第七話
カチャっと葉巻に火をつける。深い、深い深呼吸。一気に煙を肺全体に染み込ませる。全身を麻痺させるようななんともいわれのない感覚が俺に響き渡った。
「おいちゃん、タバコは身体に良くないってシスターが言ってたよ!」
目の前では、頬をパンパンに膨らませながら、それでも尚口に物を詰めていくリルの姿があった。その小さな身体の何処に入ってるんだというような量をこの妖精の少女は食べる。食べているその様子は決して不味そうに嫌々食べているようには見えない。
「リル、俺って料理下手なのか?」
「ううん、美味しいよ!リル的にはお店開けると思う!」
だよなぁ。なんてったって独り暮らしのおっさんが年月を込めて練っていったスペシャル料理だ。そんじょそこらのチンカスどもには負けてないつもりだ。
なのに、なのにあのシスターわ!
こ、この俺の料理人生を真っ向から否定しやがった。いや、批判されるだけならいい。納得いかんのは、その料理の存在自体を否定されたことが許せんのだ。
思わず、蒸かしていた葉巻を一気に燃やしてしまう。
「おいちゃん、落ち込まないで。リルはシスターが作った料理のほうが絶対不味いと思うもん。」
そう言って、ポンポンと俺の背中を叩いてくれるリル。なんて、優しい子なんだろう。言葉にすらだしてないのに、俺の感情を読み取って慰めてくれるなんて。成長したなリル。おじちゃんは嬉しいよ。
その手が食べ散らかしたソースでべしゃべしゃでなかったら思いっきり抱き締めているところだった。
俺は無造作に上着を水に突っ込んだあと、クシャッとリルの頭を撫でてやる。良いことをしたらご褒美。昨日、ミリーナが言ってた。これ大切だからメモしとかなきゃな。やはり撫でられるのが好きなのか、キャッキャッと言って撫でられた手を掴むリル。
べチャリと汚れた手をさりげなく水道で洗う。今後、俺は、食卓にはタオルを載せることを決心する。
「そいやぁ、リル。教会では何食べたんだ?」
「うんち!とろとろしてて気持ち悪かった!」
ゴフォッゴフォッ
想定外の答え。マジでびびった。今度は逆に煙を噴き出してしまったじゃねーか。危ない、危ない。おおっと、この煙は有害だ。なるべく窓に向かって吐き出さなければ。
それにしても、以外だった。ミリーナがそんな性癖の人物だったなんて。あんな、清楚な顔して意外すぎる。そんなもんを子供に食べさせるなんて考えられん。全く、とんだ破廉恥野郎だな。
「リル、昨日の食事余ってない?」
「全部食べちゃったよ!不味かったけど。」
少しばかり落胆する。い、いや他意はないのだがね、その、ね。やはり、味見は大切なことだと思う。
だが、そんな食事?しか作れん奴に俺の料理を否定する資格はないと思う。なんてったって、俺は完璧なおじちゃんなんだ。作る料理なんて完璧に決まってる。馬鹿馬鹿しい。
しかし、やはり納得できん。俺にだってプライドはあるんだ。何とかしてミリーナを見返さなければ。
と、ここで名案がパッと思いつく。そうだ、最強の料理を作ってあいつに味というものは、なんたるかを教れば良いんじゃないだろうか。
即決だ。すぐにでも実行しよう。何より今日の食費が浮く。俺は、新な決意を胸に抱いて、立ち上がる。
「リル、出掛けるぞ。世界三大珍味のフォアギュゥルラァを探しにな。」
「うん!わかった!でもリルもついていっていいの?」
「ああ、今回は許す。今から行くのは沈黙の森と言ってな、古代になんかあったか知らんが生物が一切近づかない森なんだ。むしろ、今回は全てリルにかかっているとも言える。道案内頼んだぞ。」
そう、妖精族は木と会話ができる。それに頼ることによってどんなに深い森でも迷わず歩けるのだ。
「任せてっ!リル初めて役に立つかも!」
そうして、ワタワタと自作リュックに荷物を詰め込んでいくリル。
ついでに言っとくがこのリュックは先日、俺がリルに渡した人形を改良したものだ。なんか、リルがいっつも持ちたいからって自分で作ったものだ。ところどころミリーナに手伝って貰ってたが自分で作ったんだ。素直に感心する。
まぁ、自分そっくりの人形の腹をかっさばいてワタを抜いてく様子を見たときは、何とも複雑な気分だったがな。
っと、んじゃ俺もぼちぼち用意するか。
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ところ変わって教会前だ。この、俺の決意を告げねば。いつものように掃除をしているミリーナの近くによっていく。
「よう、ミリーナ、ウンk…じゃなくて、お前に真の料理ってもんを見してやんよ!」
「えっ、急に意味わからないんだけど。」
危ない、危ない。危うく本音を暴露してしまうところだった。一旦冷静にならなければ。
「料理だよ。お前に真の料理ってもんを教えてやるっていってんだ。」
「あのねぇ、何処に肉と生魚を一緒のご飯に載せる料理があるのよ。根本的な所から間違ってるわ。」
なんと、あの料理の良さを理解出来ぬとは、こいつ料理のりの字すら知らん素人なんじゃないだろうか。
「分かってないよねぇ、シスターわ。お肉とお刺身が一緒に合わさった時のまろやかさがいいんじゃん。」
「リルちゃんは黙ってなさい。」
シュンと項垂れるリル。昨日、怒られたにも関わらず、頑張った方だと思う。俺からは花丸を挙げよう。
まぁ、価値観が合わないのはしょうがない話だ。用は結果で示しゃあいい。議論するだけ無駄ってもんだ。
「まぁ、今言い合っても不毛なことだろ。俺らは料理をだす。ミリーナは食う。それだけの話だ。」
「嫌よ、食べたくないもの。」
「そして、そのあと、まだ俺に文句言えたんだったら認めてやる。」
途中、なんか聞こえたが当然無視だ。この勝負は既に決定事項だしな。
「もう私が食べるのは決定なのね。はぁ。」
当然だ。お前が食べないで誰が食べる。まぁ、言いたいことは伝えたし、こんな所だろ。んじゃあそろそろ出掛けるか。
「じゃあ、行ってくる。」
「はいはい、行ってらっしゃい。」
…。
……。
「おい、ミリーナ。俺はお前の全てを受け入れられる程の懐の深い男なんだぜ。」
「えっ//?」
「だから、なっ?ウンコしたくなったら俺んちに来いよ。」
「死ね。」