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23.悲鳴、宙を踏む足。

 あんなにも、忠告を受けた、はずなのに。



「ウィリアローナ姫」

 オルウィスの執務室で、夕方の作業が終わり書類をまとめているとき、不意に声をかけられた。顔を上げると、同じく机上の書類をまとめているオルウィスが、視線を書類へ落としたままわたしへ呼びかけている。

「明日は、ここには来ないように。というより、部屋からでませんよう」

「はい……? なにか、あるんですか?」

「ええ、あなたの耳には入れたくないことが」

 それって、ほとんど言ってませんか……? と首を傾げると、オルウィスは「陛下の言です」と笑う。

「ミーリエルと、二人で部屋から一歩も出ませんよう。食事も、申し訳ないですがご用意できません。パンなどを朝にお持ちするので、明日一日は、どうかそれで」

 べつに、いいですけど、とわたしは瞬く。傍らの侍従へ視線を移せば、こちらの視線に気づいた彼はびくっとわたしの視線から逃れるように移動した。

「なにが、あるんです?」

「やっと一段落つく、という話ですよ」

 いやぁ、呼び寄せた彼が良い働きをしてくれましたーと清々しくオルウィスが伸びをするので、いいことがあったのだろう、と納得する。それで、どうしてわたしが部屋から出てはいけない事態になるのかわかりませんが。

「今夜から、この執務棟は慌ただしくなりますので、陛下や私への用事は明後日以降にお願いします。それでは、今日はおつかれさまです姫様。明後日からまたよろしくお願いします」

 はい、と首を傾げつつ頷いて、わたしはオルウィスの執務室をあとにした。ふと、ヘイリオがわたしの前に立ち、わたしの足を止める。

「ヘイリオ?」

 しずかに、と鋭い声がとんだ。季節はもう冬に入っている。雪こそまだ降っていないが、空気は冷たく、日が落ちるのも早い。外はもう暗く、まだ誰も火を入れていないのか、廊下の先は薄暗い。


「っ」


 薄暗い廊下の奥から、甲高い女性の悲鳴が聞こえた。

 何、とわたしは口だけで呟き、吐息を感じ取ったヘイリオが、一つ頷く。

「すこし、様子を見てきます。姫様はここを動かないように」

「えっ」

「すぐに戻りますから」

 早足で行ってしまうヘイリオを呼び止めたくとも、怖くて大きな声が出せなかった。小さな声で「ま、まっ」と囁くだけに終わってしまう。

「……リゼット? いないの?」

 姿は見えなくても、いつもすぐ側にいるような気がしてしまうエリザベートを、呼ぶ。けれど返事は無かった。おそらく、明日に関係する何かで、陛下の元にいるのだろう。

「へ、ヘイリオ」

 そろり、そろりと、足を運ぶ。かたりと窓を叩く風にも身体を震わせてしまうのは、いやな予感が渦巻いているからだろうか。

 こんな廊下で一人取り残されたのは、ここしばらく無かったことだ。

 戻ってオルウィスの執務室で待っていようかしら。

 そんなことを思うけれど、でも、明日は忙しいと念を押していたし。

 ヘイリオは、まだ戻らない。


 少しって、どれくらいだろうか。


 思いながら、また、一歩、足を踏み出し、




 その足は、床を踏まなかった。




「失礼いたします、姫様」

 細い身体の誰かに担ぎ上げられている。え、え、と反転している視界の中、わたしはじたばたともがいた。なに、なんで、この人は、誰。

 何か布で口を塞がれる。なに、と思ったときには、喉が焼けるように痛んだ。 


 声が、出せない。


「あの化け物じみた騎士に気づかれると厄介なので、場所を移動します。暴れないでくださいね、落としたくないので」

 素早い移動が開始され、視界が回る。この細い身体のどこからこの速さが出ているのかと疑問がわき、恐怖が麻痺する。

 無理矢理に、声を出す。けれどそれはかすれてまともな音にはならなかった。


「わたしを、どこに連れて行くんです」

「どこにも。ただ適当な一室で、話をするだけです」

「話?」

「話をしたいと、望まれています」

 誰が、と聞く前に、「舌噛みますよ」という忠告をされる。言われた直後に噛みかけて、うううと口を噤んだ。


 しばらく人目を避けて城内を彷徨って、わたしは使われていない客間の一室でおろされた。

 丁寧な手つきに、暗い中、相手が女性だということに気づく。

「……あなたは、誰ですか?」

「この国の宰相ですが」


 はい?

 今、なんだか、とんでもないこと、を、そう言えば今まで会ったこと。


「嘘ですよ」

 言葉も出なくてぱくぱくと口だけが動く。

 さ、宰相を嘘でも騙るのは、こ、これ、怒られても文句は言えないのでは!

「呼んできましたよ。何か聞きたいことでも?」

 女性はわたしではなく、部屋の奥に向かって問いかけた。

 窓の近くに置かれた椅子に、誰かが座っている。

「そっかそっか」

 軽快な声。けれどそれは、男性のものだった。

「うん。ありがとう」

 女性は一礼して、私の後ろに立つ。何、とわたしは身体を固くして一歩足を下げた。

「話がしたいだけなんだ。私はここではいないものとして扱われているからね、怒られることも無い」

 君が訴えても私が罰せられることは無いんだよ。

 にこやかな調子で、そんな、とわたしはかすれる声でもらす。

「ちょっと気になることがあってね」


 声をかけられるたびに、迫る威圧感はなんだろう。男性はその場から動いていないのに。


「ねえ、春を呼んだお姫様」


 にっこりと、男性が笑った気がした。




「君はどうして春を、呼べたのかな」





読んでいただきありがとうございました!

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