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14.不可侵の森


 なぜだろう。覚えている。

 子どもの頃のことなんて忘れた。それでも、母様に語られた物語は覚えている。


 春の女神は、ただ。

 ただ、愛されたかっただけなのだ。







「リゼット、止めて」

 わたしの言葉で、手綱が引かれ、馬が歩を緩める。「降りますか?」というエリザベートの問いに、わたしは頷いた。まず、エリザベートが身軽に馬上から降り、次にわたしが危なっかしい手つきでなんとか降りた。その間に、エリザベートは外套を脱いで地面に広げている。地面に降り立ったわたしは、そのまま足がふらついて座り込みそうになったけれど、エリザベートが支えてくれた。

 広げられた外套に上に座らされて、エリザベートがさて、と首を巡らせる。

「むこうに沢がありましたから、水を汲んできます」

 その言葉に頷いて、はぁ、と肩の力を抜いた。

 木漏れ日を受けながら、この国でも冬だというのに樹上をとんでいる鳥のさえずりを耳にする。

 ここは、ヴェニエールよりも南だから、ただそれだけで、こんなにも違う。

 今は昼前だろうか。三日目の今日、そろそろ、ヘイリオが宰相にわたしがいないことを伝えるはずだ。知らせはニルヴァニアのお城にいるエヴァンシーク様にも伝えられるだろう。

 できればそうなる前に戻りたかったのだけれど、それはどうも無理そうだった。知らせが届くのに、二日か、三日か。それでも、リンクィン殿下の式までは数日先であるから、エヴァンシーク様は動けないはず。だから、エヴァンシーク様の身体が空くまでに、帝国に戻らなければならない。

 呪いを、解く。それができなくとも、せめて、手がかりだけでも。

 エリザベートが汲んできた水を受け取り一口飲みながら、わたしは口を開いた。

「母様は、森から出てきたと、ルチエラ姫は言っていたわ」

 ルチエラから話を聞いた時、後ろにエリザベートも控えていたはず。知っているはずなので、そのまま続けた。

「あのね、たしか、父様もなの」

「…………そうですか」

 そう、と頷く。


 今わたしたちがいるこの森は、ヴェニエール帝国と神聖ニルヴァニア王国の国境に接していたり、ニルヴァニアの辺境伯爵領の、辺境たる所以となったりしている、広大な森だった。

 その昔、森に入ったきり、行方不明者が後を絶たず、切り開こうにも事故が頻発するわ、樹々が突然成長するわといった奇妙な出来事が続いた。

 もともと、神話の時代に神々の憩いの場だったという伝説もあって、その神聖性からも不可侵の森として広く知られた森だ。

 そのため、首都と辺境伯爵領の間にはヴェニエールにも接する森が挟まっている。森さえ切り開ければ、ここは辺境などとは呼ばれなくなるというのに。




 その不可侵の森に、ヴェニエールか馬をかけていたエリザベートは、何の躊躇もなく馬を進めたものだから、わたしは驚いたのだった。

 思わず止めそうになったけれど、目的地を定めた後は口出ししないと決めていた為、こらえて。

 森に入って半日ほど進んだところで、突然視界が広くなり、おかしい、と思う。エリザベートの背中に寄り添い馬上から落ちないようにと気をつけながらも、辺りをきょろきょろと見回して、振り返り、来た道との差に驚きしかでてこない。

 だって、長い間人の手が入っていないはずなのに。人の手が入らない森は、すぐに荒れると知っている。草も枝も好き勝手に伸びるし、動物が好きに荒らすため、人が一人進むことさえ困難になる、はずだ。それなら。

(この森は、人の手が入っている?)

 それに、森に入ったらすぐに迷うはずでなかったか。しかし、エリザベートの手綱捌きはよどみない。


 今に至るまで、エリザベートは迷ったそぶりを見せはしていなかった。

 森に入ったばかりの時のことを思い出して、わたしはじっとエリザベートを見つめた。

 すぐに、視線に気づいてこちらを振り返る。

「はい、どうしました?」

「ずいぶん、森になれていると思って」

 あは、とエリザベートは笑って、それで、と話題を変えてくる。

「姫君のお父上が、森からやってきた、というのは?」

「……」

 わたしはじっとエリザベートを見つめた。この人は本当にわかっててやっているのだろうか、にっこりとして、わたしにこれ以上の問いかけを許そうとしない。

 しかたなく、促されるまま答えた。

「王都の貴族、であった父様は、森を突っ切ってこの辺境伯爵領へ辿り着いたそうよ」

「お父上が森を抜けられたなら、私達ができても不思議じゃないですね?」

 それは、まあ、そうかもしれない。わたしは言い返せず、ため息を吐いて立ち上がった。

「行きましょう」

  はいはい、とエリザベートは笑顔で外套を身に纏い、馬を引いた。







 不可侵の森から出てきた男に、少女は驚いて、男を凝視した。銀の髪が目を引いて、遠目からではその顔かたちはわからないけれど、歩き方というか、身体の動き方と言うか。見のこなしの美しさに、目が離せない。加えて穏やかな雰囲気に、目をそらす、ということを忘れた。

 何の変哲のないこの辺りでもよく見られる服も、男が着るとなんだかちぐはぐで、かえって目立っているように思えた。

 不審人物だ、と思う。

 いくら見のこなしが美しくとも、それでいてぼろの服では釣り合わない。何か企んでいる人物がこんなにも怪しいものだろうかとも思う。怪しすぎて怪しくない、というのも変な話だけれど。

「ちょっと! そこのあなた!」

 気がつけば、少女は声を張り上げて男に近づいていた。




 迷いに迷って丸二日。どうも鬱蒼としている方へと無理に突き進めば、方角的には間違いないと気がついた。顔やら腕にいろいろかすり傷を作りながら突き進んでいくと、ようやく森を抜けられる。

 ぼろぼろの衣服がさらにくたくたになっているのを見下ろして、あーあーとため息を吐く。こんなでも用意するのに手間も時間もかかったのに。

 髪に絡んだ木の葉や枝を、わしわしと頭をかき混ぜ振り落とした。

 ふと、視線を感じて顔を上げた。少女が少し離れた場所に立っている。

 まっすぐな金髪は、風に遊ばせるまま幼い女の子のように背に流しており、年頃がいまいちわからない。こちらを見ているのだろうか、と内心首を傾げた時だった。

「ちょっと! そこのあなた!」

 大きな声が響き、少女が近づいてきたのだった。





読んでいただきありがとうございます!



雑記

めどが立ちました。

立っていなかったんかいって話ですけど。こう、ふわーっとこうなってこうなるんだろうなーって言うのを、詰めて確定できました。

残り十話前後。今月中に終わると良いな、を唱えながら、走っていきます。

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