きくなっていた。
「浰漵(郭萌の字)よ、すぐに最前線に飛び出し、曹操の前衛を崩せ。俺もすぐに行く」
呂布はそれだけを伝えた。
「承知いたしました。李規よ、行くぞ!」
「はい!」
候成が涙をぬぐって郭萌に続く。
「鄄城はいかがしますか。今ならばすぐに落とせますが」
張遼が曹操の首を馬に繋いで、そう呂布に尋ねた。鄄城落城の手柄もどうやら張遼は欲しがっている。
「構わぬ。張邈が囲んで落とすであろう。捨ておけ」
もはや呂布に兗州平定などに興味はなかった。曹操が死んだ今となっては、陳宮にもそんなつもりはない。
「郝萌様の軍が突撃し、敵、楽進の陣が崩れております」
伝令がそう伝えてきた。これで呂布と張遼の騎馬兵が突撃したら本陣も崩れるだろう。戦争は終結する。
「大変です。この本陣目指して突き進んでくる兵がおります」
伝令の声が響いた。
「ほう。誰だ」
この混戦の中を突っ切って向かってくるとはよほどの手練れに違いない。呂布自身で対峙してやってもよいと思った。
「北より。徐州、劉備の軍、三万。突如出現いたしました」
それは陳宮が先ほど四方に放った斥候からの注進であった。
曹操軍の同盟相手である徐州の劉備が援軍として向かってきていたのだ。
そして北より大将首だけを狙いにきた。
このための時間稼ぎだったことが、今になって初めて判明した。
「敵の先頭に、劉備軍の将、関羽、張飛真っ向からこちらに向かっております」
斥候からの報告が続いた。
「ほう……あやつらか。面白い」
呂布は初めて胸の高鳴りを覚えた。ようやく歯ごたえのある敵に出会えたからだ。張遼の目も輝いていた。
「ようやく戦が始まったな」
呂布が微笑んでそう云った。
目覚めた呂布が咆哮する。
次回、呂布&張遼VS関羽&張飛
大激突!!乞うご期待。




