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13.宰相閣下は事を荒立てたくないので

 ウィリアローナの寝室。

 ヘイリオを背後に従え、そこを訪れた宰相フォルトナは、中の光景を目にして、「おやおやまあまあ」と、説明を求めるような視線をむけた。

「監禁されていた、ということか? 三日間。ずっと?」

 開口一番そんなことを口にしたフォルトナに、問いを投げかけられた侍女は頷く。寝台の足下に拘束され、床に直接座り込んでいるのは、ウィリアローナ付きの侍女だ。

 ふわふわの茶色い髪。翡翠の瞳。その姿を見とめたヘイリオは、フォルトナの背後から飛び出し駆け寄った。

「ミーリエルさん!」

 ヘイリオが妹の縛られている縄を解いている様子を見ながら、フォルトナはふーんとあごに手をやり考え込む。ヘイリオに続いて駆け込んできたのは、ウィリアローナ付きの馴染みの侍女だった。両手を解放されたミーリエルの肩に、毛布をかける。

「エル様。床は冷えますから、どうか、こちらへ」

 と居間の長椅子へと導こうとする言葉に対して、ミーリエルは反応鈍く、答えない。じ、とその侍女の横に膝をついているヘイリオを見ている。


 フォルトナは、そんな三人の様子を見ながら、おもむろに窓の方へと視線をやった。

 寝室にある小さな窓の向こうの空は、鈍く、低い雲がたれ込めていて。

 やがてそれらから、白い氷の結晶が、舞い降りてくる。

「……姫が、いないな」

 ミーリエルの肩が、跳ねた。

 それを視界に捕らえながらも、フォルトナは室内をぐるりと見回して、おやおや、と肩をすくめる。

「あれもいないな」

 エリザベート、とかいうのも。

 なにがあった、と問いかけそうになって、ミーリエルの様子に今ここですぐ聞き出そうとするのは酷か、とも思った。

「たしか、ウィリアローナは三日前、体調を崩して寝込んでいた、という話だったが」

 誰も中に入れようとせず、食事もとらない。不審に思ったヘイリオがフォルトナの元へやってきて、今のこの状況だった。

「体調を崩す前日には、フィルポリアの王女ルチエラ姫とも会っていた、か」

 何があったのだろうな、と一人呟く。同意は愚か、相槌を打つものもいなかった。

 王女を捜し始めたのが七日前で、見つけて約束を取り付け会ったにしては、ずいぶん早いものだ、と付け加える。その疑問には、あちらも接触したがっていたようです、とヘイリオが答えた。

「姫が寝込んでいるはずの寝台の中はもぬけの殻、かわりにミーリエルが縛られていて、なんだつまり? あのお姫様はまたしても攫われたとでも?」

 返事は求めていなかった。違うな、とフォルトナは寝室をぐるりと歩き出す。

「ヘイリオと、エリザベート。二人揃っている状況で、そんなことが起こるなどあり得ない」

 あぁ、とフォルトナの口から乾いた笑いが漏れた。

「エリザベートが、連れて行ったのか。それとも、ウィリアローナ姫がここからでたいと泣き叫んだのか。では、ミーリエルが拘束されたのは時間稼ぎと考えるのが自然だな。ルチエラに何を言われた。きっかけは間違いなくあの王女だろう」


