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11.失われた血統

 誰のために生きているのと聞かれれば、全ては私のためよと答えるわ。

 全ては私自身のため、あなたのためにしているのよ、だなんて、そんな押しつけのような生き方をしたような覚えはない。


 もしも、そう見えたのだとしても。

 何かのために、生きているよう見えたのだとしたら。


 そのために生きたいと、私自身が望んだからよ。



 民のためを思い、何が良いかを考えて、生きたいと願ったからよ。






 ルチエラは、思ったよりもずっと早く見つかった。どうも、むこうからも接触を図ろうとしていたようで、フィルポリア王国から才能を見いだされこの国の星博士に弟子入りしたという少年が、遣わされたのだった。

「……なんですの」

 ルチエラと騎士を待たせていた応接間にわたしが入った途端、挨拶もなく言葉を投げつけられた。

 わたしはルチエラをじっと見つめる。長椅子に座ったままの彼女はわずかに怯んだが、それでも気丈にこちらを見つめかえした。

「この間、聞き流してしまったこと、聞きたいと思って」

 ふうん? とルチエラが眉を寄せながら、視線で問いかけてくる。ルチエラが、この国の正妃は私だと乗り込んできた、あの時。

「母様は、伯爵家のひとり娘」

 わたしの言葉に、ルチエラがさらに顔をしかめる。その反応を見ながら、わたしはルチエラの向かい側に腰をおろした。背後に、ヘイリオとエリザベートが控える。

「流行病で両親を亡くして、一人残されたのが、母様だと」

 そう、とわたしを見つめてルチエラは囁く。あなた、知らなかったのですの。と、でも、当然かもしれませんが、とも。

「……どういった巡り合わせかわかりませんけど、あたくし、あなたのことをずっと気にかけていた人を知っていますのよ」

 そう言って、ルチエラはそっと息をする。隙を見て、ミーリエルがお茶をテーブルに並べ始めた。彼女の滑らかな手つきを見ながら、ルチエラは一度視線を落とし、少しの間を置いて、わたしを見る。

「その者は、今でこそあたくしの母の生家で侍女をしていますけれど、今から二十年ほど前は、神聖王国のとある屋敷で乳母をしていたそうです」

 彼女の黄金の瞳は、わたしから逸らされない。

「とある、屋敷」

 そう、とルチエラは頷いた。

「辺境伯爵領、エラルベールのお屋敷で」

 久しく聞かない名に、耳を疑った。

 だってそれは、失われた名前であるから。跡継ぎもいない、今は国に返却され、新しい持ち主を待つばかりの、辺境伯爵領。


 辺境伯爵エラルベールは、今はもう、どこにも存在しない。


「彼女は、二十年前に、当時の辺境伯爵に雇われ、屋敷で働くようになって、ひとりの女の子の教育係も頼まれたそうなのですの」


 侍女は教育やしつけをしながら、その娘の成長を側で見続けた。

 伯爵夫妻が流行病で命を落とすなどの不幸に見舞われながらも、やがて娘は一人の男と恋に落ちる。


 娘が生まれた時期から、女伯爵として屋敷を切り盛りし始めた彼女は、たびたび屋敷で働く者たちを解雇するようになった。

 人がすっかり減って、やがて侍女も長年仕えてきていた娘から領地を去るよう言い渡される。

 最初は受け入れなかった。けれど、しだいに懇願するように言われれば、侍女もその屋敷を去るしかなかった。いったい、長年仕えてきた愛しい少女の身に何があったというのだろう。夫婦共々忙しくしていながら、生まれたばかりのあの黒髪の赤ん坊は立派に成長できるだろうか。

 侍女はもともとフィルポリアの人間で、戻ってきた先で何年かたったある日、風の噂を耳にする。

 曰く、ニルヴァニア王国辺境伯爵領で、辺境伯爵夫妻が命を奪われたあげくに屋敷に火を放たれた、と。

 生き残ったひとり娘は、懇意にしていた公爵家へ引き取られたらしい。


「ウィリアローナ姫。その侍女が面倒を見たというのは、あなたのお母様のことですわ。聞けばその娘、どうやら森から彷徨い出てきたところを、当時の伯爵夫妻が保護して養子にしたそうなのです」

