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第4章 帝位    第1回 嫡子・孫権

いよいよ最終章の開幕です。

孫権もようやく登場し、役者は揃った感じです。

さあ英雄同士の激突、袁術の決断、どうぞご堪能ください。

袁術異聞伝


第4章最終章 帝位


 第1回 嫡子、孫権


<地図> 


_____黄河____________________

長安   洛陽   陳留(兗州) 東郡(兗州)   


    南陽  潁川(豫州)     下邳(徐州)

  

           汝南(豫州) 寿春(揚州)



 興平元年(西暦194年)12月


 長安ちょうあんに朝廷を置く漢国皇帝・献帝けんていは、その年に東で起こった蝗害という凶事の影から逃れるように元号を興平と改めた。

 果たしてこの未曽有の災害に際し、政治の舵を執る朝廷はどのような対処を施したのであろうか。


 黄河の南沿いにある兗州えんしゅうは特に被害が大きく、百億匹に及ぶ飛蝗に襲われ、森林田畑にいたるまで全てを根こそぎ食い尽くされた。食糧難とともに追い打ちをかけるような疫病が発生し、多くの民が命を落とした。難を逃れた人々もその後を生きるためになんでも喰った。獣や家畜は云うまでもなく、弱り果てた人間の肉を争って喰ったのだ。

 兗州はさながら地獄絵図の様相を呈し、民は修羅道、餓鬼道、畜生道へと転がり落ちていったのである。


 しかし、国の長である献帝は何ら政治的対応を施さなかった。

 いや、民の苦しみを思い自らの胸を痛めることはできても、行動に移す力を有していなかったのだ。


 長安の朝廷は董卓とうたくの残党たちに支配されていたからである。

 特に力を有していたのは董卓の後継者たる大司馬の李傕りかくと後将軍の郭汜かくしで、彼らは自らが支配する領土の保全と、自分たちの権勢の保持にしか興味がない。


 彼らと同格とされる右将軍の樊稠はんちょうは、雍州ようしゅうの支配者として西国の韓遂かんすいらと交戦の真っ只中であったし、左将軍の袁術えんじゅつは、東の果ての揚州ようしゅう寿春じゅしゅんに拠点を置いて皇帝奪還の機会を窺っていた。


 大勢の人を動かすほどの権力を持った者は。献帝の傍に誰も仕えてはいなかった。

 献帝は長安の城の奥に幽閉同然に閉じ込められ、その声は李傕と郭汜にかき消されていた。

 このような政治の現状に民衆が絶望したのも無理のない話である。

 

 頼るべきは地元の豪族、軍閥より他になかったといえる。


 

 揚州・寿春  袁術の館


 俺はこの日、娘婿の孫権そんけんを呼んだ。婿と云っても歳はまだ十二歳。娘は三歳である。袁家と孫家を結ぶ形式だけの夫婦であった。


 「父上、御呼びによりまかりこしました。権にございます」

しっかりとした口調とともに孫権が室内に入ってきた。

 中央まで進み出ると片膝をつき、拝跪の形をとる。子どもながらになかなか堂々とした落ち着きようだ。

 「壮健のようでなによりだな仲謀ちゅうぼう(孫権の字)」

「ありがたきお言葉にございます」

そう云うと顔をあげてこちらを向いた。目が碧い。父親の孫堅そんけんもそうであった。

 孫堅は俺の先兵として裏切りものの劉表りゅうひょうを討つべく荊州けいしゅうに出陣し、計略にはまり戦死した。孫堅の遺児も家臣も今は俺が引き取って面倒をみている。


 「聞くところによると虎を手なずけたそうだな。まことか」

「はい。随分と苦労しましたが、今では背に乗って野を駆けることもできるようになりました」

「虎の背に乗るだと、なぜそのような危険な真似をするのだ」

「私にもよくわからないのですが、どうも強きものに目がないようです」

「お前が強いものに執着するのはわしも知っている。だが、いくら興味があるとはいえ喰われてしまっては仕方あるまい。傅役の張昭ちょうしょうは諌めぬのか」

「随分と叱られました。ですが父上、権は強きものが好きなだけではございません。強きものを操縦するのが楽しいのです。馬で駆けるより遥かに楽しいですよ。父上もいかがですか」

