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第ニ話

 キングワイルドボア。それは、イノシシ界最強の存在である。


 縄張り意識が強く、その範囲は山一つにまでも及ぶ。そのため、討伐隊がすぐに組まれるのが一般だ。


 ……そう。討伐隊である。


 全身の筋肉は鋼にも匹敵する程の固さを誇り、通例では誘き寄せてからバリスタで射殺すのが得策と言われている。普通にやっても勝てるような存在じゃないのだ。


 まあ、Aランクの冒険者どもなんかは、神に祝福されてるものがほとんどだから、普通に剣で渡り合ってたりするけどな。


 だが、そんなのは本当に選ばれた存在だけさ。普通のCランクのおっさんが間違っても勝てるような存在では無いことだけは確かだな。


 勿論、そのイノシシさんの厄介なところは筋肉だけじゃない。いや、むしろ筋肉は奴の特筆すべき第二事項だ。奴の真価はその巨体に似合わぬ速度だ。



 その速度は一説には虎といい勝負とされている。当然、人間ごときが逃げ切ることは不可能だ。



 ドッタドッタ

 ベキベキベキボガァーン


 ブヒィーー



 でもまぁ森ではそうでもない。本来、肉食ではないやつは獲物を追いかける必要はない。さらに、その巨大さゆえに肉食の魔獣から逃げる必要もない。だから、奴の体は森で走ることを想定されていないのだ。だから、走り始めると木が邪魔になってくる。そのおかげでこんなおっさんでも未だに逃げ続けられることが出来ていた。



 「おいちゃん!右だよ!」


 よし、任せろ。右だな。


 「違う、違う。右から来てるから、左に避けて!」


 ゥオッケェェェェイ!


 華麗なダイビング。直後に俺の右側が吹っ飛んだ。得体の知れない物量感が俺を襲う。Aランク半端ねぇ!こんなん、風圧だけで三回死ねるわ。


 そこには、後ろは見ずとも、確かに強者の存在があるのが感じ取れた。



 久しぶりに汗が止まらなかった。いやぁ、年のせいか、汗あんまり掻かなくなってきたから丁度いいやなんて、一切思わない。ガクブルです。正直、震えが止まりません。

 何で、このクエスト受けちゃったんだろう。今頃、後悔の念にとらわれていた。絶え間ない恐怖のせいでちょびっとばかし、チビってしまう。




 ジョバァ




 訂正、俺の下半身は大洪水だ。




 「おいちゃん!木が吹っ飛んで来てる!しゃがんで!」




 ブッブヒィィ。




 紛らわしいけど、今のは俺の声です。こちとら、もう年なんですよ。正直、限界です。休ませて下さい。



 辛い現実がそこにある。それだけで、おっさん目から涙が止まりません。グッショグッショです。もはや、顔面崩壊ではすみません。それこそ、海軍との戦争が終わった某海賊さんですら真っ青なぐらい顔面崩壊です。



 …。



 グラリと視界が回る。おぉっと、そろそろ意識がヤバい。 失神しそうだ。


 そんななかでも、我が愛しのマイエンジェル、リルたんはパタパタ俺の頭の上を飛んでる。いつの間にか付いて来てたのだ。


 この幼い少女はどうやら、状況が分かってないらしいな。どこか興奮した様子で俺に指示を出してくる。


 どうせ、俺がイノシシとじゃれているんだとでも勘違いしているんだろう。それに自分自身は羽でいつでも飛べるからな。死ぬ心配は無いわけだ。まぁ、死なせはしないがな。


 とりあえず、現段階ではリルだけは守らなければ。



 えっおっさん?

 おっさんはもう疲れました。




 全く、だから俺は付いてくるなって言ったんだ。


 危ないって何回も行ったのに、気づいたら俺のバックに潜り込んでやがった。これじゃサボることもままならない。


 でもまぁ、リル自身は空も飛べるんだ。逃げ切るのは余裕だろ。町も近いしな。


 「リル!一旦離れろ!体制を整える!」


 「わかった、おいちゃん!リル、一旦離れるね!」


 両手を広げながら飛んでいた了解したとばかりに上に飛んでいく。切羽詰まった状況に似合わず、キリッとした顔が勇ましい。なんか、とってもシュールだ。


 でも、これで一先ず安心だろ。あとは、俺がなんとか逃げ切ればいいだけだ。






 と、思ってた時期が俺にもありました。




 「おいちゃぁぁん!前崖だよぉ!」



 へっ!?



