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挿話 少数派達の共感

春香&京子と奈枝美&葉月の馴れ初めの話です。


※今回は他の話に比べてやや短めです。

 時は春香が東岡と再会する数日前に遡る。

 これは、この日の昼休みに春香達「4人」の間であった会話とそれに付随する昔話である。



1


「アタシらってさ、何だかんだで少数派(マイノリティ)な人間だと思うのだよ」

「いきなり何の話だ?」

 他の3人を前に唐突に言った京子の一言に、葉月は首を(かし)げた。

「だって、『君だから(あの小説)』……アレに1200万人も感動した訳でしょ? 日本国民が1億人以上いるからって、その全員が読んでるとは限らない。生まれたばっかりの赤ちゃんとか寝たきりの老人とかには読めないもんね」

「あんまりお年寄りが読むようなものでもなさそうだし、精々2500万人……もっと少ないかな?」

 京子の卓説に奈枝美はそう言った。

「だろうね、だから『少数派』って言ったんだよ。春ちゃん、アンタの意見も聞いとこうか」

「…………」

「ん? 春ちゃーん?」

 春香の返事は無い。ただの(しかばね)……という訳ではなく、物思いに(ふけ)っていただけだった。京子が心ここに在らずな春香の顔を覗きこむ。

「はうっ!?」

 目の前に金髪碧眼少女の顔が至近距離で映り春香の口から変な声が出てしまった。

「話を聞いていたかね春ちゃん? いや、聞いてなかったね。1000m望遠の目をしてたから」

「誰の目が月面望遠鏡なもんですか……」

 春香のツッコミにも何処か力が入っていない。心ここに在らず――但し、考えていたことはまさに京子達の話題の中心そのものだった。


 『君だから』。

 先に読んだ3人に悉く不快感を与えたそれに、春香が傷付かないはずが無かった。あの図太い京子にさえ数時間は元気を失わせるだけの力があったのだ、春香が何日もそれを引き摺らない道理は無い。


「春ちゃん……おトイレでも行ってスッキリさせてきたらどう?」

「うーん、そうしようかな。ごめんね、空気乱しちゃって」

 奈枝美の提案に春香は首肯した。

「空気を読むしか能の無い輩はここにはいないよ、春ちゃん」

 まるで『1200万人』を揶揄(やゆ)するかのように京子がそう言った。「泣ける」という評判が先行してなのか、恋愛物でハッピーエンドになりさえすればそれでいいのか。『1200万人』の大半がそういう人間で占められているんだろうな、と春香は思った。頭の中を空っぽにすればまだ普通に読めるのかもしれないが――

「私も一緒しようか?」

 そう言ったのは葉月。尿意があったのかどうか分からない彼女の申し出に、春香は「うん」と返事し共にトイレへと向かった。


 女子トイレの個室に入り鍵を掛ける。予め他に人がいないことを確認した春香は洋式便器に腰を下ろし、隣の個室にいるはずの葉月に問いかけた。

「さっきの京ちゃん、どんな話してたの?」

「……簡単に言うと、私達は『少数派』な人間だな、っていう話だ」

「そ、そんな一言で纏められる話だったのね」

 もっと大層な内容だと思っていた春香は肩透かしを喰らった。しかし、思う所はあった。


(『少数派』……かぁ)


 とかく、いじめの標的になるのはいい意味でも悪い意味でも『少数派』だ。その点は未来永劫変わり無いだろう。

 「誰でも良かった」というタイプのいじめもよく聞くには聞くが、それはただの暇潰しの域でしかなく、コロコロとその標的が変わっている。いじめを受けていた側がいじめを行う側に(逆も然り)、ということさえある。3年以上もの間いじめられ続けた春香とは完全に状況(ケース)が違う。「次元が違う」と言ってもいい。

 そして、自殺を選択するいじめられっ子というのは春香のような目に遭った人間の方が圧倒的多数だ。実際、そういう人間の自殺率は非常に高い。今生きている春香はそういう意味でも『少数派』なのかもしれない。


「ねぇ、月ちゃん」

 ショーツを膝小僧の辺りまで下げながら春香は言った。

「『少数派』な私達がこうして一緒につるむようになったのっていつ頃からだっけ?」

「おいおい、もう忘れたのか?」

 個室の壁越しに葉月の溜息をつく音が聞こえてくる。

「2年前の修学旅行、だろう?」

「あぁー、そうだったそうだった」

 自然と春香の声が上擦る。


 確かにそうだった。「2人と2人」が「4人」になった、中学3年の春――



2


 2泊3日の春の修学旅行。冬の寒さが和らいできた5月某日の早朝、春香は京子と一緒に登校した。集合場所が校内駐車場だったからだ。

 学年のほぼ全員が集まった頃、各クラスの担任が点呼を取り始めた。

「粟生ー!」「はい」「猪名川ー!」「はーい」「大村ー!」「はいっ」

「朝からみんな元気だねぇ……特に青枝(エダ)

