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第6回 夏候惇と袁術

さて主役の袁術がいよいよ長安へ向けて再度進軍を開始します。

途中、以前に激戦を繰り返した潁川に辿り着きます。

第6回 夏候惇と袁術


<地図> 

                河北(冀州)

_____黄河____________________           

長安   洛陽   陳留(兗州) 東郡(兗州)   


  南陽(荊州)  潁川(豫州)     下邳(徐州)

  

  襄陽(荊州)    汝南(豫州) 寿春(揚州) 

---------長江 -------------------------------                           

                     曲阿(揚州)


             


 寿春じゅしゅんに拠点を構える袁術えんじゅつは、十万の大軍を率いて長安ちょうあんに進軍を開始した。

 豫州よしゅう汝南じょなんを無事に通過し、曹操そうそうの領土である潁川えいせんまで辿り着いたところで、袁術を訪ねて客人が来た。



 「袁将軍、潁川太守の夏候惇かこうとん殿が、御目通りを願い出ております」

 

 注進にきた伝令役の後ろには、すでに甲冑姿の夏候惇の姿があった。

 俺の姿を確認すると、馬上から颯爽と下りた。左目には眼帯。気骨みなぎる表情。見事な武者ぶりである。


 「潁川太守の夏候惇にござる」

 つい先日、火の玉のように我が陣に突撃してきたことが夢だったかと疑うばかりの笑顔を浮かべて夏候惇は名乗った。左目を射抜かれたのもその時だ。


 「よい戦をさせていただいた。程普ていふ殿とはもう一度戦場で槍を交えたいものですな」


 最後に力尽きて程普の一撃で意識を失ったことも笑い話程度のようだ。

 交戦相手に対してどうやら憎悪の念はこの男にはないらしい。

 実に屈託の無い物言いであった。


 「夏候惇殿の戦ぶり見事であった。さすがは曹操殿の信頼厚き武将」

 「ありがたきお言葉」


 と、夏候惇の甲冑が妙に土で汚れているのが目についた。


 俺がいぶかしんでいることに気が付いた夏候惇は、

 「いやはや、畑の開墾作業に埋没しておりましてな。その最中でもありましたので、このようなむさくるし恰好で申し訳ございませぬ」


 「開墾?太守自らが畑を耕しているのか?」

 俺は驚いて尋ねた。


 夏候惇は笑みを絶やさず、

 「屯田なるものですな。豫州全域から流民を集め、無料で土地を分け与えております。潁川を守備する兵も同様でしてな。木を切り倒し、岩をどけて、ひたすら土を耕す日々です。まあ、わしなど力作業しか能がありませんからな。これはこれで面白いものですぞ」


 曹操軍は連戦に次ぐ連戦で兵糧の補給に苦しんでいた。


 そのうえ、蝗害の直撃。


 俺が寿春に蓄えておいた兵糧を大量に送ったわけだが、どうやらそれでは足りないらしい。

 

 (曹操め、もう次の戦の準備をしているのか。油断ならぬ奴)


 確かに豫州には彷徨う流民や野盗の群れが大勢いた。

 その力を結集すれば、開墾できる面積は膨大になる。


 「これは韓浩かんこう殿の発案でしてな。おっと、余計なことまで話してしまいました」

 そう云って夏候惇は頭を掻いた。


 韓浩はもとは俺の配下の部将であったのだ。

 それが急に離反し、夏候惇のもとに走った。


 未だに理由は不明だった。


 曹操との同盟定立に対しては、互いにいろいろな条件が提示されたが、俺は韓浩のことは不問にした。去る者には興味はない。所詮はこれから来る新時代を見抜けないやつらだ。仮に部下にしていても対して役には立たないだろう。


 「袁将軍、それでは逆賊討伐よろしくお願い致します」

「ああ。献帝をお救いした後には曹操殿はおろか、夏候惇殿にも多方面で存分に働いてもらわねばならぬ。こちらこそよろしく頼むぞ」

「重ね重ねありがたきお言葉。この夏候惇、しっかりと胸にしまっておきまする」


 「それでは引き続き開墾にいそしむがよい」

「はっ。くれぐれも曹昂そうこう様をよろしくお願い致します!」


 叫ぶような夏候惇の口上。


 初めて真顔の夏候惇を見た。


 鬼気迫るものであった。


 「安心せよ。長安の逆賊を討ち、共にこの地に凱旋することを約束しよう」

「ご武運をお祈り致しております」


 俺は馬を進めてその場を去った。


 なぜか心地のよい風が心の中を通り抜けていった気がした。


 あのようなおとこもいるのだ。


 曹操からも配下からも絶大な信頼を受けている理由がわかる気がした。


 

 「潁川は無事通過できました。ここからは北に進路をとり洛陽らくようを経由して長安を目指すか。西の南陽なんようを攻略して長安を目指すかですな」


 馬を寄せてきたのは先陣の大将である紀霊きれいである。

 三尖の大刀を振るえば一騎当千の我が軍随一の猛者。

 どんな場面でも遅れを取らず、戦に命を賭けることができる勇者だ。


 (しかし、大将としての器量は夏候惇には遠く及ばない……曹操と俺はどうなのだろうか)

 

 そんな気持ちが不意に込み上げて来て、俺は慌てて首を振った。


 「進路は当初の予定通りだ。南陽の張繍ちゅうしゅうを攻める。これは仇討ちぞ。以前奪われた我らが領地を取り戻し、虐殺された同朋の仇を討つ!南陽を落とした後は長安だ。帝をお救いし、漢帝国を復興するのだ!大義名分は我らにあり!皆の者進め!」


 俺はいつになく大きな声を張り上げてそう言い放った。


 迷いを振り払うように。


南陽には張繍と賈詡、そしてその背後には長安の李傕と郭汜、そして荊州の劉表が・・・。

はたして袁術は長安を落とせるのか。

次回乞うご期待。

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