 照れ笑いを浮かべながら話す孫権の顔を見ながら俺は呆気にとられていた。この歳にして並々ならぬ支配欲である。さすがは孫家の嫡流と俺は内心舌を巻いた。


 「強きものと云えばお前の兄、孫策そんさくの話だが、年が明ければ長江を渡り、曲阿きょくあ劉繇りゅうようを攻める」

「兄であれば大丈夫かと思います。家臣たちの話では兄の武勇はすでに孫堅ちちを超えているとか。曲阿と云わずさらに南の会稽かいけいまで鎮まりましょう」

「孫策ほどの強きものはそうはおるまい。どうだ、血は騒がぬか」

「・・・どのような意味でございましょうか」

「強きものを操縦したいというお前の欲望が刺激されぬのか、と聞いておるのだ」

「兄は孫家の当主。弟とはいえ私はその配下に過ぎません。兄を操縦するなど・・・」

「ならば仲謀、お前が孫家の家督を継げばよい。あいつも俺の命令を無下に断ることなどできまい。お前が孫家の当主となり、孫策を従えて揚州全域を平定する。どうだ」

「ど、どうだと云われましても・・・あのような気性の兄がそのような指示に従うはずがございません」

「そうか、であれば、お前が袁家の家督を継いだらなんとする。それでも孫策の風下に甘んじるのか」


 袁家の家督という言葉に孫権は敏感に反応を示した。

 碧眼の奥に妖しい光が灯ったのを俺は見逃さなかった。


 「父上の後を継ぐことができるのであれば話は別です。兄といえども手心は加えませぬ」

「ほう。それは頼もしいの。お前も知っての通り、俺には男子がおらぬ。故に嫡子もおらぬのだ。年が明けて春がきたらお前を正式な嫡子に任ぜようと思うが」

「身に余る光栄。恐縮至極にございます」

 孫権は喜びで身体を小刻みに震わして答えた。

 袁家の家督を継ぐということは、政界の表舞台に登場すると同義なのだ。三公(司徒・司空・太尉)への昇進も夢ではない。

 いや、仮に俺が新皇帝となった暁には、皇帝の座を受け継ぐことになるのだ。


 「虎と戯れるのもいいが、先の将来のために今から政治術をしっかり学んでおけ。そのための傅役の張昭なのだ」

「はい。かしこまりました。袁家当主の名に恥じぬよう、勉学に励みます」

「よし。その心がけだ仲謀。春が来れば忙しくなるぞ。孫策が劉繇を攻め、俺は長安を攻める」

「長安を・・・途中の潁川えいせん曹操そうそうの領地ですが、いかがするのです。攻め落とすのですか」

「いや、そちらはもう話がついている。春前に曹操から大事な客人が来ることになった。俺はそのものを同伴して長安へ向かうのだ」

「大事な客人・・・はて」

「まあいい。いずれお前にはわかる。とにかくお前には留守を頼む。袁術の嫡子として見事この寿春を治めてもらわねばならぬのだ」

「ご安心を。お任せ下さい」


 孫権が退出すると、入れ違いに閻象えんしょうが部屋に入って来た。

「いけません。いけませんな」

相変わらず悲壮感漂う暗い表情でぶつぶつ呟いている。

 「どうしたのだ。城下町で何か事件か」

陶謙とうけん様がみまかられました」

「なに?陶謙が・・・。仮病をつかって徐州じょしゅう牧の座を張飛ちょうひに譲ったが、曹操の威勢も弱まってきたので州牧に返り咲くと云っておったが。まさか本当に病になっていたのか」

