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第11回 夢と志

夢は己がもの

志は国のもの、皆で分かつもの

第11回 夢と志


 董卓とうたくによってすげ替えられた新帝からの使者は、袁術えんじゅつが予想していたような董卓からの和睦の使いではなく、新帝そのものの意向を伝える密使であった。


 

 「袁術殿は夢をお持ちか」

曇った沈黙を破る様に使者である劉和りゅうわが再度切り出した。


 「夢……?」

思わぬ問いに俺はややたじろいだ。

 そのような安っぽい言葉を久しぶりに耳にしたからだ。

 

 しかし劉和の眼差しは真剣なものであった。それが余計に俺をたじろがせた。


 父に負けない官位に就き、父に負けない名声を得ること。母違いの兄を超えること……袁家の名に恥じぬ生き方をすること……いや、どれもが俺の夢であり、しかし夢と呼ぶに相応しいものではないように思える。


 そう考えると、夢など口にしたのは遥か昔のことだ……。


 呂布りょふ陳宮ちんきゅうなどと好き勝手やって暮らしていた頃。当時は酒を酌み交わしながら笑い話のようにそんな話をよくしていた。

 儒学に縛られた世界を変えること、誰もが気ままに自由に話をし、暮らせる国……たしかそんなおとぎ話のような戯言をしていた気がする。

 己がどうのではない、国をどうしたいかという夢とは違う……そう「志」だ。

 

 政治を知らず、責任というものを感じられなかった時代の話でもあり。

 絵空事の積み重ねの世界。理想の世界。


 現実の社会に順応していくたびにそんな妄想は薄らいでいった。


 現実の世界では誰もが噂していた。俺がいずれ三公の位に就くだろうと。

 俺も当然のようにそんな未来を思い描くようになっていった。


 現に近づいていたのだ。

 遮る者も無く、着実に栄光を手にする道筋を進んでいた。


 俺は確かな現実を見つめ続けて来た。

 夢や志などという綺麗ごとに浸ることは今はない。


 「夢、などというものは俺には無い」

そう答えた。口にするとこれも俺の心を正確に云い表した言葉ではないと感じた。


 「夢も志も袁術殿には無いのですか。ではなぜ董卓と戦われる」

劉和を目障りに感じた。俺には無い何か大切な答えをこの男は持っている気がしたからだ。


 「私欲で国を動かす男に従うつもりが無いからだ」

俺の答えに劉和は微かにも頷く様子は無かった。

「帝にはあります。帝にはこの国を新しく建て直したいという志があります。民が飢えず、いたずらに争うことの無い国を造りたいという志です。それを叶えるのが私の夢です。そのためにはこの命も惜しみません」

淀みのない喋りであった。心底からある思いから出る言葉だった。


 「玉璽を渡し、皇位を謙譲してしまえば国造りもできぬではないか。それこそ夢物語。董卓を倒し、権威を取り戻すことこそが帝の理想を叶える一番の手立てだと思うが」

それを聞くと劉和は静かに目を閉じ、

「蒼天すでに死す。黄天まさに立つべし」

「黄巾の賊のお題目か……。教祖の張角ちょうかくは死に、賊は統制を失った。かつての脅威は無い」

「あれこそが民意と帝は考えていらっしゃいます。宦官や外戚に政を牛耳られ、皇帝の権威は失墜したと。それが反乱の発端です。だからこそ力のある皇帝が必要なのです。軍事力に屈せず、諸侯を束ねることのできる力を持った皇帝です」

「国を守護するのは武将の仕事。それを帝がやれば逆に国が乱れる元になろう」

「国を再生するためには力を持った核がなければなりません。強い力と意思を持った中心です。漢帝国はそこから再び蘇ります」


 それが劉虞なのだろうか。

 たしかに北の異民族との戦いで功績をあげ、数万という兵力を率いてはいる。

 しかし所詮は星の数ほどある諸侯のひとりに過ぎない。力づくでこの群雄割拠を抑え、云うことをきかすような力は無い。

 仮にそれを求めるのであれば、遥か南方の益州えきしゅうの牧を務める劉焉りゅうえんの方が適しているかもしれない。


 いや……待て……劉焉の息子の劉璋りゅうしょうも奉車都尉として帝に仕えているはずだ。もしかしたら劉和とまったく同じ要件で益州に使いに出ているかもしれない。


 なにせ一筋縄ではいかない司徒である王允おういんが絵図を描いているのだ。額面通りに受け取るわけにはいかないだろう。何か裏があるに違いない。この玉璽とて偽りの可能性だってある。


 「承知した。新帝の御指図通りに動くことにしよう。兄である袁紹本初えんしょう ほんしょの陣まで責任をもって送り届けまする。おい、兪渉ゆしょうを呼べ。三千の兵を率い河内を目指すよう申し付けよ」


 旗本の中でも猛勇で知られる兪渉が興奮気味に登場した。武名を鳴らす絶好の機会だと感じているに違いない。


 「これより先も董卓との戦場。万が一にも巻き込まれないよう用心されよ。決して懐の玉璽を奪われることの無いように」

俺は念には念を入れて劉和と兪渉を送り出した。


 三千の兵の中に李豊りほう梁剛りょうごうという将校を先々云い含めて入れておいた。


 はたして兄の本初がこの提案を聞いてどのような反応を示すのだろうか。


 そう云えば、兄とは夢や志の話などしたことが無かった。


 急にそれが寂しく、危ういような気がしてハッとした。


 


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