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7.ポルトワーン・トルツ


 親愛なる王女殿下様へ


 今の私がこうして幸せに暮らしているのは、殿下のおかげだと日々感謝を忘れず、日々の仕事に打ち込んでいます。

 なんて書き出しをしたら、前回のように怒られてしまいますね。すみません。でも、本当にそう思って暮らしているのです。

 博士は厳しい人ではありませんが、私に何か教えてくれることはなくて、博士の書き付けを、暗号を解くかのように眺める日々です。この間は、数字の羅列をやっとの思いで解いてみたら、その日の朝昼晩の献立しか書かれていないただの日記だったこともありました。

 数字をたぐり、夜空の光を追うだけの変わらぬ毎日ですが、先日とても大きな事件がありました。今回は、それを手紙に綴りたいと思います。


 事件と言っても、私たち弟子や博士は全くあずかり知らぬところで起きたことで、私たちの研究室の上の部屋で、陛下のご婚約者様が閉じ込められていたのでした。

 色を失った皇帝陛下が前触れも無く一階の共同研究室にやってきたのは、真夜中過ぎでした。私のいる塔は昼も夜も無く、常に誰かしら研究をしているために扉が施錠されることはなく、加えて夜というのは私たちのほとんどが活動している時間帯であるために、その来訪に関して何一つ不都合はありませんでした。

 陛下はまるでただ通過するために私たちのいる共同研究室を横切り、部屋の奥にある階段をのぼっていかれたのです。騎士の方々が説明のために数人残られたのですが、陛下は一人、脇目もふらず。私は思わずそれを追いかけたのでした。

 陛下と、騎士様方と、見覚えのある赤い髪の議員様、そして、私のごく少数で、上階へと向かいました。

 最初はテラスへ用があるのかと思ったのですが、そんな様子も無く、陛下は見向きもせずに通り過ぎてしまいます。なので、私は思わず「この上は物置です」と、恐れ多くも陛下に言葉をかけてしまったのでした。

 しかし陛下は、私を咎めることなく上を目指されたのでした。

 そのときの陛下の目は、とてもひたむきで美しく、この人のもとで研究ができているという事実に、喜びを抱きました。

 博士たちは普段口数が少なく、弟子の私たちが気をつけていなければ寝ることも食べることも忘れて数字と戯れていることがままあって、それなのに、博士たちは研究の折に触れて言うのです。

『今上帝のおかげだ』

 言葉選びは少し古いですが、博士なので仕方ありません。いつも耳にするその言葉と、そのとき見たお姿に、そして、この国に行くきっかけを下さった王女殿下に、私はまた、強く感謝をいたしました。

 陛下のご婚約者様は、塔の一番上に閉じ込められていました。真っ暗な室内で、頼りない明かりのもと、陛下は扉に駆け寄りました。なのに、錠が下がっています。この部屋が昔、誰かを閉じ込めるために使われていたことなど知りもしない私は、当然その錠を開ける鍵の所在など知っているはずがありません。

 扉を開けるために陛下が剣を抜いたその時でした。

 光のような闇が、私の横をすり抜けていったのです。

 闇は光を翻し、高く美しい金属音を響かせて、静まります。あぁ、文才があれば良かったのですが。闇だと思ったのはとても若い黒髪の騎士様で、光は騎士様の手にする剣でした。

 とても美しい動きでした。とても、とても。

 一瞬で美しく扉を解き放った騎士様は、すぐにその場を下がります。

 ようやく現れたご婚約者様は、それはもう美しい黒髪の姫君でした。

 泣きそうな顔で陛下をじっと見つめて、陛下も感極まった様子でご婚約者様を見ていらして。もう、感動しました! きっと悪い人から閉じ込められていた、ご婚約者様を、陛下が助けにきたのです! あれはもう! その間のお互いの不在たるや己が身を削るよりも悲しく、痛く、苦しかったことでしょう!

 あぁ、でもご婚約者様泣くかと思いましたが泣きませんでした。ひたすら陛下の存在にほっとされたようで、陛下が手を伸ばして抱きしめると、ほっとしたように意識を落としてしまわれて。

 でもすごく! すごく美しい光景だったのです!! 闇に融けそうなほど深い漆黒の髪の姫君を、金に輝く陛下がこの世につなぎ止めるかのような。そんな、おとぎ話の一幕のような素敵な光景でした。


 ところで、殿下は陛下と親しくしていたとのことですが、陛下とご婚約者様の婚儀には出席されるのでしょうか。こちらにいらっしゃる時は塔にもよっていただけると大変嬉しく存じます。

 下働きの者たちの噂によると、婚儀はどうやら春頃とのことで。

 ご婚約者様は春を呼んでくださったので、ぴったりだと思いました。

 あのお方がきてから、空が晴れる日が増えて、観測がはかどっています。


 それでは、お元気で。学も無く言葉ばかり書けるようになって、形式もままならない手紙ですが、感謝だけは詰まっています。


 ヴェニエール帝国 星博士見習い ポルトワーン・トルツ



読んでいただきありがとうございました!

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