第四話
なんか報酬金は全額俺達の分になる訳じゃないらしい。詳しい理由はなんか変なじーさんがべらべら喋ってたが当然の如く俺は無視だ。年寄りの話ほどめんどくさいものはない。
なんにせよ、報酬は少ないのだ。これじゃあリルにプレゼントは買ってやれない。せっかくだから何か替わりの物を用意せねば。
「オイッ!テメェ!」
しかし、プレゼントとなるとなんだろう。女の子が喜びそうな物なんて想像もつかん。
「オイッ!待てよ!てめえだよ。てめえ。てめえだっつてんだろ!」
……こいつは俺に話し掛けてるのか?はぁ?なんだこいつは?何をこんなしがないおっさんにぶちきれてんだよ。意味わからん。
「なんだ。なんか、用かよ。俺は忙しいんだ。」
「そうだ!そうだ!おいちゃんは忙しいんだぞ!お前なんかに構ってる暇なんてないんだぞ…っておいちゃんが言ってました……。」
途中で睨まれたリルの語尾が段々小さくなっていく。リルさん、さりげなく俺に罪を擦り付けないでください。
しかし、子供にガンつけるとはなんと大人げないやつなんだ。子供にとって大人は絶対的な存在なんだ。睨まれりゃあそりゃ怖くなる。リル、心配しなくていいよ。おじちゃんがいるからね。
全く、ひどいやつだ。久しぶりに俺は憤慨している。なんてったって、大人は常に弱きを助けなければならない。そして、いくら相手が強かろうと屈したりしない。そんな奴が大人なのだ。当然の如く俺もこっち側の人間だ。出来る人間だからな。
これは、いつもならすぐにでも殴り掛かるような事件だ。しかし、あいつらは運がいい。今日の俺はやらなきゃいけないことがたくさんある。第一、散々動き回ったんだ。もうリルはねんねの時間だ。
だから、穏便にことを済ませられるに越したことはない。それに、わざわざ気分を自分で害するような真似はしたくないしな。まあ、俺の実力はCランクだし。もう一回言うけどCランクだしぃ。そうそうにこのランクを越せるやつなんていない。ましてや、言い掛かりをつけてくるようなチンピラだ。低ランクの鼻くそ野郎に決まっている。俺にとって、Dランク程度の雑魚がいくら吠えたって痛くも痒くもないのだ。
「おい、クソガキ。俺は、今忙しいんだよ。あんまり、絡んでくんな。」
「うるせぇ。てめえ、依頼偽装しやがったんだろ。それは確かに緊急クエストだが、討伐クエストでもあったんだ。そりゃ、ルール違反だ。俺らにも分け前をよこせ。」
そうだ!そうだ!と当たりからヤジが飛んでくる。
「第一、おめぇのような名も売れてないやつがAランククエストをクリア出来るはずがないからな。」
ん?成る程。こいつは勘違いしているのか。まぁ無理はない。確かにCランクの野郎が、Aランククエストを一人でクリアしてきたとなればおかしいもんな。しかし、何が不正行為なのか分からん。こいつ相当頭に来てるのか話がよく見えない。取り敢えず誤解を解いておくか。
「知らんぞ。誰がなんと言おうと、俺は自分でクエストをクリアしたんだ。この事実は変わらん。」
「ふん、それなら話が早い。ってことはお前相当強いんだろ。決闘だ。正しいやつは勝った奴ってのが冒険者のルールだろ。」
おぉ、そうきたか。まぁそれならそれで話が早い。さっさと終わらせて買い出しにいかねばならないのだ。第一そんな雑魚にやられるような俺じゃない。
「そうだな、その方がいい。正直俺も疲れている。さっさと終わらせちまおう。」
おおっと大事な事を聞き忘れていた。危ない、危ない。
「そいやぁついでに聞いといてやるよ。あんたたちはなにランクなんだ?」
「Bだよ!さっさと出ろ。」
グッ。条件反射で土下座しそうになった頭を憤怒の鬼の如く強い精神でとどめる。リルの手前でそんなことはできない。
へ、へぇBランクね。や、やるじゃん。まぁおっさん今日疲れてるしか、かかかか帰ろっかなぁ。
うん、そうだ。帰ろう。おっさんは多忙なのだ。
「す、すまん、日課の薪割り忘れt「おいちゃんはお前なんかより強いんだからね!ギッタギッタにされちゃうんだからぁ!」てめえら、全員、ぶっ殺したるわぁ!」
半泣きのリルががっちり俺の足をがっちりホールドしながら叫ぶ。
そんな俺に道は残されてなかった。
こうして、俺らの闘いは幕を開けた。
相手は軽装の剣士だった。いや、がっちりしたやつもいる。それと、弓を持ったやつもいる。
計三人だった。
全員あいつの仲間だ。
Bランクが三人。これはヤバい。マジでヤバい。一人ならなんとかなるかもって思ってたさっきまでの自分が憎い。思わず笑ってしまったのはしょうがない話だろう。まぁ、膝の話だが。