 点呼を取る担任教師を見上げながら京子が春香に耳打ちする。

「そ、そうね……」

 春香もヒソヒソ声で返す。


「木幡ー!」

「はい」

「鈴蘭ー!」

「あ、はい」

 呼ばれ、返事をする。さっきの京子との会話は聞かれていないようだ。


「横山ー!」

「はい」

「よし、全員いるな! 前のクラスについていけー!」


 この時の春香と京子はまだ奈枝美や葉月とは「友人」と呼べる間柄ではなかった。偶々同じ班になった4人だが、雰囲気としては「2人と2人」の方が近かった。

 それもそのはず、4人で旅館の同じ部屋に荷物を置いてからも、会話も行動も2人ずつでしか存在しなかった。互いに相手のペアに興味が無かったのだろう。特に、(後に聞いた話だが)葉月は京子に関する良くない噂を聞いていた所為か好んで接触しようとはしなかった。当時の葉月の目には春香も京子の下僕としてしか映っていなかったのだろう。或いは、「2人」の結び付きが強すぎたのかもしれない。


 修学旅行の初日は「2人と2人」のまま終了した。



3


 2日目。

 自由行動の時間が長く取れたが、そこでも4人が一緒になって行動することは無かった。京子が可愛らしい人形を手に取って燥いでいた時、葉月は奈枝美と共に近くの喫茶店で紅茶を飲みながら談笑し、春香が昔失くしたのと酷似したペンギン型キーホルダーを眺めていた時、奈枝美は屋台で買った鯛焼きを美味しそうに頬張っていた。


 その日の予定行事が全部終わり、まず春香と京子が、それに少し遅れて奈枝美と葉月も部屋に帰還した。


「…………」

「…………」

 続く沈黙。部屋の静かさに耐え切れなくなったのか、

「取り敢えずテレビでもつけてみますかね、と」

 京子が気怠(けだる)そうに壁に(もた)れ掛かったままテレビのリモコンを手に取り電源ボタンを押した。何かの討論番組なのか、テレビ画面の中では妙齢の女性が激しく主張し始めた所だった。


『――人類は皆平等であるべきだと私は考えます。考えてもみて下さい、世界には貧しくて碌に食事を摂れない子供達がたくさんいます。日本にも生活保護を受けて何とか生活しているような方が大勢。それでも皆さんはこうも人間が不平等なままでいいと思いますか? 等しく幸福でないこと、私は悲しく思っております』


「なーに下らないこと言ってんだか……何が『人類皆平等』だっての」

 ブラウン管を通して平面に映る女性の訴えをあっさりと切り捨てる京子。さっさとチャンネルを回そうとしたが――

「私もそう思った」

 少し離れた所で立っていた葉月がこっそりそれに同意する。「2人と2人」の間で初めて交わされた非事務的な会話。

 それにすかさず「木幡さんはなんでそう思う?」と返す京子。

「……個人個人、それぞれ得意な分野・苦手な分野があっていいと思う。『平等』っていうのはそういう個性までをも潰す行為に他ならない。自分と違っていてもその相手を認める、その方が大切だ」