「いえ、それが、死因が明らかではないようです。斬られた傷口を見たというものもおります。よもや・・・」

「暗殺か。陶謙の策謀によって徐州の地を追われた豪族も多いと聞く。恨みも随分かっていただろうからな」

「怨恨ではないようですぞ。傷口は見事な一刀両断。よほどの剛勇を誇るもののふの仕業。おそらく下手人は張飛ではないかと・・・」

「一時しのぎの便利屋としてこき使われたのだから張飛の怒りも激しかったのだろう。陶謙にしてみると自業自得か」

「張飛は徐州牧を降りました」

「降りただと。誰が後任の牧に?」

「張飛の義兄弟である劉備りゅうびのようです。徐州の民からも将兵からも慕われているとか。帝の承認もすぐに得られる様子」

「劉備か・・・」


 劉備は以前、北の公孫瓚こうそんさんから新帝に担ぎ上げられた男である。一応、皇族の血筋に連なるもののようだが、素性は怪しい。手に入れた玉璽が偽物だということが判明し、劉備の新帝の話も頓挫した。

 実際に本物の玉璽を隠し持っていたのは呂布りょふ奉先ほうせんだったようである。

 徐州で他国と密通するような二心のある豪族たちはすでに張飛に征討されている。その張飛の暴を恐れて徐州の豪族は息をひそめた。住民たちもかなり窮屈さを感じていただろうから劉備の政治への期待はかなり高いはずだ。しかも恐怖の対象である張飛も、劉備の指示には確実に従う。張飛の暴を押さえてもくれるのだ。民衆全員が劉備の州牧就任を待ちに待っているだろう。


 (まんまと徐州を劉備に乗っ取られた)


 「それと、益州えきしゅうですが、こちらの州牧である劉焉りゅうえんも昨日亡くなったとのことでございます」

「そうか。いち早く地方分権政治を目指した男であったが」

「州牧の座を息子に譲りました」

「世襲したのか。そうか・・・ついにそうなったか」


 劉焉も劉備同様に皇族である。州の長官に軍権を与えた州牧という役職を発案し、初の州牧に就任したのが劉焉であった。もちろんその官位を世襲したのもこれが初めてだった。

 「四男の劉璋りゅうしょうが継ぎました。もはや益州一州が全域劉璋の国同然とのこと」

「王の誕生だな」

「王、ですか」

「ああ。名こそ牧だが、権益は王に匹敵する。これで益州は完全に独立国家となったわけか」

「反乱ですか」

「それに近いな。しかし今の朝廷にはそれを正す力がない。李傕にしても僻地の益州のことなど構ってはおれまい。しかも益州は険しい山々に囲まれた天然の要塞に等しいからな。攻めても落とすことは難しいだろう」

「劉焉に続く者も出てきましょう。いけません。いけませんな」

「秩序を正し、法を順守させるには力が必要だ。力がなければ誰も従わぬ。群雄が割拠し、力が分散していると国はいよいよ乱れるばかり。しかし、今の朝廷には正義を貫く力がない。力を持って皆をまとめる者が必要なのだ」

「それが袁術様の御役目と心得ております」

「曹操と手を結べば可能だか・・・」

「は?今、なんと」

「いや。閻象よ、曹操の嫡子である曹昂そうこうを迎える準備をいたせ」

「和睦を結ばれるのですか」

「なんだ、不服か」

「いえそうでは。朋友の契りを結ばれています呂布様や陳宮ちんきゅう様が未だ兗州で曹操と交戦中。むしろそちらにお味方されて曹操を滅ぼすおつもりかと」

「曹操を滅ぼしたところで天下の乱れは収まらぬ。奉先には使者を出し、これ以上の戦争は不要であることを告げよう。曹昂が到着次第、こちらからは曹操の陣営に食料を送る。手はずを整えよ」

「かしこまりました」


 閻象が退出し、部屋でひとりとなった俺は静かに目を閉じた。


 「いかに諸侯をまとめるか、それが天下を鎮める役目となろう」


 こうして波乱の興平二年(西暦195年)を迎えるのであった。


長安に潜入した馬超、王耀ら八名のその後。

破滅の道を進む李傕の狂気。

こうご期待。

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