対する、此方の陣営は俺、そしていつの間にか泣き止んでキリッと相手を睨むリルさん。俺の手を握ってなかったらかっこいいのに。なんて、無粋なことは言わない。大切なこっちの味方だ。
「覚悟は出来てるんだろうな、クソジジイ。」
いえ、帰りたいです。
いや、帰らせてください。
しかし、それは叶わない話だ。なんてったって、リルがいる。俺が最強であることを示さねばならないのだ。
思わず、頭を押さえてしまう。どうしよう、おじちゃんとしての威厳が崩壊寸前だ。
チラッとリルを見る。おじちゃん帰りたいなぁ。
…。
……。
………。
ですよねぇ。そんなキラキラした目で見られたら断れませんよ。
最初っから俺には逃走なんて道はなかったんだ。
もういいや。戦闘なんてなるようになれだろ。 要は、おじちゃんとしての威厳を保てるような負けかたをすれば良いのだ。
かっこよく負ける。接戦で負ける。散らばもろとも美しく。
覚悟を決めたことによって、生まれた小さな勇気。
それは小さなものかもしれないが自堕落なおっさんにとっては大きな勇気だ。
そうだ、今しかない。この気持ちが続いている間に。じゃないと本当に、無様な醜態をリルの前に晒すことになってしまう。それだけはなんとかしなければ。
少なくとも、リルの前ぐらいではかっこいいおじちゃんでいさせてくれ。負けてもいいんだ。リルが落胆しなきゃいいんだ。良くて、相討ちになってくれりゃ儲けもん。
「いくぞ!」
そうやって俺が声を掛けた瞬間に試合が始まった。
開始と同時に三人が一気にバラける。やはり、囲むか。まあ、勝てるとは思ってない。俺が目指すのはかっこいい負け方だ。ギリギリで負けた感を出さなければならない。
まずは、剣士から。正眼に構えたショートソードは飾りじゃないと分かる程の殺気を放っていた。
最初に、あいつに一太刀だ。低姿勢の状態から腰についた長剣を取り出す。
訂正。焦って腰のしたにある解体用の極小ナイフを取り出してしまう。自分でも全身から、汗がブワッと吹き出すのが分かった。
作戦変更だ。リーチに問題がある。急ブレーキをかけ、方向展開しよう。そして逆に接近せんに弱いはずの弓使いを最初に倒す。これだ。瞬時に判断した俺は、足に一気に力を込めブレーキを掛ける。
その突如、ブチン、という音、さらりと抜ける力。
急激にガクンと視界が下がる。走っていたスピードはなかなか止まらない。半ば強制的に背中から剣士へと突っ込む。
刹那の永遠とも言えるような時を過ごして宙を舞う。
ひっくり返ってようやく俺は、靴紐が切れたのが分かった。
凄まじい衝撃が俺を襲った。踵に物凄い痛み。剣士にぶつかったのは間違いなかった。
死ぬ!死ぬって!
ぶつかった俺は当初の目的など、とうに忘れて醜くどたばたと暴れまる。当然だ。相手は剣を持ってるんだ。首にでもあたりゃぁ即死だ。一刻も早く離れなければならない。
パニックに陥った俺は完全にもう二人の存在を忘れていた。
ガン、ガツン
との脚への衝撃。近寄ってきたもう一人に斬られたんだと気付く。まぐれだった。あと、少しずれてたら足を切り落とされていた。
そこまできてようやく冷静さを取り戻す。落ち着け。このままだと近くまで来たガチムチ野郎に足が吹っ飛ばされちまう。
急いで俺は、英雄がやりそうな起き方ランキング1位のアクロバティックな跳躍をする。これはガキのころ何度も練習した一番得意な起き上がりかただ。失敗するはずがない。
途中、その足に何かが巻き込まれた気がしたがあまり気にしない。切られなきゃいい。要は五体満足で生き残ることが先決だ。
そうして、さっさと起き上がり、顔を上げた瞬間、一本の弓矢が顔をかする。近くには弓使いがいた。
「ふぅ、後一センチだったな。」
そう、後一センチで俺の顔が吹っ飛んでた。
そういって未だに呆然とした弓使いの顔を見る。情けなくも、俺は弓矢がかすったせいで腰の力が抜けていた。なすすべもなく、弓使いになだれかかるその姿は無様の一言に尽きる。
完敗だな、素直に敗北宣言を出そうと俺は口を開き掛ける。
聞こえてきたのは予期せぬ答え。
「ま、参りました。」
意味がわからない。突然弓使いの口から漏れる謎の降参宣言。辺りの奴等も何が起こったのか分かってないみたいだ。当然、何故か地面に倒れ伏していた二人の剣士も苦笑する。
そんな不思議な空気を破ったのは突如現れたギルド長だった。
「ふむ、やはり実力は本物のようだな、ガゼルよ。よってAランクのこのクエストは正式にクリアと認める。報酬金の方だが全てお前のものだ。」
辺りが、どよめく。俺もどよめく。いきなり始まった超展開に俺は全然ついていけなかった。
