第五話
鋪装された道路をリルと二人で手を繋ぎながら歩く。早朝であるせいか、辺りには露店商達が忙しなく動いているだけだった。
「おいちゃん、今何処に向かってるの?」
こんな早朝に出掛けたのが珍しいのかリルが疑問をぶつけてくる。まぁ、おっさんの朝はいつも遅いと相場は決まってたからな。……多分。不思議に思うのもしょうがない話だろう。
「今日は、教会に行く予定だ。流石に、昼間リルを一人にするのも危ないし、ましてや、付いてこられると尚更危ないからな。だから、今日からはリルのことを昼間の間だけ、預かって貰おうと思う。」
そうさ、おっさんが早起きするって時は何かしら理由があるってもんだ。じゃなきゃ早起きしたくないしな。眠いし。
教会は、一言で言うなら孤児院だ。まぁ、実際ミサとかも開いたりしてるのだが、長らく戦争がなかったこの国では信仰が廃れちまった。ましてや、不況にもなったりすると自分のことで精一杯だ。だから、現在の市民のニーズは孤児院の方にある。
とはいっても、実際、教会は託児所みたいなことは本来ならしてくれない。何故ならそれにかこつけてただ飯食らいをされる場合があるからだ。
そんな理由のため、託児なんかを普段はしない教会だが、やはり例外といったものは存在する。それは、冒険者であり、正式に依頼書を持っていた場合だ。冒険者は外での仕事が多いからな。どうしても家が蔑ろになってしまう。だから、そんな場合に限り、少し高めのお布施料を払えば子供をその料金に応じて預かってて貰えるのだ。
まぁ、リルの食欲を考えるとあながち高くもないため若干の罪悪感は沸くがな。といってもおっさんには関係ない話だ。子供の食欲を見謝る教会の方が悪い。
「ねぇねぇ、教会ってどんなとこなの?」
と、そんな俺の雰囲気に何かを悟ったのかリルが質問をぶつけてくる。朝っぱらから大きな口で棒つきキャンディを舐めているその姿はどこか不機嫌そうだ。頬が膨らんでるのは何もキャンディのせいだけではないだろう。
「まぁ、子供が一杯いる遊び場みたいなもんだ。昼間、一人リルを家に残すのが心配だからな。俺がクエストに出掛けてる間そこで遊んでろ。」
「やだ!遊びたくない!リルも付いてく!」
やっぱり、否定されると思ったよ。リルは、最近、いや、最初っから俺と離れることを嫌う。考えてもみりゃまだ5才だしな。一人にされるってのが単純に嫌なんだろ。なるべく一緒にいてやりたいのだが、しかし、そういうわけにもいかない。こっちは日々の糧を得るために働かなきゃならんのだ。第一寂しくないだろと見越しての教会だ。今回は納得してもらうしかない。
「リル、クエストは本来凄い危ないもんなんだ。だから、付いてきちゃうと死んじゃうかもしれない。だから、今日は教会で大人しくしてるんだ。分かったな?」
なるべく、リルを刺激しないように説得を心掛ける。あんまり、強引過ぎると泣いてしまう可能性があるからな。常に優しくだ。子供を泣かせて育てるやつは三流に過ぎない。出来る大人は常に子供が納得出来るように行動するのだ。
「リル子供じゃないもん!それに、おいちゃんだってあぶないじゃん。死んじゃうかもしれないんだよ。」
とか偉そうなことほざいてたんだが、想定外に泣きそうなリル戸惑ってしまう。そんなリルに条件反射で謝りたくなってしまうがここで引くわけにはいかないのだ。だから、根気強く説得を試みる。それに、リルの心配事その一である、俺の心配はいらない心配だ。俺はリルさえいなけりゃ堅実にクエストを選ぶからな。まだ、死にたくないし。
「俺のことは心配すんな。クエストごときでやられるような玉じゃあない。」
そんな、俺の思いとは裏腹に繋いだ手を一切放すつもりがないというように力強く握ってくる。どうやら、放す気はないようだ。
「だって、だってリルのパパも同じこといってたもん。大丈夫だっていってたもん。」
その言葉に危うく、崩れ落ちそうになる。最近のリルが明るかったため、すっかり失念してしまっていたが、リルは両親を失っていたんだ。確かに、そうなりゃあ今の保護者である俺を失うのが怖いんだろう。
……しょうがない奴だな。これじゃあ働きずらいじゃないか。だが、俺は行かなければならない。飢え死にするわけにはいかんのだ。
だから、俺はむくれるリルの目線に合わせてかがみ、なるべく自信に満ちた太い声で話し掛ける。
「リル、お前は何の心配もいらないんだ。おじちゃんは絶対に死なない。何てったって英雄なんだからな。」
ちょっと臭すぎたかな。しかし、不承不承にもうなずいてくれるリル。ひとまずは、安心したようだ。
ん、待てよ。そいやぁそうだ。
今日は、リルにプレゼントがあったんだ。前回、報酬金を受け取れないことを知った俺は、結局、家にあるものを自分で加工してプレゼントすることにした。それをどのタイミングで渡すかずっと悩んでいたんだが今が丁度いいだろう。
それに、リルもそれさえありゃ満足するはずだ。いや、むしろ俺がいなくとも俺を感じ取れるという点では今回それに勝る物は無いんじゃないだろうか。我ながら良いものを作ったと思う。
「リル、あんま泣くな。なんてったって今日はおじちゃんからプレゼントがあるんだからな。」
それは、リルにとって想定外の展開だったのかえっ、といってしゃぶってたキャンディを思わず口から離してしまう。
