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挿話 暗雲の下で(久side)

第3話の久視点でのお話。

久の心の声とかが多いです。

1


「ダチを置いてきて良かったのか?」

 黒髪の少女に腕を引かれるままやってきた小さな公園。

「大丈夫です、京ちゃん達も分かってくれてると思いますから」

 京ちゃん――この少女と一緒にいた友人の一人だろうか。


 少女が着用している制服は矢島第一高校のものだ。成程、矢島北口駅はそこの最寄り駅。彼女らがこの近辺を通るのは当然のことか。


「そういう貴方は……?」

 少女の透き通ったソプラノ声に意識を引き戻された。

「そっちと似たようなもんだ」

(……あの二人には後で弁明しておいた方がいいか?)

「……あ、まだお互い名乗ってもいなかったですよね。私は、春香……鈴蘭春香です」

「春香、か……いい名前だな」

 嘘は言っていない。素直さだけが取り柄だから。

「俺は小野久、宜しくな」

 当然ながら自分も名乗り返す。

「はい。宜しくお願いします、小野さん」

「小野さんだなんて背中がむず痒くなるような呼び方なんかしなくていい。久、で構わねぇよ。あと敬語も要らねぇ」

「はい……うん。宜しく、久」

 向い合って握手。思ったより小さく、そして冷たい手だった。「手が冷たい人程心は温かい」などという噂も聞くが……真実はこれから判断すればいい。

「ところで、ここ……何処? この辺り、あんまり来たこと無くて……」

(おいおい、適当に走ってたのかよ?)

 (もっと)も、この辺りは……

「この近くに行きつけのゲーセンがあるな。……来るか?」

 正直、断られるかと思った。今日日、知らない異性についていく女子高生など絶滅危惧種のはずだ。

「うん」

 ――そういえばそうだった。2週間前に一度会ってるから「知らない異性」じゃないな。

 久の案内に、春香という少女はしっかりついて来る。

「……訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「何でも受け付けるぞ」

 自分に興味を持ってくれるのを嫌がる人間はいない。きょうだいの有無、好きな食べ物、学校の雰囲気……そんな他愛ない話題だと思っていた久の予想を、春香は斜め上に突き抜けた。

「久のクラスに……いじめってある?」

 まさかそんな重い質問が最初に来るとは思っていなかった。まぁ、自分が知る限りでは――

「いんや。そういう春香のクラスにはあるのか?」

「……ううん、無いよ」

 後から思えば、この一瞬の間をもう少し疑ってかかるべきだった。大したことの無い話をしているような表情で訊かれたものだから油断していたのかもしれない。何故「今は」無いという可能性を考慮しなかったのか。

 ――もし気付いていれば、この眼に映る『闇』の正体にももう少し早く気付けたかもしれないのに。

 春香の真意を覆い隠すかのように、空には暗雲が立ち込めていた。 



2


 その後は本当に大した話題は無かった。

「こんな所にこういうのがあったのね……」

「ああ。じゃあ入るか」

「うん」


 いつもは友人達と一緒に入るゲームセンター。内部のこの五月蝿(うるさ)さは、通い始めて3年間である程度慣れていた。

(でも、春香には少々きついかもな。もうちょっと落ち着いた所に連れていけば良かったか?)

 そんなことを考えながらゲームセンターの中を歩いていく。ふと、春香が口を開いた。

「あ、訊きたいこともう一つ……いい?」

 返事した所で騒音の所為で隣を歩く春香にすら聞こえづらいと思い、首を縦に振るに留めておく。それだけで伝わるはずだ。

 それを受けて、春香はこんな質問を口にした。

「『闇が見える』……って言ってたよね? あれってどういうこと?」

 まただ、どうしてこの少女は絶妙なタイミングで回答に困る質問を投げかけてくるのだろうか。そういう素質の持ち主である、などと誰かに言われてもそれを嘘だと言い切れる自信が無い。

「あー、それはな……話せば長くなるんだが」

 久は言いながら、もう10年以上も前のことを思い返していた。

「昔の事故でそういう目になっちまってな……って、春香? 聞いてるか?」

 いつの間にか春香を置き去りしてしまっていたらしい。それでも、距離は数歩程度。だが、それは決して安心していい状況ではなかった。

 一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。

 春香と擦れ違おうとしていた少年を、春香が押し倒していたのだ。



3


「うおぁっ!?」

「貴様は……森川健太……そうよね?」

(何だ? 何がどうなっている?)

