第16回 偽兵
兗州の夏侯淵ら諸将VS呂布軍の激突が始まります。
第16回 偽兵
<地図>
河北(冀州)
_____黄河_______________
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南陽(荊州) 潁川(豫州) 下邳(徐州)
襄陽(荊州) 汝南(豫州) 寿春(揚州)
_____長江_______________
曲阿(揚州)
兗州・済陰郡
袁術軍十万が、曹操の同盟破棄によって本拠地の寿春への撤退をしている頃、兗州では曹操軍と張邈・呂布連合軍との決戦が近づいていた。
城攻めを嫌う呂布は、曹操軍が張邈の拠点である陳留郡を攻めるのを待ち構えていた。
一方、鄄城の夏侯淵ら諸将は、籠城策をとらず、打って出ることを選択していた。
両陣の思惑がピタリとはまり、済陰の東部にある定陶という場所で対陣することになる。
呂布軍二万。
対して曹操軍四万。倍の兵力である。
しかし、陳留からは張邈の弟の張超が率いる兵三万も近づいていた。
合流すれば張邈・呂布軍は五万となり、兵力で上回ることになる。
「まさかこうも安易に打って出てくるとは思わなかったな」
巨躯を赤兎馬に任せながら呂布がそう陳宮に話かけた。
陳宮は軍師たる軽装をひるがえしながら、馬を操り、その馬首を西に向ける。
「何か策があるはずだ。野戦で勝てるとは思ってはいまい。あちらには程昱という知恵者もいる。必ず何か策を弄してくる」
呂布も同じく西を眺めた。
「陳留にか?張邈の陣に埋伏でも仕掛けたか」
「あり得る話だ。問題は曹操がどこにいるかだろう。この定陶にいるのか、陳留に伏兵として駆けている可能性もある。もしくは豫州の潁川」
「決戦を前に潁川で尻込みしている漢でもあるまい」
陳宮は少なからず焦りを感じながら、
「いくら密偵を放っても曹操の居場所がつかめない。曹操は必ず最も重要な場所にいるはずだ」
「ここではないのか」
「わからぬ……」
「攻めてみればわかることだ。張遼の騎兵二千を仕掛けてみるか」
「そうだな。うかつに全軍で動くと危険かもしれないな。曹操の存在がつかめるまでは慎重にいったほうがよさそうだ」
呂布は迷っている陳宮を見るのが珍しく、微笑みながら、伝令に指示を与えた。
すぐに馬蹄が轟き、張遼の二千騎が対陣する曹操軍に突っかかっていく。
曹操軍の陣形は方陣。守りの陣だ。
馬柵も幾重にも置かれていた。騎馬隊を自由にさせない工夫だった。
曹操軍の前陣は二陣で並列していた。
八千の歩兵を率いる楽進と同じく八千の于禁。
張遼は東の于禁の陣に近づいた。
動きはない。
立てられた馬柵に、鉤のような金具のついた縄をかけて倒す。
すると于禁軍から矢が飛んできた。
張遼はすぐに馬首をめぐらし一端退く、すぐに反転し、また馬柵を倒す。
五重に敷かれた馬柵の二枚があっという間に剥がされた。
于禁軍からの弓勢はあまり強くなく、張遼軍で傷を負うものはほとんどいなかった。
西の楽進の陣も、中央の夏侯淵の陣一万も静寂を保っている。
呂布は退却の鐘を鳴らす。
張遼は一兵も損なわずに戻ってきた。もはや張遼の騎兵の統率力は呂布に匹敵するといってもいい。
「どうだ、公台(陳宮の字)。何かわかったか」
「弓勢が弱い。突撃を待っているかのようだ。何か備えがあるのだろう。落とし穴か…。後詰の曹仁曹洪の兵も動きがないな」
陳宮はそう呟きながら頭をひねった。
曹操の意図がまるでわからない。このまま全軍の突撃を受ければ、例え方陣を敷こうが呂布の突撃は止められず陣は崩壊する。
誰にでもわかる話だった。
「偽兵かもしれないな。鄄城の民衆に装備をさせて立たせているだけかもしれぬ。であればこの弓勢も納得できる」
「本隊はどこだ」
「おそらくは西の裏道を通って陳留に向かっているのだろう。先に張邈殿の陣を潰す算段かもしれぬ」
「であれば、鄄城は今は空というわけか」
そう呂布が問うと、陳宮は伝令に向かい、
「張邈殿の陣に至急伝えよ。伏兵に備えよと」
と指示を下した。
「あれが偽兵かどうかは全軍で突っ込めばわかることだ。あれこれ悩む必要はあるまい」
「いや、奉先(呂布の字)よ、それはまだにした方がよい。斥候が曹操の居場所を探している。もし陳留に向かっているのであればそれもよし。挟撃が可能だ。ここにいるのであればそれもよし。突撃で討てるだろう。しかし別の場所にいるのであれば話は別だ。他に策略があるに違いない。私はこの兗州の地をくまなく調査したが、この定陶ほど騎馬隊が動きやすい場所はない。明らかに我が軍が有利な地形。ここで決戦するなど万に一つも考えられぬ。曹操はそんな戦はせぬ」
呂布の旗下の兵たちは突撃したがっていた。
迷っているのは軍師である陳宮だけだった。
そのとき、斥候から報告がきた。
「鄄城より陳留に向けて出陣した騎兵隊を見つけました。数にして七千あまり。率いるのは曹操だと思われます」
「なんだと、曹操を見たのか」
陳宮が斥候に詰め寄った。
「曹操本陣の旗、曹操の甲冑姿を見ました」
「それでは本物の曹操かわからぬ」
次の斥候が矢継ぎ早に、
「鄄城から出撃した騎兵、虎彪騎と判明しました」
「曹操旗本の精鋭だな……」
陳宮の目が輝く。
さらに斥候が来て、
「裏道より歩兵1万、騎馬隊に続き、陳留を目指して進軍しています」
「そうか、一万も……そうなると目前の方陣、ほとんどが民、百姓の類。偽兵に違いない」
「突撃すればわかる話だ」
呂布はさらりとそう云った。
「……いや、今から追えばちょうど張邈殿の陣と挟撃できる。奉先、曹操を追おう」
陳宮が自信をもってそう叫んだ。
兗州の戦いはまだまだ続きます。
次回は両軍さらに衝突するのか。
乞うご期待!