 眼前には途切れた大地。広がる景色。全身の血の気が引いていくのが分かった。


 慌てて方向を変えようと足を捻る。だけど、現実はいつでも残酷だ。



 ガツッという武骨な音と共に俺を襲う、フワリとした浮遊感。




 出っ張った木の根っこだった。




 ちょっ、くそったれがぁぁぁぁぁぁ!



 何の感慨もないままに地面へと接触する。もう何が起こっているのかを分かりたくなかった。凄まじい速度で転けたせいか、その対価として物凄い勢いで全身に傷が付いていく。目頭に溜まっていた涙も吹っ飛んでいくのが分かった。


 そこに来てやっと冷静さを取り戻した俺は急いで手を地面について止めようとする。勢いを削がれた横回転は手を軸とした縦回転へと変貌する。


 んっ?まてまて、止まったら止まったで不味いんじゃないか?前は崖、後ろはイノシシだ。止まったらぶっ潰されちまう。



 とか考えてるうちにキングワイルドボアが近付いてきているのを視認する。



 そこに来て初めて俺は止まるという選択を諦めた。





 ゴロゴロゴロゴロッ

 パァァァン








 予想以上の速さで宙に投げ出される。



 開けた視界。不思議な解放感。高いとこ特有のチンフワ。


 そんな、俺のスゲー近くで同じように無様にも木の根に引っ掛かるキング(笑)ワイルドボアさん。その巨体は摩擦など無視したかのような速さで崖へと近づき、一瞬で放り出される。言っちゃ悪いが、ヒョコヒョコ動かされている足は大変可愛らしい。



 コイツ、バカだわ。

 意識を失う最後の瞬間に思い付いたのはそんなどーでもいい感想だった。


 そうして、俺らは共に、崖へと落ちていった。






 ボガァーン







 大音量と共に存外に浅い崖の底へと落ちる。そして俺も存外に短い気絶から復活する。どうやら助かったらしい。崖が浅かったのだ。見上げるとこの崖は、こっからでも上れそうなぐらい浅い。



 確かに、凄まじい衝撃だったが、なんとか無事のようだ。体に違和感はない。どうやら、下にうまい具合にイノシシさんがいたようだ。もはや、幸運としか言いようがない。



 そして、起きて動こうとして絶句する。右腕が血まみれだった。そいやぁ余りにもいたい場合は一転して痛みを感じなくなると聞いたことがある。ヤバい、全治何ヵ月だろ。むしろ、今後、右腕は使えるのだろうか。様々な心配が心をよぎる。


 使えるかどうかの確認のため、右手をブルンと震わせる。




 ……動かせはする、かな?



 なんだ、意外に大丈夫じゃないか。しかし、だとすると、この血はなんなんだろう?