 春香の発した一言で何となくこの少年が春香の知り合いであることだけは把握出来た。

 知り合い――恐らく、敵。

「お、お前……す、鈴蘭……なのか?」

 工場島高校の制服を来たその少年が怯えた瞳で春香を見上げている。

「よくも……よくも私を殺してくれた……今度は、私が……!」

(「私を殺した」……?)

 驚きを引き摺る暇も無く、春香はその森川と呼ばれた少年の顔面に向けて拳を振り下ろす。骨と骨のぶつかる気持ちいい音がした。

「ぐわぁぁっ!」

 とにかく、今良くないことが起きている。それだけは分かっていた。

「春香、一体どうしたんだ!?」

 春香にそう言ったが、返事は無し。答える代わりに、春香の拳が森川を殴り続ける。

「春香! やめろっ!」

 もう一度叫ぶ久。やはり返事無し。そして久は気付く。


(何故だ? 何故、春香の『闇』がこんなにもでかくなってる?)


 春香が森川を殴る度に、春香の中に巣食う闇が広がっていく。そんな光景を久の「左眼」が見据えていた。

(コンタクトを付けていてさえこれかよ……!)

 春香が森川の腹を強く殴る。森川が吐く。

 駄目だ、今の春香はどう見ても狂気に囚われている。

 春香と初めて会った日、久はこう言った。「『闇』を抱えたまま死んだ奴は碌な末路を辿らねぇ!」――と。


(春香……お前は、一体どんな『闇』を……?)


 まずはこの状況を止めなければ。とにかく久は春香に呼びかけ続ける。

「やめろって言ってるだろうが!」

「最低……貴様らは本当に最低っ!」

 相変わらず聞く耳を持たない春香。気付けば、森川の意識は無くなっており力なく倒れていた。春香は森川の喉を掴み体を無理矢理起き上がらせる。

「そんな貴様らに生きてる価値なんて……無い!」

 そして、更に大きく拳を振りかぶった。

「これで……とどめぇぇっ!!」

 ――女に手を上げるなんてしたくなかったが、仕方ない。

「いい加減にしろっ!」

 久は春香の頬に平手を浴びせた。

「…………私……何を……?」

 それがトリガーとなったのか、春香は正気を取り戻したようだ。森川の首が解放され、倒れ込む。内なる困惑が久に勝手に次の言葉を紡がせる。

「全く、何やってんだ春香!?」

 その言葉に、春香は(ようや)く久の方に顔を向けた。

「ま、また……私が……?」

 顔を向けはしたが。

(脳内に俺のことは無し、か?)

「どうした、しっかりしろ!」

「やだ……私……私っ!」

 春香はすぐさま立ち上がり、いつの間にか出来ていた野次馬の輪を突き破ってゲームセンターから飛び出した。

「春香!!」

 久もその後を追って追いかけることにした。



 ひたすら走った。

 春香を追って。

 ただひたすら走っていた。


 走る久の頭に冷たい雫が落ちていく。雨だ。まさに最悪のタイミング。天気予報など元からあてにしていなかったが、自分の感覚に任せるのもまた愚鈍だったか。



4


 春香にもうすぐ追いつこうという所で、二人の間を遮るように一人の少女が現れた。どうやらすぐ傍の喫茶店から出てきたようだった。雨の中にいてさえ、金色のセミロングヘアーと碧い両眼が目立つ。

(春香との間に入ってこっちを見ているということは……)

 足を止めざるを得なかった。

「……確か、春香と一緒にいた……」

「花町京子」

 両手に腰を当てて仁王立ちしている金髪少女はそう名乗った。

 成程、春香が「京ちゃん」と呼んでいた子か。

 自分も自己紹介をしようとして、京子の質問に阻まれる。

「ねぇ、春ちゃんに何したの?」

 ――まぁ、俺の素性なんてどうでもいいか。

「……」

「……答えられないようなことしたんだ?」

(む、沈黙をそう取るか。答えられないというか、俺自身は……)

「俺自身は何もして――」

 そこまで言って、久はそうでもないことに気付いた。

「……いや、したか」

 ゲームセンターに案内したのは自分だ。そこで春香の『闇』に関わるものと接触させてしまった。

「けど……」

「けど?」

 痴漢冤罪被害者も似たような気持ちなのだろうか。少女・京子は強い口調で久に言葉を投げかける。

(違うんだ。俺は、ただ知りたいだけ)

「あいつは……春香は一体どんな『闇』を抱えてるんだ?」

 率直に、質問してみた。

(春香の友人ならば詳しく知っているかもしれない……俺にも知る権利ぐらいはあるはずだ)

