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10.答えは既に、でていたのだ。


 柔らかく波打つ茶色の髪に、翡翠の瞳。弧を描く唇に、すらりと伸びる長い手足。

 あれ、と思う。

 後ろを振り返り、ミーリエルを見て、また前に向き直り、首を捻る。

 目の前に立つ、宰相であるはずの男性は、くつくつと笑い、数歩下がって部屋の奥の机の前にある椅子に腰掛けてから、わたしに椅子を勧めてきた。

「はじめまして、ウィリアローナ姫。オレは、フォルトナ。先日宰相位を賜った、フォルトナ・エルド・フィリップバーグだ。そこのミーリエルの実の兄だよ」

 名乗りに、わたしは軽く膝を曲げて答えた。「ウィリアローナ・ヘキサ・シュバリエーンです」

 お兄さん。なるほど。どことなく、目元が似ている。

 わたしの挨拶に、あぁ、とフォルトナは頷いて、足を組む。再度椅子を勧められて、わたしはようやく腰をおろした。

「呼びつけてすまないな。一度会っておきたかったんだ。なのに、皇帝がオレに仕事を押し付けてきてその暇が取れなかった」

 まぁ、それが目的だったのだろうが。

 小さく付け加えられた言葉に首を傾げつつ、いえ、とわたしも返す。視線をずらして、窓辺に佇む老人を、見つめた。

「わたしに用というのは、宰相様ではないのでしょう」

 ご明察、と彼は微笑むと、窓辺の老人が振り返る。白い髪に髭、それだけで、どこか魔法使いのように思えてしまう、おじいさん。

 優しげな目をして、老人は小さく頭を下げた。

「ウィリアローナ姫」

 あ、と思う。その声の響き。敵意があるとか、ないとか、それ以前の話だった。あなたが、とわたしはおじいさんへと歩み寄る。

 ひどく近い視線の高さで、わたしはおじいさんの薄い青の目を覗き込んだ。

「……前宰相閣下、ですか?」

「今は片田舎の領地で隠居の身、ギルじいとでも、お呼びください」

 フォルトナがすごい勢いでこちらを振り返った。心無しか、この顔は引きつっている。わたしが瞬きつつも、背後のミーリエル達を振り返る。彼らはまだ扉の側に立っていて、同じく引きつった顔を浮かべていた。

 繰り返し首を捻りながら、わたしはおじいさんに向き直る。

「ぎるじい……」

 口にしてみて、なんだか紡ぎにくかった。少し目を伏せて考えてから、おじいさんの方を見る。

「ギルおじいさん、とお呼びしても?」

「あの人に、怒られるかもしれませんなぁ、これは」

 彼は、嬉しそうに笑ったのだった。




「皇帝陛下との付き合いは長くてね。わたしも、太上皇帝だいじょうこうていの代から宰相をやっていたから」

「だいじょうこうてい……」

 先帝。つまり、だから。

 わかっていたことを、改めて口にされて、言葉がでなかった。どこにいるのだ、と思わず唇をかむ。エヴァンシーク様はずっと一人でいたというのに、いるならどうして側にいてくれなかったの、と。

「……太上皇帝陛下は、どこに」

「そう、皇帝陛下のお父上は、位を退いた今も、この城で暮らしている。どこかにはいる。でも、表の人間にはけして気取られぬよう、過ごしているね」

 あのお方はもう、表には出てこないだろうと、わしは思うよ。

 エヴァンシーク様を愛さなくてはいけなかったあの人は、エヴァンシーク様に憎まれて生きている。

 何故、と思う。どうして、と、疑問を抱かないといえば嘘になる。

 けれど。

「聞くかい。あのお方と、皇帝陛下の話を」

「……いえ」

 おや、とギルおじいさんがわずかに目を見開く。本当に、本心からの、いいえ、だった。

「エヴァンシーク様が望んでいないのに、別の人から聞き出してまで、あの人の過去を知ることに、興味がないのです」

 願わくば、エヴァンシーク様からわたしに語ってほしい。側にいて、問いかけて、あの人の声で、過去の思いを聞きたい。

 傲慢だろうか。

 いつか、その場所に行けるのだ、などという確証もないのに。

 それよりも今、わたしが聞きたいのは。

 ギルおじいさんの隣に立って、わたしはフォルトナに向き直る。

「わたしが今聞きたいのは、白い騎士のことです」

 扉の近くからわたしの側に移動してきたエリザベートを示して言う。いきなり、何の断りもなく白い騎士服を纏って現れたエリザベートを、わたしはどう扱っていいのかがさっぱりわからない。

