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8.暴かれたあの時


 気づいたときには、片棒を担がされていたのだとしても。

 担いでいたのは、まぎれも無く自分自身だったのだ。






「ねぇエヴァン。君、結婚しませんか」

 ニルヴァニア王国の王太子に、そんな言葉を向けられたのは、いつだったか。


 外では例年より早めの雪が降り、室内では暖炉で火が燃え盛る。エヴァンシークは皇帝専用の執務室で机に付き、目の前の長椅子で、足を組みのんびりと腰を据える男へ、視線をやった。


 意味が分からない、と暗に含める。

 いやいや、と銀髪の男は笑った。

「僕とではなくてですね」

 当たり前だ。視線を戻して、書類に向き直った。皇帝になってからこちら、書類は増える一方で、議員の大半がまともな仕事もしてくれず、おしゃべりに付き合う暇はないというのに。

 結婚相手、というと、冬に閉ざされているこの国には一人しかいない。

「春を呼ぶとかいう、ハプリシアか」

 いいや、と、リンクィンは微笑んだ。どういうことだ、とエヴァンシークはもう一度顔を上げた。

「縁を結んでほしいのは、ハプリシアの一の侍女、ウィリアローナ・ヘキサ・シュバリエーンと、ですよ」

 かたり、と聞こえた音に振り向けば、傍らに侍女姿のエリザベートが立っていた。いつ戻ってきたのか、オルウィスやその他、かろうじて仕事をしている議員達からの書類を抱えている。

 その顔からは、表情が消え失せていた。

「エリ?」

「はい、どうしました」

 小さく声をかければ、とたんに笑顔を向けてくる。何を隠した、と思った直後、まさか、とリンクィンの方を見た。

「その、ウィリアローナというのが、あの日春を呼んだのか」

「知っていたんですか」

 なんだ、とつまらなそうに、リンクィンは肩をすくめる。

「文句ないでしょう? この国に、春が戻ってきますよ」

 年下の王子の、既に決まっていることのような言い方に、ちょっと待て、と制止する。

「シュバリエーンというと、そちらの国の公爵家だろう。それが、なぜ王女の一の侍女をしている」

 普通、お茶友達とかそう言うものではないのか、と。

 さて、とリンクィンはわざとらしくあごに手を当てた。自分にも皆目見当がつかなくて、とこれも恐らく嘘だろう。

「君に負けず劣らず、ハプリシアも捻くれているんです。弟の嫁もそうですが、あれはあれで捻くれて一周まわって開き直っているから、君たちとはまた別の生き物でしょう。とにかく、そのハプリシアが気に入って、側に置いているのですよ。侍女らしい仕事は、真似事のようなものをさせているくらいでほとんどは話し相手みたいですが」

 ただし、ちょっと問題がありまして。と、リンクィンは指を一本立てた。

「ウィリアローナは養子で、元々は伯爵家で、けれど、両親とも出自がはっきりしない。辺境の村だから、というのもありますが、火事で書類が焼失し、復元されたものの真偽のほどが怪しいんですよ」

 そしてもう一つ、と二本目の指が立てられる。

「さきほどエヴァンシークも言いましたが、ウィリアローナはこの国に春を呼んだことがあります」

 つまり、とエヴァンシークが呟いた。ええそうです、とリンクィンがうなずく。

「春を呼べてしまったんです。両親の正体が明らかでない、伯爵家の孤児が」

 ゆっくりと、重要事項を、繰り返す。それはつまり、両親のどちらかが、王家の人間であるということだった。この口ぶりからすると、それが誰かの見当もついている。

 エヴァンシークが理解したのを見て取ってから、リンクィンはさらに続けた。

「僕の適性が危ぶまれている今の時期に、その話を蒸し返されると非常に困ってしまうんですね」

 先日この王太子が引き起こした事件の話だろう。エヴァンシークも大体のところしか知らないが、それはまぁ、確かにと頷くしか無い。本当にこの目の前の男が引き起こしたことなのかと、疑いたくなるほどのことであった。

「あまり表に出ていなかった弟の存在も広く知られてしまいましたし。今ウィリアローナを擁立する輩が現れれば、恐らく継承権を放棄しているはずの弟も同じことになる。三者での対立が起きてしまう」

 ウィリアローナを引き取った公爵がそんなことを許すとは思えないけれど、摘める芽は摘んでおきたい。

 しかも、ヴェニエール帝国だって春を待ち望んでいる。

「どちらにとっても、良いこと尽くめでしょう」

 何とも言えず、エヴァンシークは言葉を返せなかった。ああそうだ、話がずれていました、とリンクィンは膝を叩く。

「あなたとウィリアローナが縁を結ぶにあたって、問題なのは、ウィリアローナの正確な出自が判明しないという点と、それでいて春を呼べてしまった、という点。春はたしかに呼べますが、出自を他に意識させたくはない。つまり、春を呼べる、という一点での婚約はしたくはないのです。王家の人間であるなら、と反対勢力が取り込みにかかるでしょうし。危険も増えます」

 危険というなら、もし本当にその侍女一人の有無で春がきたりこなかったりする場合、この国にいたとしても変わらない気がするが、とエヴァンシークは渋い顔をする。

「しかし、それを考えると彼女の地位では、なぜウィリアローナが婚約者に、という話になります。真に公爵家であるならまだしも、結局は元伯爵家の養子です。これは隠されていることではありませんし、その両親の出自も曖昧という話は調べれば最終的に行きつける事実です。その立場では、さすがにいきなりヴェニエール皇帝との婚約話は急すぎます。なので、もっとも簡単なのはエヴァンシークとウィリアローナの恋劇なのですが」

