第13回 劉曄の策
劉曄と劉繇はまったくの別人ですので、ご注意ください。どちらも「りゅうよう」に違いはありませんが。
第13回 劉曄の策
<地図>
河北(冀州)
_____黄河_______________
長安 洛陽 陳留(兗州) 東郡(兗州)
南陽(荊州) 潁川(豫州) 下邳(徐州)
襄陽(荊州) 汝南(豫州) 寿春(揚州)
_____長江_______________
曲阿(揚州)
荊州最北部にある南陽郡。
反董卓連合が結成された際には袁術の拠点であったが、現在は、李傕の配下、張繍が治めている。
袁術軍十万は南陽郡の東、魯陽に本陣を敷き、そのうち五万の兵で敵城を囲んだ。
対する張繍軍は南陽の郡府である宛に籠城の構えである。
張繍は密かに軍師たる賈詡を荊州牧である劉表に送り、その援軍を頼みにしていた。劉表の拠点は南陽の南、襄陽郡にある。
魯陽 左将軍・袁術幕舎
俺が幕舎に呼んだのは、先手の大将たる紀霊と橋蕤、そして客将として招いていた劉曄の三人である。
劉曄。字は子揚。揚州の生まれで、後漢を築いた光武帝の血筋をひいている王族である。
次男坊であることから家督は継げなかったが、人物批評家で有名な許劭から「冷静沈着にして剛胆」と称賛されているほどだ。
徐州の牧であった陶謙からも書面にて劉曄を旗下に招くよう推薦されていた。
23歳とまだ若い。軍議に参加するほどの功績もなく経験もないのだが、都に放っている密偵の長を務める魯粛と同年代で親交があり、魯粛の案内のもと長安の様子をうかがった後に参陣している。
長安の動向を確認し作戦を進める必要があった。
さらに魯粛からは、劉曄の軍事面の采配も類稀であるとのお墨付きであった。
まずは紀霊が口火を切った。
「宛の城はかつての我らの居城ですぞ。裏道から隠し通路まで知り抜いている。たとえ五万の兵がいようとまったく問題がない。この十万の兵であれば半日で城は落とせる」
いつもながらに強気一辺倒の主張である。まあ、本陣の先鋒を務めるのだからそれぐらいの積極果敢な心意気は必要ではあった。
次に隻眼の橋蕤が口を開き、
「まったくもってその通り。今こそ、積年の恨み晴らしてくれましょう。汜水関攻めのときは我が軍の兵站を乱し、潁川の戦いのときには我らが本拠地である南陽を落として同朋を殺めた憎き敵。首を刎ねて城門に晒すがよろしい」
紀霊同様に城攻めを唱えている。
「問題は敵の援軍だな」
俺が気に揉めているのはその一点だけである。長安からの援軍は来るのか。襄陽からの援軍は来るのか。どちらからも来る可能性があった。
紀霊が唸って、
「半日あれば落とせる城。援軍など気にしなくてもよろしいのでは」
「そうじゃ。早々と落城させれば援軍も戦わずして退却しよう」
橋蕤も意気揚々と賛同する。
確かにそうである。
裏道や隠し通路を使いながら攻めれば半日で落とすことは可能であった。そうなれば援軍は意味をなさない。気にする必要はなくなるのだ。
しかし、南陽を落とした後、張繍がその造りを調べていないわけがない。
勝手知ったる以前の城の造りとは違うかもしれないのだ。
罠を仕掛けられていた場合、その攻め方をすると損害は大きく、尚且つ城は落とせないだろう。敵の援軍が到着する前に寿春に帰らねばならなくなる。
なにせ敵陣には名うての軍師、賈詡がいるのだ。一筋縄ではいかないだろう。
「わたくしのご意見、申し上げても構いませぬか」
劉曄が静かに口を開いた。
さすが帝に血を引くだけに色白で端正な顔つきをしている。気品が他の二人とはまるで違う。若いが場慣れしているからなのか、随分と落ち着いていた。
「申してみよ、子揚」
俺は期待を込めてそう呼んだ。何かしらの策を献じてくれれば宛城攻めはおろか、長安攻めにも参謀として同伴させるつもりであった。なにせあの魯粛の折り紙付きなのだ。
「では、失礼。まずは長安からの援軍のことですが、こちらはまず来ません」
それを聞いて紀霊と橋蕤は歓声をあげた。長安の精鋭が援軍に来ないことは兵たちの安心にも繋がる。
「襄陽からの援軍は間違いなく来ます。こちらは李傕や郭汜が朝廷の名を使い、劉表に命令しているからです」
紀霊と橋蕤が呻く。劉表は何かと裏でこそこそと邪魔をしてくる姑息な輩であった。張繍同様に劉表に対し憎しみを持っている部下も多い。
「五万の兵で城は落とせる故、残り五万で劉表の援軍を迎え撃てばよい」
紀霊の銅鑼声が響いた。橋蕤も頷く。
「子揚はどう思う」
「はい。それがよろしいかと」
あっさりと劉曄も納得した。
「何か策はあるのか?」
「劉表の援軍など名ばかりのもの。数がいても本気で戦おうとするものはおりますまい。力攻めで十分に勝てましょう。先鋒の御二人を含めた左将軍様の兵で宛を攻め、わたくしが参謀として劉表の援軍と戦いましょう」
「ほう。子揚が参謀を務めてくれるのであれば心強い。では劉表に対峙する我が軍の大将は誰がよかろうかの……張勲は寿春の留守を任せているし、劉勲は盧江の太守に命じている。残る者で大将の器は、黄蓋、朱治といったところか。程普は置いてきているからの」
俺は配下の顔を思い出しながらそう名前を出していった。すると劉曄は意外な名前を挙げてきた。
「曹昂殿がよろしいかと。確かあの曹操殿の嫡男と聞きましたが」
「確かに我が陣営にはいるが……兵は率いてきてはおらぬぞ。警護役の曹安民、盲目の典韋の二人だけを連れてきておる」
「二万の兵で十分かと。曹昂殿にお貸しし劉表に当てるのです」
「二万の兵を貸すのか?曹昂にか……」
俺は呻いた。実戦での曹昂の力を知らぬ。しかも曹昂は曹操軍からの人質に過ぎない。そこに二万の兵を付けることは想像の及ばぬところだった。
「なぜ曹昂なのだ」
俺はそう劉曄に問うた。
劉曄は微笑みを浮かべながら、
「この戦いは左将軍様の私欲による戦いではなく、民意なのだということを世間に示すためです。そうすれば南を攻める孫策の劉繇攻めにも大義名分がつきます。左将軍様を中心に、天下を太平の世にするため皆が協力していることを示すのです。劉表軍に対峙するのはあくまでも曹操軍。そうなれば曹操は左将軍様の旗下であることになります。揚州だけではなく、兗州、豫州、徐州と左将軍様が治めていることになり、後は司隷を統べれば、その威光を恐れて、荊州、冀州、益州、涼州、幽州、青州と戦うこともなく降ってきましょう」
「曹操が袁術軍に与していることを証明するためか……」
「いかにも。そのための曹昂殿。使わずにおくにはもったいない駒。効果的に使うならばここが適所かと存ずる」
劉曄はそうはっきり云い切った。
他の二人は話が難しくなって呻いているばかりで話にならない。
ここは直接話を聞いておくべきだと判断した俺は、曹昂を呼んだ。
劉曄が何を企んでいるのか、曹昂が何を企んでいるのか、このときの俺はまったくわかっていなかった。
曹昂は劉表軍に勝てるのか。
劉曄の思惑は?
次回乞うご期待!