 あぁ、それか、とフォルトナの反応は雑なものだった。

「あいつにそれは不要だろ」

 あいつ、がエヴァンシーク様を示し、それ、がエリザベートを示すことはわかったかが、むう、とウィリアローナが眉を寄せる。まぁそう睨むな、とフォルトナの態度は軽い物だった。言いながら、ギルおじいさんを手招きして椅子に座らせる。わたしもすすめられたが、首を振って断った。

「……あの方も、それなりに危険な立場にあったりしましたよ?」

 エリザベートがそれとなく言ってみる。

「だが、ただでさえ強い上に殺しても死なないだろう。そっちのお姫様なんて無防備さらせば一瞬で葬られるぞ。しかもあの男、なんだかんだと守られている。気に入らない」

 私怨にまみれた言葉に、そんな理由でエリザベートはエヴァンシーク様に不要だと仰るこの人、もしかしなくても、エヴァンシーク様がお嫌いなのだろうか。

「お前はこの姫につけるべきと判断した。その上で皇帝付きなんだか侍女なんだかわけわからん地位から、役割を与えた。お前は堂々と大事な姫の側にいられるし、姫は守られるし、この国に春が巡る。良いことずくめだろう」

 それではいそうですか、と言えなければならないのだろうか。いや、良い条件なのは間違いないし、困ることも特にない。あるといえばエリザベートの気持ちだけれど、本当に不満があればとっくに口にしているはずだから、良いのだろうか。

「ですが白い騎士とは、正確にはどういう」

「皇妃のための騎士だが」

 何度でも言うが、フォルトナは言葉が軽すぎやしないだろうか……。言葉が簡潔すぎて会話が早くて、時々ついていけなくなる。……回りくどいよりはよっぽどましかもしれないけれど。

「……それは」

「オレが作って、選んで、実際皇帝は異を唱えなかった。なあ、おいエリザベートとか言うの」

「はい」

「減ったろ、いろいろ」

「……まあ」

 またわたしの把握できない会話が始まった。察するに、わたしの知らないところでまたエリザベートが無茶をしていたということだけはわかる。またか。何をしているんだこの人。