「私に茶番をしている暇などない」

 でしょうね、リンクィンは真顔で頷いて、それでは、と立ち上がる。

「こちらで勝手に茶番をして、ウィリアローナがここに嫁げるよう条件を揃えましょう」

 退室しようとするリンクィンを、エヴァンシークは呼び止めた。

「そうすることで、その侍女は、幸せになれるのか」

 少し驚いた顔をして、リンクィンは破顔した。


「それはもう」


 長い付き合いだった。

 だから、エヴァンシークも信用したのに。




 狼狽うろたえ震え、目を見開いて、逃げ惑い、怯えるウィリアローナを腕の中に閉じ込めて。

 リンクィンではないとわかっていながらも、全く同じ顔をした男に、エヴァンシークには問いかけずにはいられなかった。

「なぜ、この姫は何も知らない」

 呼ばれた部屋に静かに入り、ウィリアローナの荒げる声と、レヒトールの冷静でいて、畳み掛けるような言葉になにごとかと立ち尽くす。

 震える声を上げて言葉を紡ぎ、泣き崩れる姿に、彼らが、彼女を騙していたのだと知る。

 単に、この婚約に納得がいっていないものだと思っていた。全て聞かされていてそれでも単に、エヴァンシークを受け付けないだけだと。

 けれど、違ったのだ。

 王家の血を継いでいるわけじゃない、春など呼べるはずが無い、と泣いているウィリアローナは、自分のことを何一つ知らなかったのだ。

 ハプリシアのかわりにその侍女がやってきた。確かに準備は引けぬところまで進んでいて、その代わりにと差し出された人物に、だからといってなぜ、と何人かは強く反発した。

 それらはニルヴァニア王国の人間の目をごまかすものであって、当人達は知っているものだとばかり思っていたのに。

 肝心のウィリアローナでさえも、それを信じてやってきたというのか。

 最初から、嫁ぐべきはウィリアローナ自身だと知らなかったというのか。


 なぜだ、とあのできごとの翌日、エヴァンシークはレヒトールへ聞いた。

「なぜって、そうでもしなければウィリアは逃げ出すからな」

 その答えは、あまりにもウィリアローナのことを考えられていないものだった。

「あれでちょうど良いんだよ、甘やかされてきたあいつには」

「あの姫には、夢をみることも必要ないと」

 夢? とレヒトールは眉をひそめて、あぁ、苦笑した。

「もしかして、あいつが昔、エヴァンに話したってことか? 娘が一度は抱くべきだという、恋の話だな。ふだんは魔女と罵る割に、そんなことをいつまでもよく」

「昔は、魔女などとは呼んでいなかった」

 遮るようにして告げられたエヴァンの言葉に、

 まぁ、たしかに変わったからな、とレヒトールは寂しそうに笑う。もうすぐ一年になるだろうか。リンクィンを発端とした、例の騒動で変わったのは、レヒトールの恋人であるウィリアの姉も同様だ。


 皇帝が恋などしてどうする、と恋人のいるレヒトールがいう。

「あんたもそうとわかっているだろう、エヴァン。皇帝が誰かに恋をしてどうする。必要なのは、国を守るということ、後継をつくり、位を与え、民の安寧を見守ること。皇帝に嫁いだ花嫁も同じだ。皇帝に恋をしてどうする。それが足枷となり、国を滅ぼすことに繋がることくらい、知っているだろう」

 気にしなくて良いんだよ、とレヒトールは言った。

「ウィリアローナだってなんだかんだと公爵家で育ったんだ。喋ったことのない男へ嫁ぐことなど、大して問題にしていない。あれがこだわっていたのは、本当の公爵家でもないのに、あんたがそれを知らないと思い込んで、騙していると思っていたというそれだけなんだから」

 レヒトールの言葉を聞きながら、違う、と思った。

 最初に話をもってきたリンクィンは、違う何かを抱えていたはずだ、と。

「ただ、大切にしてやってくれ。エヴァンが昔から決めていたように、やってきたウィリアに、恋などしなくて良いから。できれば愛してやってほしいけれど、それもできないならせめて、大切にしてやってくれ」




 騙していたのはウィリアではなく、エヴァンシークの方だった。


 流れはどうあれ、ウィリアローナからすれば間違いなく、エヴァンシークは知っていながら何も知らないウィリアローナと婚約し、逃がすことは無かったのだから。


 だって、知らなかったのだろう。

 ウィリアローナはエヴァンシークが何も知らないと信じていて、自分の出自も知らされぬまま、王家の血を継いではいないと、なのに王家の血を理由にハプリシアの身替わりにされ、嫁いでしまったのだと、信じていたのだろう。

 言ってしまえば追い出され、追い出されれば自分の国の継承問題を引き起こす。

 

 王家の血を継いでいないのに、何も知らないエヴァンシークを前にして、自国にも、逃げられなかっただけなのだろう。



 だから、追いつめるだけ追いつめて、ようやく笑ってくれるようになったウィリアローナを、大切にしなければと思ったのだ。



 優しい言葉をかけてきて、ころころと表情の変わっていく、愛らしい少女を。

 これ以上エヴァンシーク自身の都合で縛ることは許されぬと、思ったのだ。



読んでいただきありがとうございました。



さて陛下もぐだぐだ考えてますが、これも果たして本音か建前か。まだまだ奥がございます。嘘ではないのでしょうけども。



拍手ありがとうございました!

急いでいるので、返信はまた後日。これからもよろしくお願いします!


11/10 23:57

11日はお出かけなので更新できないと思って予約投稿するつもりが(・ω・`) 慌てていたので投稿していましたorz

とりあえず、これが11日分ということで、明日もし帰宅してから気力があれば、更新します。

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