 改めて、京子の表情を見る。意外な言葉を聞いた――とでもいうように、その碧い瞳が大きく開かれているように見えた。

 金髪の末端から雨の雫を垂らしながら京子は言う。

「『闇』……うん、凄くでっかい『闇』を抱えてるね、あの子は。誰しもがそういうもの持ってるって言うけど、やっぱりつらいよね、ああいうのは」

「教えてくれ、何があったんだ?」

「うん、あの子はね……昔、小学生の頃、いじめに遭ってたんだよ」

 今度はこちらが驚く番だった。真っ先に思い出したのはゲームセンターに入る前の春香との遣り取りだ。


『久のクラスに……いじめってある?』

『いんや。そういう春香のクラスにはあるのか?』

『……ううん、無いよ』


 確かに、昔あって今無いのなら春香の言葉は嘘じゃない。だが、真実もそこには存在しない。完全に――

「俺の負け、か……」

「ん? どうかした?」

 こちらの独り言に反応した京子に、久は「いんや、何でも」とだけ返した。もう久に対する(さい)()(しん)はすっかり消えていたようだった。

「どう? アタシの方から春ちゃんが受けてたいじめについて知ってる範囲で話してあげてもいいけど……」

「いや、それは本人から聞くさ。こんな雨の中で長々と話させて風邪ひかれるのも悪いしな」

「……優しいんだね、アンタ。そういうとこ、春ちゃんにそっくり。これも生き物の(さが)、なのかな」

 ――「優しい」、か。どうなんだろうな……今まで誰かと比べたことが無いから分からないが。

「ともかく」

 京子が言う。

「春ちゃんのこと、追いかけてあげて。今のあの子の涙を止めれるのはアンタだけだから」

「……分かった」

 春香の追跡を再開するために京子と擦れ違おうとして、再度引き止められる。

「……優しいアンタの名前、一応聞いとくよ」

 すぐ背後にいる京子に黒髪少年は名乗る。

「小野久」

「久君ね……覚えとく」

 今度こそ久は走りだした。



5


 雨は降り続く。

「……さっきの公園、見てみるか」

 そこにいるという根拠は無いが、探してみる価値はあった。


 そこに辿り着いて久が見たのは、

「春香……?」

 公園内の道に倒れ伏している春香の姿だった。

「おい、大丈夫か!? おい!」

 返事は無い。体力的にも精神的にも疲弊して一時的に失神しているのだろう。

(でもこのままは……まずいよな)

 春香の家の場所を知っていればそこまで運ぶのがセオリーなのだろうが、残念ながら久はそれを知らない。

(仕方無い、俺ん家でいいか……)

「それじゃ、失礼するぜ……と」

 意識の無い春香の体を背中に負う。最初にここで握手した時を上回る冷たさが彼女の体を支配していた。彼女の柔らかい胸が久の広い背中に押し付けられるが、それを堪能するような余裕が今の彼には無い。

 強いて何か思ったことがあるとすれば――

(思ったより軽いんだな)

 そう思いながら一歩を踏み出そうとするが、

「……うぅ……ひ、さし……」

 背中越しに突如自分の名を呼ばれ、久は一瞬動きを止めた。

「久……ごめん、なさい……」

(寝言……か?)

 呼んだ当人の意識はまだ戻っていない。しかし、久はそんな春香に言葉を返す。

「俺の方こそ、すまん」

 ――お前の『闇』を見抜けなかった俺が悪いんだ。

 春香を涙ごと背負い、久は自宅に向けて歩き始めた。



6


「お兄ちゃん、お帰り……その人は?」

 未だ意識の戻らない春香を連れて自宅に戻ってきた久。リビングで出迎えるのは一人しかいない肉親、妹の茜。

「雨に打たれて弱ってる。効きそうな物、何か無いか?」

 妹の言った「その人は?」が決してそういう意味でないことは分かっていたが、とにかく今は説明するのが面倒臭かった。

「うーん……紅茶のパックも今朝切れちゃったし、栄養食品とかもそろそろ買おうと思ってた所だったから……」

「分かった、だったら俺が今から買ってくる。茜、お前は濡れた服を着替えさせて毛布でも掛けといてやれ」

「言われなくてもそのつもりだよ」


 私服に着替え、リビングに戻ってくる。再度出掛ける前に、毛布の掛けられた眠ったままの春香の顔を見遣る。

「春香……ちょっとだけ待ってろよ、すぐ戻るからな」

 呼吸しか出来ないはずの春香が頷いたように久には見えた。

「じゃあ行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 それから30分程買い物に費し、両手にレジ袋を下げた状態で帰宅すると、

「茜ー、帰っ……おぅ、起きてたか」

「お帰り、お兄ちゃん」

「……久……」

 春香の意識は戻っていた。

以下、第3話-6へ。

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