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8.わたしのしらないわたしの欠陥


 男性恐怖症、だなんて。



 言葉の響きに、思わず笑いが吹き出す。痛みに丸めた背中を、今度は笑いに身を任せて丸くする。

 肩が震えて、止めようにも止まらない。困惑した視線を感じるけれど、どうしても、止められない。

「はぁ。もう……」

 けれど、わたしの考えたこともばかばかしいことだった。誰から聞いたんだなんて、そんなの一人しかいない。

「リンクィン殿下が、そんなこと言ったんですか」

 陛下は答えようとしなかった。目をそらして、何も言わない。別に、かまわないけれど。

「そうなんですって言ったら、なかったことにしてくれますか」

 痛む足に視線を落としながら、ぽつりと呟く。陛下は何も言ってくださらない。何か反応してくれた気配も感じ取れない。

 無理、ですよね。

「冗談、です」

 平気な風を装って、何か言われる気配にそれを遮るつもりで、えへへと笑いつつ言った。それでも、わたしが遮ったつもりでも、陛下はかまわず言葉を続ける。

「あなたを害するつもりはない」

 帰りたいです。帰れないなら、何もかも一緒です。そんなことを、まさか言う訳にも行かない。

 でも、だからといってありがとうございますとも、言えない。言いたくない。

 だれかと一緒になることで幸せになりたくなんかない。

 一人でも十分生きて行けると思っていたのに。

 きっと、わたしが立っているこの場所は、別の誰かがいるべき場所で、別の誰かが幸せになれる場所なんだと、確信してる。


 それなのに、どうしてわたしがこの場所に立てているのだろう。


 遠くを見ようとして顔を上げる。菫色の瞳とかち合って、逸らそうとした瞬間陛下の左手がわたしの頬に添えられていた。添えられている、はずなのに、動けない。振りほどけない。当惑したままわたしの瞳は揺れる。拒絶したいのにそれができないのは、じっと見つめる菫色の瞳が、あまりにも真摯な色であるせいなのか。

 何か言葉を発しなければと思った。逃げられなくなると。何にだろう。分からない。何か陛下にかける言葉はないか、探して、探して、探して、わたしは。

「あなたは、今が何の季節かご存知か」

 予想もしていなかった言葉に、瞬いた。

「いまの、きせつ」

 おうむ返しのように問い返す。こっくりと、陛下はうなずかれた。


 しら、ない。


 見開いたわたしの目尻を、陛下の親指がなぞる。無骨な指。お美しいお顔に似合わぬ、力強い手のひら。

「貴国からこのヴェニエールまでの、風景はどうだったか」


 しらない。そんなもの、見てない。

 ハプリシア様に付き従っているだけで良かった。ハプリシア様のお世話をして、一緒にお茶をして、与えられた部屋に戻って、本を読んで、朝早くに起き出して、ハプリシア様のお世話をしているだけで。

 その仕事の中に、季節の花を飾るという物もあったかもしれない。けれど、わたしはしたことがない。わたしじゃない別の誰かが、その仕事を一手に引き受けていた。見て、と。見事でしょう、と笑顔を向けられたこともあったかもしれない。でも、忘れた。

 どんな花だったか。誰が花瓶を抱えて笑ってみせたか。


 呆然としたまま返事ができないわたしを見て、陛下の美しいお顔は歪んだ。疎ましがられているように、見えた。

「いつから止まっている」

 なにが。その問いの意味が、わたしには理解できない。わからない。問いに、答えられない。

 思わず、笑んで見せた。ごめんなさい。わかりません。分からなければ、素直にそうしてみせれば良いのだと誰かに教わった気がする。素直に、そうしてみれば良いのだ。

 分からなくて途方に暮れると言った経験は滅多にないけれど、これがその時だと。


 陛下の手が伸びた。びくりと身体がこわばる。一瞬にして抱え上げられたと気づいたときにはきつく強く抱きしめられていた。

「な、に」

 疑問が頭を巡る前に口からこぼれ落ちる。息もできなくなるほど抱きしめられ、気が遠くなり始めた頃にその力はようやく緩められた。

 こわばった身体と、冷や汗の流れる背中。

 横抱きにされたわたしは、至近距離にある陛下の瞳を凝視した。

「笑うな」

 その目は、ひどく冷たい。

「私の前で、二度と」

 言葉を切った皇帝陛下。神秘的で美しいと思った菫色の瞳も、今は感情の読めないガラス玉のように見える。

 ああ、これは『好機』だと、心の底から笑みがこぼれる。

 このまま嫌ってくれれば、きっと、わたしは。

 あの、シュバリエーンの温かな屋敷に戻ることが、できると。


 思うと同時に感じた胸の痛みは何だったのだろう。

 菫色の瞳の奥に見えた、ひっかかりは。

 気づきたくないと、どこかで思った。その気持ちに、どうしてと問いかける。わたし、いったいなにに、気づきたくないの。


「さみしい、色」


 歌うように口ずさんでみて、理解する。

「陛下は、寂しいと思っているのですか」

 その地位の高さ故に、彼は寂しい思いをすることもあるのだろうか。

 きっと、ハプリシア様のように。

 高い高い場所にいらっしゃった、あの人のように。


 寂しくて泣いているあの方を思い出す。手を伸ばして、抱きしめる。そこにいるのは皇帝陛下。王族のお方。遠い遠い血縁のわたしなど、比べるべくも無い、高貴な血の流れるお方。


「……あなたほどでは、ない」


 どこか悲しげに、苦しげに、皇帝陛下は呟いたのでした。


読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字ございましたらご一報くださると幸いです。


どかーんとお気に入り登録増えてびっくりしました。うれしいです。がんばります。

1万PVも突破いたしました。びっくりしてます。ありがとうございます。


>以下、ぼやきと泣き言。

暗い。重い。もう一つ二つ波を超えれば軽く明るくなってくれると良い・・・なぁ。

あのですね、基本的にお話はおおざっぱな流れしか考えてなくて、あとは登場人物の背景を作り込んで行くだけで作り込んだ舞台へとき放つのですが、それいけー! と。それで割とさくさく書けるのですが。今回ばかりは陛下もウィリアローナも手綱を取らせてくれないほどあちこち好き放題に大暴走している気がします。

なにこの、ぐいぐい突き進んで行く感じ。

感情のままひっぱられて物語があらぬ方向へ行かないか不安。がんばります。ふう。

ひとまず、ウィリアローナのネガティブは、根が深そうです。

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