第3回 孫策軍と劉繇軍
更新随分と遅くなりました・・・。
すみません!!
孫策軍VS劉繇軍いよいよ始まります。
第3回 孫策軍と劉繇軍
<地図>
_____黄河____________________
長安 洛陽 陳留(兗州) 東郡(兗州)
南陽 潁川(豫州) 下邳(徐州)
汝南(豫州) 寿春(揚州)
「ここにいたのか子龍」
そう云って趙雲子龍の隣に馬を並べてきた者がいた。
女ながらに黒紫の甲冑を身にまとい、左手には黒鉄の双戟、趙雲の白竜とは対称的に毛並み豊かな黒馬にまたがっている。眉は太く精悍な顔つきで、目は虎のように大きい。
白銀の甲冑に白馬にまたがっているこちらも女将の趙雲は我が子を見るような面持ちで、
「阿斗はまた呂蒙殿と打ち合ってきたのですか」
「何べん打ち負かされてもしつこく付きまとってくる。面倒くさい男だ」
十六歳となった阿斗は、この一年、孫策の陣にあって武芸の冴えをさらに研ぎ澄ましていた。
猛者揃いの兵たちであったが一騎打ちで阿斗に敵う者はほとんどいない。
その中でもひとつ年かさの呂蒙は阿斗に対して激しい対抗心をむき出しにしていた。しかし立ち向かう度に阿斗の戟で叩き伏せられている。
「私は子龍と手合せしたい」
赤子のような純粋な阿斗の願いを聞いて趙雲は微笑んだ。
趙雲も二十歳と若いが、その武は別格で、兵たちのなかでは当主である孫策や副将である周瑜よりも上ではないかと噂になっている。
またその美貌も秀逸で、手籠めにしようと試みた男たちは一撃のもとに倒されていた。
阿斗も腕試しで何度か挑んでみたが、目にも止まらぬ槍さばきの前に何も出来ずに戟を弾き飛ばされた。圧倒的な力の差を見せつけられて阿斗の趙雲への憧れの思いはより濃いものになっている。阿斗にとっては強さだけがすべてだった。そう育てられてきた。
「子龍は何を眺めていた?」
手合せしたいと云ってはみたものの、まだまだ趙雲に匹敵するほどに自らの武芸を磨ききれていないことを承知している阿斗は、自分を見て微笑んでいる趙雲から視線を逸らせてそう尋ねた。
視線の先は青い空。足元に目を向けると、断崖絶壁。
そして静かに流れる大河があった。
遥か西方の青蔵高原を上流に、東海に注ぐ全長一万二千里(約6000㎞)の長江である。
黄河よりも川幅は広く、果てが見えない。こうなると河というよりむしろ海に近い。
趙雲も阿斗も初めて長江を望んだとき驚いて声をあげたくらいである。
「この先の津に牛渚という難攻不落の要塞があるそうです」
「ふーん。そういえば公瑾(周瑜の字)がそんなことを云っていたなあ。子龍はその津に行ってみたいのか?」
「私はこの白竜に乗って数々の陸戦を経験してきましたが、船を使った水上戦はよく知りません。ほら、見てごらんなさい。あんな数の大きな船が一斉に動き出して攻めるのです。いったいどんなことになるのかと想像していたところです」
「へー・・・。それにしても伯符(孫策の字)はなんだってあんなところを攻めるんだい」
阿斗は不思議そうにそう趙雲に尋ねた。
確かに対岸の勢力は賊徒ではない。朝廷に刃向う反乱分子でもなかった。
正規の官軍である。しかも行政は滞っているわけでもなく、南の山越族を懐柔し、江東をよく治めていた。
諸侯の微妙な力関係など阿斗は知らないのだから交戦に疑問を持つのも無理はない。
そもそも朝廷より正式に揚州刺史の印綬を受けたのは劉繇である。
州都の寿春を袁術の勢力が占拠していたことから、劉繇は諍いを避けるように長江以南の曲阿に官府を開いた。
劉繇は劉という氏が示すように漢の皇族・王族の血筋で、初代皇帝・高祖の長男、劉肥を祖先にもつ。
また劉肥の子に斉の孝王と呼ばれる劉将閭がおり、劉繇はその裔孫にあたる。血統による名声は天下に響くものであった。
また兄の劉岱も名士であり、兗州刺史として董卓討伐連合に名を連ねている。連合が解散になった後、黄巾の残党百万に攻め寄せられ劉岱は戦死した。劉岱亡き後の軍は曹操に吸収されている。劉岱も曹操も袁紹派であった。当然のように弟の劉繇もこの派閥に招かれている。
袁紹は家督争いを袁術と繰り広げており、劉繇は寿春の南の曲阿にあって、西に軍を進めたい思惑の袁術の後背を突く構えで圧力をかけ続けている。
袁術が背後の守りを託したのは若干二十歳の孫策であった。
千の兵を率いて寿春を出発し、盧江を一年がかりで落とし、現在では二万にまで兵は膨らんでいる。
対して劉繇に与する兵は総勢数十万といわれていた。
兵力の差は歴然としている。
水上戦の経験値が低い趙雲には勝算が見出しにくいが、守勢に回る劉繇は各地の津に兵を分配せねばならず大軍の利を発揮しにくいようであった。