 ますます自分が、どこの誰の血を継いでいるのか分からなくなるだけだった。ただ、わたしは春を呼べて、それだけが、唯一の手がかりのような。

 だから、とルチエラは髪を耳にかけながら、わたしに告げる。

「身の程をわきまえて、正妃の座をあたくしにゆずりなさい。知らなかったなら仕方がないですわ。これまでの無礼は許して差し上げます」

 にっこりとそんなことを言う王女に、わたしは単純な疑問をぶつけてみた。

「なぜ、そんなにもヴェニエール皇妃になりたいのです」

「この帝国が、強い国だからですわ」

 一瞬の間もなく、当たり前のことのようにルチエラは言う。それ以外に何があるのかと。

 考える必要もないのだと。

「古王国のフィルポリアは、ヴェニエールと比べれば強くもないですし、神聖王国に比べれば血統も歴史も劣ります。だから、王女であるあたくしは、婚姻によって国力を高めなければならないのです」

 女ですもの、とその笑顔は艶やかだった。壮絶と言っても良い。ルチエラの黄金の瞳には、覚悟があった。

「国の、為に。どうしてそこまで」

「国の為、ではありませんのよ。あたくし自身の為です。あたくしが、そうしたいだけですの」

 ところで、とルチエラは首を傾げる。

「先ほどの話、聞いてどうするのです」

 恐らく、ルチエラにとっての正妃の座を渡せと言う要求は、聞き届くことのないものだとわかっているのだろう。けれど、口にするのはそれでも望むからだろうか。

「母が、どこの誰かわからなかったのなら」

 ぽつりと、呟く。

 だって今まで、父がどこの誰かわからなくて、だから恐らくいなくなったかつての王太子だろうという予測が立っていたのに。

 それでは、母が王族であった可能性もあるのだ。

 気にする理由がありまして、とルチエラが呟き返す。

「シュバリエーン家の娘として育ち、帝国に嫁いだあなたに、今更両親の出生を知る必要がありまして?」

「父と母、どちらが、春を呼べる血筋なのだと思いますか」

 そんなの、とルチエラはお茶に手を伸ばしながら簡単に答える。

「帝国に春を呼べるのはニルヴァニア王家の娘だと。ハプリシアに呼べなかったというのなら、それじたいが誤りだとしても不思議ではありませんわ」


 わたしは考える。何がしたいのかを。

 今一番何がしたくて、その為にはどうすればいいか。

 ルチエラが、じっとわたしを見つめていた。


「何を考えていますの」

「……呪われているんです」

 笑いまじりに言ってみる。ルチエラは微かに目を見開いて、わたしを見た。

「その呪いを、解く方法を、探したいのです」

 呪い、とルチエラは呟いて、やがて苦笑する。

「ひどい言葉を選んだものですわね」

 苦笑を返す。

「自らの価値を捨てたいのですか」

「その価値があるから、大切にされると思う自分が嫌なのです」

 そんなのあなたの勝手ですわ、と呆れる声に、そうですね、とわたしは返す。あなたはほんとうに、とルチエラは呟いた。

「自分の為に、生きているのですね」

 さっきはルチエラこそ自分の為に生きているのだと豪語していたのに、そう呟く彼女はどこかわたしを羨ましそうに見つめていた。

 王女としても、公爵家の令嬢としても、育てられなかったわたしには、そう育てられた彼女達に比べれば無いに等しいのかもしれない。

 家の為に、国の為に。

 そんなことよりも、わたしは大事にしたいものがある。

「エヴァンシーク様が、少しでも楽になれるように」

 思い悩むことが、無いように。


 だってわたしは、あの人に。



読んでいただきありがとうございました!


活動報告にて、拍手お返事させていただいています。よろしくお願いします。

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