「えぇ、本当にぃ?見して、早く見して!」
おぉ、食い付いた。これで上手く納得してくれるといいんだが。とか言いつつも俺は実際一切の不安を感じていなかった。要は、それほど自信作なのです。
「見ろ、リル!こいつは世界中どこで探したって見つからないぞ。等身大おじちゃん人形だ。」
俺の手にある手作り人形を見た瞬間にリルの顔がニパァっと輝く。ふん、そうだろそうだろ。何てったってこいつは俺の自信作だからな。かつて、これほどの自信作が出来たことがあっただろうか?いやない。
「お、おいちゃんが二人いる!?おっきいぃ!凄いよおいちゃん。ありがとう!」
そういってシュパッと受けとると首根っこを握りつけ、ブンブン振り回し始める。
やはり、リルは物の価値が分かってやがる。俺の人形に相応しい喜びかただ。しかし、こんだけ喜ばれると作者冥利につきるってもんだ。普通に嬉しい。
だかな、リルよ。世の中はそんなに甘くないのだ。飴の裏にはムチがある。そんな無邪気な顔して喜んでいるところ申し訳んが、おじちゃんはそんな社会の理不尽さをリルには教えなければいけないのだ。
「スマン、リル。実はそれを受けとると自動的に呪いがかけられちまうんだ。急いで教会のシスターに呪いを解いてもらわないとおじちゃんには付いてこれないんだぞ。」
瞬間、リルの顔がしまったというようなものになり、そしてすぐに目がウルッとし始める。表情の変化が豊富だな。素直に可愛いと思ってしまう。
スマン、リル。おじちゃんはリルに世の中の辛さを教えなければいけないのだ。
「えぇ!?ひどい!ひどいよ、おいちゃん。は、早くシスターの所に行かなくちゃ。呪いといてもらはないと。」
さっきまでの泣きそうな雰囲気が嘘のように焦りだすリル。やはり、リルはこうでなくちゃ。
にしてもいかん、ニヤニヤが止まらない。こうもあっさり引っ掛かるなんて。もっとからかいたくなるな。しかし、これでひとまず今日は大丈夫だろう。後は教会か。
久しく顔を出してないから少し心配だ。俺もこの町に帰ってきてから教会には顔だしてなかったからな。
シスターは俺のこと覚えてるだろうか。別れたのは、俺がガキんちょの頃だから、分からないかもしれないな。
まぁどちらにしよ、適当に話ぐらい合わせてくれるだろ。昔は、案外ノリが良かったりするやつだったからな。
「ねぇ、おいちゃん。シスターってどんな人なの優しい?怖い?」
呪いを解く(嘘だが)ということが何をされるのか分かってないリルは教会に行くことが不安らしい。
「ん?なんだ、リル。シスターは怖くも痛くもないぞ。ただ乳がでかいだけの爆乳ババアだ。多分な。まぁ今の姿は分からん。」
そう、シスターは爆乳なのだ。俺が英雄になるとか行って町を飛び出したのが15の時だが、その時点で俺と同い年にも関わらず、乳がでかかったんだ。今でも大きいに決まってる。。
「爆乳ババアってなにぃ!?」
おおっと、リルには真っ当な教育しかしてなかったから、そんな言葉、知るわけないか。
「うーん、なんつーかそのシスターの指し示す?名称みたいなもんだ。深く考える必要はない。ついでにおじちゃんは、将来リルもそうなると信じている。」
「うーん、えぇとね、なんか分かんないけど分かった!」
はぁ、それにしても、世の中ままならんもんだ。やっと大金にありつけたと思ったのに、報酬金はギルド全体へと回さなきゃいけないなんて。確か、そんなこと書いてなかったんだと思うが、ギルド長が言うんだから間違いないんだろう。
確かに、あん時は一切話を聞かなかったが、俺は出来るおっさんなんです。無意識でありつつも失敗はしてないはずだ。言われるがままに契約書にはサインしたけどめんどくさいし信用していいだろう。
まぁ、そんなこんなもあって俺は早急に金が必要なのだ。リルには出来る限り食わせなきゃならんからな。1日4食、これ鉄則。
「おいちゃん!教会見えたよ!あれでしょ。早く行かなきゃ!」
グッグッとリルが俺の手を引っ張る。おお、確かにあれは教会だ。よくわかったな。ここで、我慢出来なくなった、リルがちっちゃい足でヒョコヒョコと先に走って行ってしまう。こらこら、おっさんは疲れやすいんですから、あんまり焦らせないで下さいよ。
そんな愚痴を吐きながらも俺とリルは一緒に走る。やはりリルといると退屈しないな。
そうこうしてるうちに、ようやくリルと入り口近くにまでたどり着く。そこに来て始めて、教会の前で掃除してるシスターが目に入る。間違いない、あの乳はあいつだ。やはり、シスターとは思えない生意気な身体してやがるな。なんともはしたない奴だ。
……うむ、実に眼福です。
「あっ、あんたもしかしてガゼルじゃない?私よ!ミリーナよ。」
やはり気付いたか。懐かしいな、その声。相変わらず、変わらんそそっかしさだ。教会のシスターとは思えんな、その言葉使い。
にしても、昔馴染みの奴に成長してから会いに行くなんて、なんかいいシチュエーションだな。お互いに年取って俺なんか、英雄になんかなるといった手前、おっさんとなって帰って来てしまうなんて恥ずかしい限りだがな。
「ミリーナ、久しぶりだな。実は折り入ってはn「こんにちは!爆乳ババアさん!早く、リルの呪いをといてくださぁい!」
「「……へ!?」」
空気が凍るのが眼に見えてわかった。