 さて、以上が、と。

 フォルトナは明るい表情のまま笑みを作った。

「この状況下での自然な推測だが」

 何か異論があるか。

 フォルトナが視線を向けても、ミーリエルも、ヘイリオも、馴染みの侍女でさえも、反応がない。

 そこまでウィリアローナがいないこと、ウィリアローナにされたことに衝撃を受けているのか。

「閣下! 馬が一頭、騎士によって連れ出されたそうです!」

 持ち込まれた知らせに、エリザベートだな、とすぐに察して、ため息を吐く。

「おとなしい引きこもりと聞いていたが」

 これは、ウィリアローナのことだ。

「なんだかんだ言って、あの姫もとんだじゃじゃ馬娘と言うことか」

 何をしでかすか予想がつかない。それは、外的要因もあるが、ウィリアローナ自身加減がわかっていないのだろう。

「ニルヴァニアに行ったエヴァンシーク陛下に知らせを。明日の昼には陛下に知らせられているようにしろ」

 は! と歯切れ良い返事を聞いて、さて、と見を翻し、その場を後にする。語らぬ者たちに用はなかった。


 気分が悪いな、と独りごちる。


 あの様子では、全員共犯だろう。

 全員というのは、ヘイリオ、ミーリエル、そしてウィリアローナ付きの侍女達。皆が、エリザベートとウィリアローナに協力している。

 なぜって、ミーリエルの縛られた腕や足は、縛られた痕にしては綺麗すぎた。

 夏の一件からの侍女替えで、ウィリアローナ付きの侍女は主人に対して忠実な者ばかりとなっている。

 それでも三日でヘイリオがフォルトナの元にきたのは、侍女の寮に戻らないミーリエルの届けが出され、騒ぎになるぎりぎりだったのだろう。

「王女については?」

 滅多に寄り付かない執務棟の自室は、皇帝陛下が不在の今存分に使っている。中で書類をまとめていた侍従に問いかけた。

「もう、この国を立ったとのことです」

 遠いな、と呟く。


 馬は一頭しか消えていなかった。三日前に、二人で乗って出たのであれば、方向にもよるがまだ国内にいる可能性が高い。国境に人を配置すればまだ捕まえられるかもしれない。

 しかし、相手はエリザベート。話には聞いていたが、会って少ししかたたずとも、あれの得体の知れなさはいつまでたっても消えない。

 ウィリアローナの存在がお荷物であろうが、あれは情報なり目的物なり、なにかを守りながら撤退すること、先を急ぐ術に特化しすぎている。

 しかも一対多数でだ。夏の一件の報告書には目を通したが、冗談かなにかだろうとしか思えなかった。東屋で眠るウィリアローナを守りつつ、起こさず、明かりの届く範囲には死体も血痕も武器も残さなかったという話だからだ。

 下手に騎士団を向かわせても、最悪殺されるだけだろう。


 では、姫達はどこへ向かったのか。

 城から出たくて出て行ったのであれば見当もつかない。繰り返すがエリザベートが行き先を指定したのであれば、こちらには最早国境に人員を配することしか手がない。……さすがにこれはエリザベート買いかぶり過ぎだが。

 しかし、ウィリアローナに目的があったとすれば。

「つくづく、ルチエラ王女と何を話していたか、わからないのが惜しいな」

 まぁ、あの姫の繋がりなど、ニルヴァニアとヴェニエール以外にあるとも思えないが。

 というよりも、ウィリアローナが自らの意思で動いたというのであれば、それはきっと皇帝陛下に関わることで間違いがないのだ。

 だと言うなら。

「痴話喧嘩ということにして、穏便に処理しようか」

 怠慢とも言う。いや、違う。断じて違うが。


「閣下」

 騎士の一人が、書状を携えて執務室を訪ねてきた。何だ、と答える。

「ニルヴァニア王家から、非公式ですが宰相閣下に、と」

 未開封の封書を渡され、フォルトナは不審に思いながら封を切る。ウィリアローナが消えたことだとしたら早すぎる。

 書かれている文字は、美しい女性の手で書かれたものだった。

 内容を追っているうちに、苦笑する。あぁ、これが、と納得した。

「閣下?」

 不思議そうな顔を浮かべる、書状をもってきた騎士に、いや、と手を振る。

「皇帝陛下が魔女呼ぶ方からだ。なるほど、これはこれは」

 お見通しというわけか、確かに魔女で違いない。

「ウィリアローナ姫に関しては心配しなくてよいそうだ。『里帰りをしたい気分になっている頃だろうから』ということは」

 ウィリアローナが、向かったのは。










 森の中、馬の上でエリザベートの背にしがみつきながら、わたしはぼんやりと景色を眺めていた。

 もう森に入ってからずいぶんたつのに、木漏れ日を通して入る日の光は途切れることなく、明るく照らす。

「姫君、そろそろ」

「いいえ、まだ、」

 まだ、休まない。

 だって、できれば陛下に抜け出したことが気づかれることなく帝国に戻りたいから。

 無駄な時間はとりたくない。

「いえ、そうではなくて」

 エリザベートが肩越しに振り返って微笑んだ。

「そろそろ、辺境伯爵領です」

 城を出て三日と少し。近道を使い昼も夜もなく馬をかえながら駆け抜けただけあって、花嫁行列とは比べ物にならないほど早い時間でニルヴァニア王国に戻ってきてしまった。

 今頃、帝国には冬が戻っているのだろうか。

 ちょうど季節は冬だったから、そこまであからさまではなくて、もしかしたら気づかれていないかもしれない。

「呪いを解きたい、ですか」

 わたしの思考の最中、おもむろに口にされたエリザベートの言葉は、なんだか嬉しそうに弾んでいた。

 何よ、と聞けば、いいえ、と返される。

「あては、あるんですか」

 その問いかけには、答えなかった。





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