 葉月は最後に「それが剣術の基本だしな」と付け足した。

「ほぅほぅ、よく分かってるねアンタは。可愛い子も好きだけど、そういう物分かりのいい子もアタシは好きだよ」

 京子は葉月を試そうとしていたのだろう。葉月もまた京子の人としての器量を測っていたに違いない。

 続けて京子が言う。

「じゃあ問題。そんな『平等』化を進めようとすると起こるものは何だと思う?」

「……いじめ、か?」

 少し躊躇(ためら)いがちに言った葉月の回答に「おおっ、正解だよ!」と心の底から喜ぶ京子。

 その「いじめ」という単語に、ついつい小学校卒業前日のことが春香の脳裏に蘇っていた。気分が落ち着かず、視線を京子とは反対方向に向ける。

「…………?」

 ふと、暗い表情をした――恐らく春香自身もそうだったのだろう――奈枝美と目が合った。

「木幡さん……あたし、下の自販機でジュース買ってくる」

 そんな奈枝美に、

「私もちょっと行ってくるね」

 春香もついて行くことにした。



「あの……横山、さん?」

 自販機までの道中、春香は勇気を振り絞って奈枝美に声を掛けた。

「……どうしたの?」

 10cm以上上にある春香の顔を見ながら、奈枝美の顔からはもう暗さが抜けていた。

「間違ってたらごめん……横山さんって昔いじめられてたこと、ある?」

「……!」

 抜けたように見えただけだった。顔の奥底に隠したはずの暗い感情が再び浮上する。

「なんで……そう思ったの?」

 恐る恐る奈枝美が言った。「またいじめられたらどうしよう」という心の叫びが聞こえてきそうだった。

「……まるで自分を見てるような感じがしたから、かな」

 嘘偽の無い春香の言葉。

 奈枝美は暫くポカンとした顔で春香の顔を見つめていた。春香の言葉の意味する所を脳内で噛み締めているのだろう。ややあって、奈枝美が言う。

「もしかして、鈴蘭さんも……?」

 春香はそれに頷いた。

「意外だね。鈴蘭さん、体細いしその黒髪も綺麗だし……あたしなんかに比べるといじめられる要素なんて無さそうなのに」

 癖毛と分厚い眼鏡の持ち主が春香を羨ましそうに見上げる。

「……結局、『平等』化の餌食になるような人間なのよ、私も。テストで100点取るような人間も例外じゃなかったってことで」


 ――そう、いい意味でも悪い意味でも『少数派』だったから。それが全て。


 出る杭を打つのが春香や奈枝美が受けたタイプのいじめの主目的だ。

 大人しく引っ込んでくれるならそれで良し、いつまでも引っ込まないなら杭としての原型が残らない程に滅多打ちにする。それこそ、自殺したくなる程に。


「あたしは小3の秋ぐらいから卒業するまで」

 奈枝美のその言葉がいじめを受けていた期間を表していることを春香は瞬時に理解した。

「私もそれぐらいだったかな」

 嘗て「魔女」と呼ばれていた時の光景が頭を過ぎる。

「……似た者同士だったんだね、あたし達」

「そうね」

 そこら辺の薄っぺらいものとは全く違う友情がそこに芽生えていた。



「似た者同士だったんだねぇ、アタシら」

 全く同じジュースを買って戻ってきた春香と奈枝美への京子の第一声がそれだった。

 春香は微笑みながら「ホントにね」と返事せずにいられなかった。

「いやー、月ちゃんがアタシと同じ片親なんてねぇ。まさかの共通点だよ」

「亡くしたのが父と母っていう違いこそあるが」

 笑顔で補足する葉月の表情を見て、春香はそれまで怖そうなイメージのあった彼女への警戒心を完全に解いた。しかし引っ掛かる点が1つあった。

「『月ちゃん』?」

 二人の下の名前すら碌に覚えていなかったことに気付いた。

「木幡葉月だから『月ちゃん』。『葉ちゃん』じゃおかしいでしょ? 奈枝ちゃんはどう思う?」

「な、『奈枝ちゃん』だなんてそんな……」

 そんな可愛らしい渾名を貰ったことが無かったであろう奈枝美が少し恥ずかしそうに俯く。『葉ちゃん』と『月ちゃん』のどっちがいいか考える余裕さえ無いように春香には見えた。


 呼び方の話に始まり、京子の父の話、葉月の実家の話、奈枝美の描くBL漫画の話、春香のゲーム談義。その夜の語らいは大いに盛り上がった。



4


「そういえばそんなこともあったよね」

 用を足し終えた春香が水を流しながら個室を出る。葉月も同じタイミングで出てきた。

「そんな何十年も昔のことのように言われてもな」


 相手の個性を認めること。それは確実に「4人」の中で息づいている。


 ――みんな違ってみんないい。自分を傷付けてくる人は例外だけど。



「クラシック要素を取り入れたテクノぉ?」

 トイレから戻ってきた2人の耳にそんな京子の言葉が飛び込んでくる。その2人を「あ、おかえりー」と出迎える奈枝美。

「ただいまー」

「聞いてよ春ちゃーん、好みの全く違うはずの4人全員が納得出来る音楽ってどんなのかなーって考えようとして、奈枝ちゃんの好みを聞いたらテクノって言うんだよ。アタシはクラシックが好きなんだけど、『クラシック要素をあるテクノ』とか流石にそれは無理だよねぇ?」

 ずいと顔を近付けて言う京子に春香は狼狽(うろた)えながら、

「わ、私はもっとエレキギターとかを多用してるようなのがいいかな……」

「うわーん、ますますカオスになっちゃうよー……一応訊いとくけど月ちゃんは?」

「……私は和風テイストなのが好きだが。というか――」

 私はついでなのか、というツッコミが入る前に、

「ウボァー、もう訳分かんなーい! 何をどうすればいいの、ここは何処私は誰ぇぇぇ」

 京子が変な動きでのた打ち回り始めた。

「あー……えーっと」

 何か閃いたのか、春香が言う。

「私、1つの曲の中で雰囲気がガラッと変わるような曲幾つか知ってるよ。そういうスタイルはどう?」

「クラシックにテクノ、メタル、和風を同じ曲の中で?」

「それいいね、春ちゃん」

「エレキギターのバッキングを全編で流しながら他の3つを順に流すとか」

「それもいいねぇ。問題なのはそういう曲を作れるのがこの中にいないことだけど」

「確かにそうだな」

「各自頭の中で鳴らしておけばいいんじゃないかな」


 2年前から変わらぬ談笑がそこにはあった。

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