第17回 曹操の首
いよいよ呂布軍と曹操軍が本格的に正面から激突。
第17回 曹操の首
<地図>
河北(冀州)
_____黄河____________
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襄陽(荊州) 汝南(豫州) 寿春(揚州)
_____長江____________
曲阿(揚州)
兗州鄄城近郊
呂布軍の先鋒は張遼の騎兵二千と郝萌の騎兵二千。共に競い合って鄄城を出陣した曹操軍を追っていた。
中軍に呂布、軍師である陳宮、旗本頭の成簾率いる騎兵五千。
後軍は歩兵で占められ、中央に魏続三千、右翼に宋憲三千、左翼が殿の役目も担っている高順五千。
総勢二万の軍で、裏道から陳留の張邈を目指す曹操軍の横腹を目指している。
曹操軍は精鋭の虎彪騎七千を先鋒にして、歩兵を続かせているが、荒れ地のために行軍の速度は上がらない。
「郝萌様、虎彪騎には追いつきません!さすがは曹操軍の精鋭騎兵、いい馬が揃っているようですね。どうします?歩兵の方に向かいますか?」
郝萌に副将の侯成が尋ねた。郝萌はうなずき、
「よし李規(侯成の字)、百を率いて、歩兵に当たれ。一番槍を文遠(張遼の字)に獲られるな!」
「承知!」
足の速い馬百騎を率いて侯成が南へ下っていく。
侯成は兗州の出身なのでこの辺りの地理に詳しい。
郭萌は隣の張遼の陣を見た。最前線の張遼は涼しい顔をしてそのまま前進していく。
「どうだ公台(陳宮の字)。そろそろ先鋒が曹操の歩兵にぶつかる頃だ」
赤兎馬に乗りながら呂布が、隣を駆ける陳宮に尋ねた。
どうだ、というのは、そこに本物の曹操がいそうか、という意味であった。
陳宮は苦虫を噛み潰したような表情をしながら答えた。
「わからぬが、そう簡単に曹操の姿を見誤らないように斥候には曹操の特徴をすべて覚えさせている。虎彪騎を出陣させたことといい、曹操本人の可能性は高い」
「我らを定陶に縛り付けている間に張邈を討つ作戦だったのか?」
「率いているのは弟の張超殿。意欲はあるが戦はあまり上手くはない。三万対七千となっても勝ち目がありと踏んだのか……それにしてもあまりにお粗末な戦略。とても曹操が指揮をとっているとは思えぬ」
呂布はもはや曹操への興味は薄れていた。
所詮は駆け引きで戦をやるような男である。自分が討ち果たすほどのこともない。
あくまでも陳宮の手伝いをしてやっているという感触であった。
無論、こんな兗州の地を支配しようなどという気もさらさらない。
すると前から伝令の騎馬がこちらに向かってきた。
呂布は中軍に停止を命じる。
「郝萌様の陣、一番槍にございます」
「ウム。誰だ。そのものは」
「副将の侯成様。敵一万の歩兵は武器を捨て、旗印を捨て、散り散りに逃散している様子」
それを聞いて陳宮が呻いた。
「武器を捨てて逃げただと?それは曹操の兵に非ず。偽兵だ!」
呂布が欠伸をしながら、
「では先ほどの定陶の方陣が本物か。無意味な時間稼ぎをする男だな、曹操という男は」
「急ぎ、戻らねば、後陣の歩兵に戻るように伝えよ。定陶に戻る!」
陳宮がそう叫んだ。
後陣は歩兵のためにまだ中軍との距離が開いていた。
伝令が急ぎその指示を伝えに駆ける。
「では我らも戻るとするか」
呂布が赤兎馬の馬首を巡らせた。
「奉先(呂布の字)急いだほうがよいぞ。何か胸騒ぎがする。曹操め何か企んでいるぞ」
「単なる時間稼ぎではないのか?」
「……すまぬ、わからぬ。しかし何かある」
定陶への道を戻っていくと、前方から伝令が向かってきた。
「高順様、魏続様、宋憲様、敵の先鋒、于禁、楽進と交戦中とのこと」
「ほう。方陣を崩して打って出てきたか。面白い」
呂布は少しだけニヤリとした。
曹操はどうやら先に歩兵同士を戦わせて、その後、呂布の騎兵と戦うつもりらしい。
確かに歩兵同士であれば曹操に分があるかもしれない。しかし呂布率いる騎兵はすぐに戦場に辿り着く。あっという間に戦局はひっくり返るだろう。
「これがお前の認めた漢の戦い方か」
呂布は詰まらなそうにそう陳宮に尋ねた。
陳宮は黙ったまま何も答えない。何かをじっと考えているようだった。
「李規には悪いが、一案槍は高順だったようだな。先鋒の張遼、郭萌に伝えよ、引き返し定陶を攻める。遅れをとるなと伝えよ」
伝令役が逆方向に駆けていった。
中軍五千は定陶に向けて進軍した。
この五千の騎兵は歩兵十万に匹敵する無類の強さを誇っている。
張遼と郭萌が間に合わなくても十分に曹操軍を一蹴できるだろう。
伝令がまた来た。
「敵、中軍の夏侯淵一万も動きました。魏続様、宋憲様の部隊は押され気味です」
「すぐに呂布が到着すると伝えよ。崩されるな。崩れたら斬る!そう伝えよ」
「しょ、承知しました」
伝令が駆け戻る。
「さすがは音に聞いた青州兵。侮れぬな」
しかし所詮は歩兵だった。平地の戦では騎兵に勝てない。
「斥候の数を倍にする。四方に放て」
陳宮が配下にそう命じた。何かを感じているようだ。
「この偽兵を使った時間稼ぎ、歩兵を前線にさせること以上に意味があるようだ」
「ほう。何が出るのか、それは楽しみだ」
呂布はまた欠伸をした。例え十万の歩兵がいたところで恐れることもない話だった。
「敵は間違いなくこの間隙を突いて、この中軍を狙ってくるはずだ」
陳宮は地形を思い描き、様々な戦術を頭の中で試しているようだ。
しかし曹操軍にはもう後詰の曹仁、曹洪の七千ずつの歩兵しか兵が残されていない。
果たして曹操はどこにいるのか。
どうやって、この中軍を目指してくるのか。
と、背後から砂煙とともに騎兵が追いかけてくる。
「文遠殿の騎兵ですな」
旗本頭の成簾がそう呂布に進言した。
先頭は張遼だ。ひとつの首を手にかざしていた。
呂布は全軍にまた停止命令を下す。
返り血を浴びた張遼が呂布と陳宮のもとに来た。
持っていた首を差し出す。
陳宮は一度見た人間の顔は忘れない。
曹操の首だ……。
「虎彪騎七千が進路を変えて襲ってきた故、敵将を討ち取った。残りの虎彪騎は鄄城に逃げ帰ったわ。さて陳宮殿、この首、曹操殿の首とお見受けいたすが、いかに」
そう豪語して張遼は笑うのであった。
はたして曹操の首は……。
曹操軍の狙いは!?
次回乞うご期待