 むっとエリザベートを見つめれば、ごまかすような笑顔を見せられる。

 いまはまぁそれはともかく、もっと大事なのは、異を唱えなかった陛下。それは、つまり。

「オレの提示に、陛下は答えを出した。ウィリアローナ姫、あなたが皇妃だ。不満か?」

 わたしは、答えられない。

 今、なんでよりによって今。

「だよな」

 お見通しのようで、だからさ、とさらに続けてフォルトナは頭上を仰ぐ。

「あいつが帰ってきたらちゃんと言うと良い。あんたが思ってること。ちゃんと言葉で聞かないと、わからないやつだから」

 できない、と首を振った。なぜ、と問う声は優しい。

 なぜ、その答えを考えると、なんだかおかしかった。だって、もう言ったから。既に言っていて、その上で、答えをもう得てしまっているからだ。

「陛下は、わたしを騙していたそうです。それを知らないから、自分にそんなことが言えるのだと、陛下は」

 あほだーあいつーめんどくさー。と明るい声にわたしは苦笑する。なんだか異常に楽しそうだ。いいよ、ウィリアローナ姫、気にするな、と手を振られた。

「そんなことで傷つかなくて良い。怒っても良いんだ」

 傷ついただろうか。そうかもしれない。なんだか泣きたくて、苦しくて、言うのではなかったと後悔した。

 黙っていればよかった。間違えたのだと思えば思うほど、陛下の顔が見れなくなって。

 でも、だから、ここでこんな風に思い悩むのは、もうやめたいのだ。

 俯くわたしに、本当に、とフォルトナは目元を和ませる。え、とわたしは顔を上げて、彼を見た。隣のギルおじいさんも、わたしを見ている気がする。

 椅子に座り、足を組んで、フォルトナは、わたしを見つめて、口元は、笑みを象っていて。

 本当に、あんたは、と何気なく言葉にされる。


「皇帝陛下のことが」


 体中で、反応した。

 無意識で、数歩の距離を一瞬で詰め、両手を伸ばして、フォルトナの口に、何の加減もなく、両手を押し当て言葉を遮った。見開いたわたしの目と、同じくフォルトナの目が、ぱちりと合う。


 押し倒す勢いだったが、フォルトナはわたしをしっかり受け止めていた。


 手のひらにかかる吐息に、声のない悲鳴を上げて、わたしはその場から飛び退く。フォルトナの支えてくれていた手はするりとほどけ、わたしの膝は笑って、長椅子の方まで退避したのにそのまま床に浸り込んでしまう。

「なるほどねぇ」

 その場の誰もが同じ視線をわたしに向けていた。熱い。目の奥も、胸の内も、顔も、頭も。何もかもが。


「い、今それを、口にされたくないのです」


 誰がいつ言ったって変わんないだろ、とフォルトナが言うのを、わたしはぶんぶんと首を横に振って否定した。


 それよりも、考えなければならないことがあるのだ。

「……今は、そんなことを口にする前に。……わたしにできることを、したいと思っているのです」




 陛下の拒絶が、悲しくはあった。

 苦しくて、後悔した。それは、間違いなく。

 けれど、それ以外にある全く別の感情も、確かにふつりふつりと湧いてでているのだ。


 腹を、立てている。


 だって、あのとき。エヴァンシーク様と、確かに寄り添えた気がしたのに。

 それぞれ一歩踏み出して、近寄って、触れ合えたと思ったのに。


 エヴァンシーク様が、一歩飛び退いたような。


 そんな気がしたから。



 だって、エヴァンシーク様は。


『あなたは、騙されている』

『気づいた時も、あなたはそう言ってくれるのか』


 そう言ったエヴァンシーク様は。

 そう言って、わたしからはなれていったエヴァンシーク様は、それは、つまり。


 気づいたわたしが、そんなことを言うわけないと思っている。

 わたしが、エヴァンシーク様のために何かしたいと思う気持ちが、そんなことで覆されると。


 向けた気持ちを軽んじられて、怒りを覚えない理由がなかった。

 だから。





「ルチエラ様は、まだこの国内に、いらっしゃいますか。呼んでいただきたいのです。できるだけ、早く」



 今のわたしにできること、向き合わなければならないものの欠片をもたらした、あの王女に。

 会わなければ、ならない。




読んでいただきありがとうございました!


雑記

お待たせしましたー!

ぷつっと消えてしまって申し訳ない。生活サイクルを戻さないと二進も三進もいかない状況になっていました。不甲斐ないですね面目ない! 私事この上なくて!


6、7、でお話が動き、8、9、10、とクッションのような話が続きました。

11もこんな感じですが、12から派手に動けたら良いなぁと思ってます。

さて、じりじりと動いて参ります。今後もよろしくお願いします!!



拍手お返事

ほんとは活動報告で拍手お返事やる予定だったのですが間が空いてしまったのとこちらの手違いもあるので取り急ぎ!


「閉架図書館? 陛下図書館? どっち!?」との質問でした! 拍手ありがとうございます!!


 「閉架図書室」です!!

 陛下図書室、というのは愛称というか、下働きの間でのみ使われるもので、閉架図書室登場時にちらっと話がでただけですので、ほとんど閉架図書室、しか使ってないはずです。

 変換ミスや、「図書館」となっているのはだいたい間違いですので、ご一報いただければ幸いです。

 よろしくお願いします!


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