また大将である劉繇は政治の腕こそ一流であったが、戦の経験に乏しく、戦意があがりにくい。
逆に孫策は常に戦いの先頭にあって兵を鼓舞しており、将兵ともに勇猛果敢である。
孫策の右腕ともいうべき周瑜も兵からの信頼が厚く、知略に優れていたから逆転の目は充分にあった。
そして、これが一番の孫策の利点だと趙雲が思っているのが、官軍を攻めるに対して孫策の兵はまるで抵抗がなく、武功をあげることに集中している点である。都から遠い僻地ということもあり、阿斗や趙雲に比べるとここの住民たちは朝廷への畏敬の念が薄い。敵が賊徒であろうが、官軍であろうが容赦がないのだ。れっきとした左将軍袁術の軍なのだが、傍から見ていると孫策の兵のほうが官領を侵す賊徒の群れのようであった。その姿に劉繇の兵は戦う前から怯えているらしい。
無論、趙雲もこの戦の矛盾は感じている。
攻め寄せる孫策に戦の名目と呼ぶべきものがない。
強いて云えば「天下を鎮めるための戦」。
袁術が長安に幽閉されている帝を救うための前哨戦のようなものだった。趙雲としては恩義のある袁術に出来うる限り協力したい一心である。
だが阿斗は正義の計りで戦局を見ている。
多くの人間が阿斗と同じようにこの戦を見守っていることだろう。
その者たちの目には、袁術は己の野心のために侵略しているように映っているはずだ。
もし、袁術が献帝救出に失敗し、天下のかじ取りを他の群雄に奪われるようなことがあれば、未来永劫、袁術は一介の賊徒と同じ扱いを受けることになるかもしれない。
一抹の不安が趙雲の表情を曇らせた。
と、背後から涼し気な声が聞こえてきた。
「趙雲殿、このような場所で奇遇ですね」
真紅の豪華な母衣をまとい、透き通るような白い肌を輝かせた周瑜公瑾の姿がそこにあった。
「これは周瑜様」
趙雲は馬から下りて礼をしようとしたが、周瑜は手でそれを制した。
「ここは私だけの秘密の立ち見場所と定めていたのですが、よく見つけられましたね。ここに立つと我が軍の布陣が一望できます」
そう語る周瑜の口元は微笑んでいたが、目の奥には厳しい光があった。趙雲は一瞬息を飲んだが、満面の笑みで、
「景色の壮観さに釣られてしまいました。軍紀を乱すような振る舞いであれば慎みますが」
「いえいえ。杞憂です。出陣が近づいたので改めて軍容を空から確かめておきたくなりました。何百回も頭の中で戦を構築しては壊してを繰り返してきたものだから、ここは一度初心に戻ろうかと」
「私には水上の戦はわかりませんが、圧巻の光景です。このような数の船を初めて見ました」
趙雲が素直にそう告げると、周瑜は目を閉じて一度頷き、
「あれは露橈という中型の船です。漕ぎ手を保護する木板を装備していて、弓矢では損害を与えられません」
大小何百という軍船が波に揺れている。
趙雲には区別がつきにくかった。
「ではどうやってあの船を倒すのですか?」
素朴な趙雲の問いに周瑜はまた微笑んだ。
「あの船を見てください。船首が細長い・・・ええ、それです。艨衝という船です。凄まじい速度で進みます。そのまま敵船にぶつかるのです。突進を受けた船は大型船であろうが、中型船であろうが船底に穴が開いて沈没していきます」
「特攻するのですか・・・」
「船員は救出しますよ。そのための小回りの利く走舸という船も配備していますから」
「そうですか」
やはり馬に乗っての戦とはまるで勝手が違うようだった。
「どうやら私はお役に立てそうにないようですね」
趙雲がぼそりとつぶやくと、周瑜は慌てて、
「いえいえ、決してそのようなことはありません。船の上では槍をとって白兵戦を行うこともありますし、弓もよくつかいます。蒋欽が褒めていましたよ。趙雲殿の弓は自分に匹敵すると」
蒋欽とは孫策の兵のなかで最も弓を得意とする部将である。
「それに・・・」
周瑜はやや顔を紅らめながら、
「趙雲殿を勝利の女神と敬う兵も多くいます。居ていただけるだけでも兵の戦意はあがるのです」
「私などそんな大層なものではありませんよ」
趙雲は苦笑いを浮かべながら手を振った。
阿斗は周瑜の眼中にはまったく入っていないようで完全に無視されている。
今に始まったことではないので気にも留めていない。
周瑜が趙雲に好意を寄せていることは見え見えだった。気づいていないのは当人ぐらいなものだろう。同じく当主の孫策も趙雲の前だと妙に緊張している。
「魔性の女だな」
阿斗のつぶやきはまた完全に無視されていた。
いよいよ孫策軍は牛渚の要塞に向けて出港するのであった。
そしてこの戦況が天下を大きく揺るがすことになる。
呂布と曹操の和睦は成るのか
仲介役は袁術と・・・
乞うご期待




