名探偵 シャーロック・ヤンキーゴーホームズの事件簿
本格推理。
「――――し、死んでる…」
被害者の手首を取り冷静に脈拍を確認した後、山田氏は半ば呆然とした顔でそう呟いた。
――まあ、全身をめった刺しにされたあげく腹部から背中に突き出る形で巨大なつららが刺さっていておまけに頭部をもがれている以上、死んでいるのはひと目でみれば分かりそうなものだが。
「さて、こいつは厄介なことになったぞ」
自称ジャーナリストの磯村氏が豊かな顎髭を撫でながらそう呟く。実際、不味い事態には違いない。
問題は、被害者であるハンバーガー氏の部屋は内側からチェーン式のカギがかかっていたということ。誰も彼を殺すことが出来なかったはずなのだ。
不可能状況。
超論理世界たるここクォンタム・ワールドは、あらゆる非論理を許容し得ない。つまり観測体たる我々――この場合はこの右斜め屋敷に居合わせた人々――が不可能状況と判断した時。
この世界は容易く崩壊をはじめる。
「あっ諸君!窓の外をみなさい!」
カメレオン博物館館長の林太平氏が自慢のエボシカメレオンをしきりに撫でつつ驚きの声をあげる。
みればまだ昼だというのにいつの間にか外が暗くなっている。
既に「密室化」がはじまっている。
密室化が完了したが最後、この屋敷は外界とは隔絶した異空間と化すだろう。
密室内に囚われた人々は『犯人』の餌食にされるのがオチだ。
幸いにして完全に外部と遮蔽されるまでにはまだ僅かに間がある、僕は携帯を取り出し急いで救援を求める旨を送る。
僕の風変わりな友人にして信頼の置ける探偵、シャーロック・ヤンキーゴーホームズに。
「その友人とやらの腕前は確かなんだろうね?」
老舗の若旦那ことロバート・チャップリン氏がそういいながら白磁のティーカップを優雅に傾ける。
「ええ、なにより彼のいい所はですね」
上空から轟音が一つ。
「呼べば、すぐに来るのです」
――密室状況を破れるのは探偵だけ。
天を見あげれば闇がひび割れ砕け、そこから降りてくるのは噴射炎をふきあげる『椅子』に跨った我らがシャーロック・ヤンキーゴーホームズ。
「お待たせ小林くん、といってもそれほど時間はかからなかったはずだが?なにせもたもたやってる間に状況を悪化させるような探偵は三流以下だからね!」
依頼を受けてから30分以内で現場に駆けつけるのを信条としているヤンキーゴーホームズだった。
彼がまたがる『椅子』――ぱっと見は椅子というより大きなクモにみえなくもない――は色々な所が角ばったメカニカルなフォルムで、座り心地はお世辞にも良さそうとはいえないが記述機つきの最新型なのだそうだ。
「早速で悪いけれど、事件を解決してくれないかヤンキーゴーホームズ」
「任せてくれたまえ!」
一行はぞろぞろと犯行現場まで移動した。
「僕の超絶推理力にかかればこんなもの謎でもなんでないよ!さあ『椅子』よ!」
彼の『椅子』が壁に足を突き刺すと、壁はみるみる内に変色しついで砂のように崩れていく。
「マア壁にみるみる大穴が?!」
兜町の顔役と噂されるバーバラ氏が可聴音ギリギリの甲高い感嘆の声をあげる。
「ヤンキーゴーホームズ、これは一体!?」
「みての通りナノマシンさ!!犯人は壁に大穴を開けて部屋に侵入した後、壁に偽装するようプログラミングされたナノマシンを用いて穴を塞いだんだ!中々のトリックだったが僕の卓越した推理力には適わなかったようだね!」
「しかしヤンキーゴーホームズ、トリックが分かったはいいが肝心の『犯人』は」
と突然、屋敷中に響き渡る悲鳴。
「いかん!最後の悪あがきか」
声のした部屋を目指し階段を駆け上がる一行と僕とヤンキーゴーホームズ。
「この部屋かッ!」
そこには今まさに出刃包丁を突き立てられんとするアボガド大好き子さんと、全身黒塗り――顔すら真っ黒でただ凶悪な眼だけがぎらぎらと輝いている――。
「こいつめッ!妻から離れろ」
「ああっいけないピーマン大嫌い太郎さん!」
空手三段の太郎さんが放つ渾身の後ろ回し蹴りはしかし『犯人』の黒塗りの身体を滑るように避けてしまう。
常人は『犯人』に触れることさえ出来ない。『犯人』がまとう黒い影は論理空間の歪みの集積――正体を隠しまたあらゆる攻撃を無効化する最強の鎧だ。これを打ち破れるのは探偵の研ぎ澄まされた論理の刃のみ。
「さあいくぞッ『椅子』!!」
ヤンキーゴーホームズの命に従い『椅子』はトランスフォームし、即座に主人の身を覆う武装機構と化す。
「これは、もしや…」
探偵マニアのジョンバークレー氏が目を見開く。
そう。彼こそ世界にたった十四台しかない「武装椅子」の使い手。
「――武装椅子探偵のシャーロック・ヤンキーゴーホームズ!」
武装椅子をまとったヤンキーゴーホームズは持ち前の高性能スラスターを十全に駆使した高速機動で『犯人』を圧倒していった。いかな『犯人』といえども「名探偵」には敵しえない。
ヤンキーゴーホームズがトドメの一撃を見舞う。
「そろそろ観念したらどうかな…『犯人』、いやさ、使用人の佐次さん…しかしてその実態はこのゴミ屋敷の真の主人にして江戸前流最後の伝承者・ファビュラス大塚!」
武装椅子の全砲門が開き『犯人』に容赦ない糾弾の雨を降らせる。
「ウギャアアアアアアアアアアアッ!」
連鎖的な爆撃はやがて一つの大きな光芒となり『犯人』の、虚飾の鎧を溶かしていく。
爆撃の跡。
そこにいたのはもはや凶悪な殺人犯ではなく、ただ様々な運命の悪戯に弄ばれ傷つき疲れ果てた老人が巨大なクレーター跡に転がっているばかり――(※詳しい動機と背景説明は割愛)。
「Q.E.D.…ミッションオーバーだ小林くん」
湯気の立ち上る武装椅子を脱着しながらヤンキーゴーホームズがそう呟く。その目には事件を解決した安堵と、残酷な真実に対する悲嘆が浮かんでいた――――。
かくして、論理時空に生じた歪みを吸収し凶暴化した『犯人』が消滅したことによって密室状況もまた消失し、僕を含む1635人の関係者はようやく現場から解放された。
一件落着。
しかし、今にして思えばこの事件はほんのはじまりに過ぎなかったのである。
ヤンキーゴーホームズが長年追いかけている宿敵にして、超論理世界を根底から揺るがす不確定性の申し子――――探偵殺し(キャット)にまつわるあの恐ろしい事件の。
――――了。