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エピローグ "Life"

 夏休みなどとっくに終わり9月すらも終わろうとしていたこの日。春香は久しぶりに登校した。

 教室では、誰もが春香を歓迎した。事情を知っても尚、彼女を「人殺し」と忌避(きひ)する者はいなかった。中には「英雄」と呼ぶ生徒さえいた。


「やぁ、『英雄』。おはようさん」

「おはよう。もう、大袈裟だってば」

「これだけみんなに歓迎されてるのに?」

 京子と話す春香に、奈枝美が自分の携帯の画面を見せてきた。どうやら匿名掲示板の一種らしいが――

「『矢島町に英雄現る!』……?」

「どう見てもこれ春ちゃんのことだって、間違いない!」

 奈枝美が力説する。

(成程、「英雄」の出典(ソース)はこれね)

 最初は新聞等で名出しで掲載されているのかと思ったが、どうやら少年法がそれを許さなかったようだ。

「それに、お前の行動が口火になったかどうかは知らないが、この1ヶ月半程で似たような事件が相次いでるぞ」

 横から葉月が口を挟む。

 事実、いじめられっ子による殺人・殺人未遂が全国各地で多発していた。その被害者になったのは、加害者をいじめていた者ばかりだ。

「まさに『いじめ報復世紀』の到来だね」

「……そうみたいね」


 嬉しかった。大きな「闇」が取り除かれた春香の、心からの笑顔。


 『いじめ被害者救済法』。復讐者を完全に無罪にはしないが、それは確実にいじめられっ子にとって希望の(あかり)となっていた。だが、法律が施行された所で、実際に復讐を行う勇気を果たしてどれだけの人が持っているか。

 東岡は死に、春香は生き続けている。間違いなく自分の行動が「生」を勝ち取っていた。無論、病院の屋上で久が去った後に改めて身を投げることも出来た。『いじめ被害者救済法』施行後も一生引き篭もり続けることだって出来た。


 ――要するに、その時を生きる自分の気持ち次第、ってこと……。


「さぁ、春ちゃん。今日は1時間目から体育だよ。体育祭近いし、それの練習ばっかりだけどね」

 別の教室に着替えに行く男子達を目だけで見送りながら京子が言う。

「そういえばもうそんな時期かぁ。来週だっけ?」

 春香は京子の「そそ」という返事を受け、自分の制服に手を掛けた。



 その日の授業は充足感と共に終わり、放課後がやって来た。例によって葉月は剣道部の活動で既にそちらに向かっている。

「春ちゃん、今日はどうする? お祝いも兼ねて――」

「ごめん、京ちゃん。今日はちょっと寄りたい所あるから……」

 春香は言いながら久の家のある方向に顔を向けていた。

「それなら仕方ないね」

「彼氏に用事じゃねぇ。じゃあ、アタシらだけであんかけチャーハンでも食べに行きますかね」

「ホントにごめん。今度埋め合わせするから――」

 申し訳無さそうに春香は矢島北口駅への道中で2人に別れを告げようとしたが。

(って、あれ?)

 ふとした疑問。

「……久と付き合ってるってこと、京ちゃん達に言ったっけ?」

「言われなくても顔見ればそれぐらい分かるってもんよ」

「あ、あははは……はは……はぅ……」

 京子の指摘に乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。

「ふふっ、やっぱり春ちゃんは可愛いねぇ。流石はアタシの嫁だ!」

「もう……。ともかく、そろそろ行くね。2人とも、また明日」

「うん、またねー」

「久君に宜しく伝えといてよ」

「はいはい」

 明日も明後日もその後も、また4人で楽しく生きていける。2人と別れた殺人者は、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)な表情を浮かべながら歩きだした。



「またアポ無しかよ。別に俺は構わねぇけどな」

「突然ごめんね、久」

 春香はその足で久の家を尋ねた。茜は友人と共に出掛けているらしく今は不在のようだ。

 久は春香をリビングに通しながら、

「それにしても驚いたぜ。まさか人1人殺して執行猶予が付くとはな。恐るべし『いじめ被害者救済法』、だな」

「全くで」

 そして2人で笑い合う。こんなことが出来るのも、今生きているからこそだ。

「ねぇ、久。改めて言わせて」

 久の両目を見つめる春香。

「何だ?」

「今の私が在るのはあんたのおかげ。だから……ホントに有難う」

「もう礼なんかいいって言っ――」

 久の言葉を、春香の唇が塞いだ。チュッという音を立てて触れ合う粘膜と粘膜。こんなことが出来るのも、今生きているからこそだ。

「……ったく、突然うちに来たことといい、お前は不意打ちが趣味なのか?」

 そう言って顔を赤くする久。

「ふふっ……そう、かもね」

 対して春香は「過去」を克服したからなのか、冗談を言えるような余裕があった。久に今の春香はどう映っているのだろうか。


「……そうそう。来週、うちの学校で体育祭あるんだけど、見に来てくれる?」

「ああ。その日は空けとこう」

 春香の肩を抱きながら、今度は久の方から口付けてきた。


 こうして、春香は素敵で幸せな日々を生きていった。



 後に久と結婚し、彼との間に「(めい)」という名の娘を設けることになるのだが――それはまた別の話である。



Fin.

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