「静まれぃ、皆のもの。まだ、話は終わっとらん。確かに、このクエストは集団でやるものじゃった。この報酬金を当てにしていたものも多かろう。そこで、カジルに相談したところ彼は報酬金を分けることを二つ返事で了解してくれたよ。ふん、じゃからうけとれぃ皆のものよ!」
そういって、金を辺りにばらまき始めるギルド長。
全員が歓声をあげる。
俺の足元ではいつの間にかリルがうんしょ、うんしょといいながら金を集めていた。
意味がわからない。
俺はそこに立ち続けるいがいどうしたら良かったのかわからなかった。
なんか分からんが、とても恥ずかしい。
もうやだ。さっさと家に帰ろう。そして、俺は足元で金を拾ってるリルを脇に抱えて家路につくのだった。
観客視点
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最初は冗談だと思ってた。確かに、あんな巨体のキングワイルドボアを素手で引きずって来るのにはビックリした。まるで、何かを下にひいているかのように軽々と運んで来たからな。その筋力には目を見開くものがある。だが、それにしても、最近まで無名だった奴が急にキングワイルドボアを一人で倒してきたっていい始めたんだ。
誰だって疑いたくなる。依頼の報酬金を独り占めにしようと何かずるいことをしようとしたんじゃないかと。
そんな、俺らの気持ちを代弁するが如く名乗りを挙げてくれたのがBランクパーティーのグローリアスのメンバー達だ。
彼らは強い。それこそAランクのようなやつじゃなけりゃ瞬殺されるぐらいだ。彼らが、俺逹の疑問を解決してくれるだろうと思った。
当然の如く、誰もが、彼らの勝ちを信じて疑わなかった。事実、試合は一瞬で終わった。
そう、確かに、試合は一瞬で終わった。
しかし、結果は正反対。誰もが予想しなかったものだった。
そこで見せつけられたのは、疑いようもない圧倒的な実力。その試合はもはや、強者による弱者の虐げと言い表しても構わないものだった。
試合開始とともに動きだしたのはグローリアスのメンバー達だった。持ち前のコンビネーションで獲物を追い詰めつつ闘う。彼らの必勝パターンだった。
そんな彼らに向かっていく奴が手にしたのは極小のナイフ。完全にナメている。事実、顔が何かを悟ったような風に笑っていた。誰もが、戦闘中にも関わらずニヤニヤわらい始めたあいつに戦慄を覚えた。
そして、それは起こる。
まばたきする一瞬。その一瞬のうちに奴の大きな体からは考えられないような回し蹴りを放つ。フェイントを含めた脳天への一撃はたった一発で剣士の意識を刈り取った。
そこからは見事としか言いようがない。すかさずよってきた重戦士が斬撃を放つ。
それをまるで予期していたかのように倒れたまま足でいなす。
一歩間違えば足がぶっ飛ぶような技だ。闘争心剥き出しの技に回りの奴等がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。
次に見せたのは、一転して洗練された戦士の動き。まるで、この状況を予期していたのかと思わせるような華麗な足技。見るものを魅了させるその技は相対する重戦士にとっては凶器以外の何物でもなかっただろう。流線形の軌跡にからめとられる重戦士。頭から地面に叩きつけられた彼は再び立つことが出来なかった。
重戦士を仕留めつつ、すぐにその勢いのままで最後の弓使いへと接近する。まるで倒れ込むかのような独特な移動法。
変化に富んだステップにより、至近距離から放たれた弓矢を紙一重でかわした奴は、無駄な力の入っていない、無意識に放たれたかのような突きを繰り出す。
「ふぅ、後一センチだったな。」
そう、後一センチだ。たった一センチで弓使いは喉仏をかっ切られていただろう。
正直、格が違いすぎた。
一瞬の沈黙後に弓使いの奴が降参の胸を伝える。彼らが負けるということは俺らに金が入ってこないということだ。
脱力感が俺を襲う。この報酬金を当てにしてたんだ。最近、不況と魔物の活性化によってあまり以来がこなせない俺たち底辺の冒険者は。
だが、負けてしまったのならしょうがない。所詮は弱い俺たちが悪いんだ。
しかし、あのガゼルというやつは、そんな薄情な奴じゃなかった。
ギルド長によると彼はこの不況を憂い、一人でこの集団クエストを受けたらしいのだ。
自分の命は省みず、人のために頑張る。まさしく男だと思った。
凄まじすぎる。
知らずに数は少なかったがそこにいた人達は翌日からガゼルさんのことを兄貴と呼び始めるのであった。