 不審に思ってここで初めてイノシンが動いて無いことに気づく。



 原因は直ぐに見つかった。イノシシの口だ。そこに、俺の剣がぶっ刺さっていた。脳天をぶち抜かれたのかイノシシは事切れている。



 「お、おいちゃん!凄いよ!凄すぎるよ!イノシシさんが一撃だよ!かっこよすぎるよ!」



 いつの間にか、リルが追い付いてきた。そして、なんか知らんが俺の周りで騒ぎたてまくる。コラッ頭をグリグリ押し付けんな。俺は今血だらけなんだから。



 でも、誉められるってのは、理由が分かんなくてもなんだか気分が良いってもんだ。


 なんでカッコいいに繋がるかの理由は分かんない。なんてったって、勝ったのはまぐれに過ぎないからな。しかし、まぐれとはいえ、俺はAランククエストをクリアしたんだ。



 だから、俺は凄い凄いと騒ぐリルに便乗してとりあえず、ノリノリで勝利の雄叫びをあげることにした。









リル視点

*******************



 リルのおじちゃんはめちゃくちゃ強かった。



 リルのおじちゃんは面白かった。



 リルのおじちゃんはかっこ良かった。



 リルはおじちゃんが大好きだった。



 おじちゃんは何でも出来る人だ。パパとママがいなくなって寂しかったリルを助けてくれたし、お料理も食べさせてくれる。



 何よりも、優しかった。



 おじちゃんといると楽しい。おじちゃんとなら夜だって怖くない。トイレにだって行けるんだもん。おじちゃんは凄いよ。



 それに、おじちゃんは戦闘力だって最強だ。リルが寝れないときにいっつも話してくれる英雄さんのお話。確かにどらごん?は強くってドキドキしたけど、所詮は物語だと思う。


 リルが好きだったのはおじちゃんの冒険のお話だ。おじちゃんは35になった今でも修行をしているらしい。そんな、おじちゃんの生のお話は物凄くドキドキする。例えば、草原に巣食う緑の悪魔ゴブリンのお話は凄かった。100体以上(10体)に囲まれた絶望的な状況からたった一人で突破(逃げる)するお話なんだ。臨場感溢れてとっても面白かった。その日は眠れなかった。むぅ。



 そんなリルが実際におじちゃんの闘いを見てみたいと思うのはしょうがないことだと思う。だから、無理言って一緒につれていってもらえるようお願いたんだ。おじちゃんはしぶしぶ了解してくれた。


 依頼自体はリルが選ぶことにした。だから、なんかきんきゅうくえすとって書いてあった依頼にしたんだ。おじちゃんはちゅういがきなんてよく読まずノリノリで受けてくれた。




 その後、やっぱり危ないから連れていけないとか言われたけどリルは勝手に付いていった。

だってリルの一番の安全地帯はおじちゃんの近くなんだもん。だから、付いていったことをばらした時おじちゃんはひっくり返るくらい驚いていた。



 その後も、探索する山を間違えたり、忘れ物したりとおじちゃんはうっかりやさんだったけど、リルは妖精族だから山の方向が分かるし、ちゃんと毎日おじちゃんが用意してるところ見てたから用意する道具も分かってた。だから、出発前に確認しておいて、おじちゃんが忘れているものを持ってからバッグに隠れた。それをおじちゃんに言うと物凄く汗かいてたけどニッコリ笑って頭を撫でてくれた。なんか依頼を受ける気が無さそうな様子だったけど、おじちゃんに限ってそんなことはない。おじちゃんは凄い人なんだ。リルはおじちゃんをそんけーしてるから、撫でられたことは、とっても嬉しかった。リルにとって数少ないご褒美です。



 そして、そうこうしてるうちに、その時は訪れた。魔獣が現れたんだ。予想よりも、魔獣はおっきくて強そうだけど、全然怖くなかった。だっておじちゃんがいるんだもん。



 話に聞くのと実際に見のでは全然違う。おじちゃんの戦闘力はやっぱり凄いと思う。リルが指示した通りに動いてくれるんだ。リルは、おじちゃんと一緒に闘っているみたいでとっても面白かった。 その時は、リルはイノシシを見てて分かんなかったけどおじちゃんはさぞかし勇ましい顔で走っていたんだろうと思う。そんなおじちゃんを考えるとなんだか胸がドキドキした。


 そして、そんなおじちゃんから突如声がかかる。


 「リル!一旦離れろ!」


 聞こえた瞬間リルは理解した。今から勝負を決めるんだと。だから、リルは了解と伝えて離れる。


 その瞬間だった。一見つまづいて転んだにも見えなくないほどの素早い伏せ。その勢いのまま物凄い速さで回転して丁度追い付いてきたイノシシさんに素早い回し下段蹴りを喰らわせた(ように見えた)。


 そして崖へと浮き上がったイノシシへなんの躊躇いもなく飛び掛かるおじちゃん。その剣は見事に急所に当たりそのまま轟音と共にイノシシを地面へと叩きつけたんだ。



 凄かった。ただ単純に凄かった。リルはちょっとの間感動で動けなかった。



 これが英雄の闘いなんだ。死をも恐れない大胆不敵な闘い。本当についてきて良かったと思う。


 だから、リルがいつも以上に騒いじゃったのもしょうがないと思う。



 やっぱり、おじちゃんは凄いリルは誇らしかった。だからみんなに聞いてほしい。



 うちのおじいちゃんは最強なんです!






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