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21.喜びのあまりとそれでも食い違う何か。そして不穏。

「陛下の手は、なんだか固いですね」

 頭にのせられた手の感触を、ウィリアローナはそう表現した。悪い、とエヴァンシークはウィリアローナの頭から手を離す。きょとんと瞬くウィリアローナに、エヴァンシークも「?」という顔をする。

 離した手を引っ込めながら、エヴァンシークはウィリアを伺う。

「無骨な手だろう」

「見せてください」

 手のひら差し出して、見せてみる。剣の鍛錬で作ったまめや、ペンだこ、お世辞にも綺麗な手とは言えない。

 ウィリアローナはじーっとその手に視線を落としていた。顔も近づけ、レースをかぎ針とともに膝の上に置くと、指も近づけ、エヴァンシークの手のひらをなぞった。

「すごい、この手で、剣を振るわれるんですね」

「む、あぁ」

 感心しきったようでしばらくエヴァンシークの手を見ていたウィリアローナは、今度は自分の手のひらを広げて見比べている。エヴァンシークの手と比べて、明らかに小さな手だった。

 ウィリアローナの手は、白く、細く、頼りない、苦労を知らない手だった。

 本のページをめくるか、刺繍の針、レース編み用のかぎ針ばかり持っている手は傷一つなく、わずかなとげにもすぐに傷ついてしまうだろう、と頼りなく思う。

「陛下が、剣を振るわれるってことを、たまに忘れてしまうんです」

 そうか、とエヴァンシークはうなずいた。それもそうだろう。ウィリアローナの前では、エヴァンシークは剣を振るうどころか帯剣さえしていない。婚約の儀の時に、使い物にならない儀礼用の剣を携えたくらいか。

 ウィリアローナに会いにいくときには、近くにヘイリオもエリザベートもいるということを知っているためと、ウィリアローナの前に物騒なものを持ち込みたくないという二つの理由があった。

 いくらでも戦をしてきたはずなのに、今は。

 ウィリアローナをこの国に招いた今は、一度だってしてたまるかという気持ちになっている。

「陛下は、強いのでしょうね。そう聞きました」

「皆が、優秀な騎士だからだ」

 エヴァンシークはいつもと同じように、素っ気なく口にしたはずなのに、ウィリアローナは突然破顔した。

「なんだ」

「いえ」

 言葉に反して、嬉しそうにしているウィリアローナに、エヴァンシークは繰り返し、「なんだ」と問う。

「いえ」

 む、とエヴァンシークが顔をしかめた。

「なんなんだ」

「だって、なんて言っていいかわからないんです」

 ふんわりと微笑む聖女に、エヴァンシークはわけがわからない、と呟く。内心では、楽しそうにしているから、まあ良いか、とも。

(だって、本当になんて言って良いかわからないの。陛下の顔を見ていたら、とても嬉しくなった)

 エヴァンシークがなんだ、とウィリアローナを見ている中で、ウィリアローナは微笑む。

(騎士たちのことを話す陛下は、とても優しそうで、嬉しそうで、誇らしそうで)


 でも、


「たくさんの大事なものを、なのに、とても遠い、高いところから、ひとりで、見下ろしてるんです……?」


「ウィリアローナ姫?」

 なんでもないです! はっと我に返り、思わず立ち上がりながらウィリアローナは叫んだ。目を瞬かせるエヴァンシークはウィリアローナを寝台の上から見上げ、立ち上がったウィリアローナは寝台の上のエヴァンシークを見下ろした。

 うう、と呻いて、ウィリアローナは膝の上から床に落ちたレースを拾い上げ、椅子に座り直す。

 彼女の一連の動作を黙って見守っていたエヴァンシークは、

「忙しそうに、くるくると表情が変わるものだな」

「陛下、それはとどめですか……」

 いや、そんなつもりは。弁解のようにエヴァンシークは言い添えるが、肩を落とし視線を下げたウィリアローナは聞いていない。

 なんと言ったものか、とエヴァンシークは言葉を探す。

(悪くない、面白い、見ていて飽きない、珍しい)

 浮かんでは消える言葉をかき集め、選び出し、舌にのせ口を開こうとしたところで、


「なんて」


 笑顔のウィリアローナが顔を上げた。

「陛下のお気に召そうがそうでなからろうがなんだろうが、構わないんです」

 今から、失礼なことを言います。お気に触ったなら、処分してくださって結構です。

 簡単に、恐ろしい前置きに、エヴァンシークの言葉が飲み込まれる。

「ハプリシア様のかわりとして、皇妃を全うする、なんて言ったわたしですから、どうか、捨て置いてくださってかまわないのです。看過できなければ、処分してください」

 その笑い方。先ほどの笑顔とは全く違う質のそれに、「下手だな」とエヴァンシークは呟く。「はい?」と返すウィリアローナには何も言わずに、ため息を吐いた。以前同じ言葉を聞いた時は、あんなにも血が逆流するような、頭の奥がカッとなるような衝動を覚えたというのに。

 表情の機微には疎いかもしれないが、さっきの今なら、さすがのエヴァンシークにもわかる。

(ウィリアローナ姫は、嘘が下手だ)

 一目で見抜けるそれを、ばれないと思ってやっているのだろうか。だとしたら、何のために。何故、そんな嘘を姫はついている。皇妃を全うするという言葉には嘘は無いだろう。ならば、嘘の部分はハプリシアの変わりという点だろうか。それが嘘であるなら。


「ウィリアローナ姫自身がそれを願っている、と思うのは、さすがに都合が良すぎるか」


「陛下?」

 優しい声を、心がける。

「ウィリアローナ姫」

 穏やかな表情を、心がける。

「はい?」

 突然熱でもありそうな顔色に変わったことで、エヴァンシークは驚きに瞬いたが、ちょうどいい、と寝台から立ち上がる。

「俺は姫を、幸せにしたい」

 ウィリアローナの表情が、くしゃりと歪んだ気がした。胸のあたりに見えない衝撃がくるが、これこそ捨て置く。身を翻して、ウィリアローナの部屋をあとにした。


 春になったら、遠乗りに行こうと、エヴァンシークは心に決める。これをもたらしたのはあなただと、あの姫にわかってもらえるように。一面に広がる花々や、できはじめの農村を見に行こう。





「姫様? ……ウィリアローナ様っ!」

 陛下は部屋を出て行ったというのに、なかなか寝室から戻ってこないウィリアローナを心配して、ミーリエルはおそるおそる寝室をのぞいた。そして、慌てて主人に駆け寄る。

 床に座り込んで寝台に突っ伏しているウィリアローナの側に膝をついて、ミーリエルはおろおろとその肩に手を添えるべきかどうか躊躇した。

「エル」

 短い声に、はい! とミーリエルは返事をする。

 なのに、しばらく待っても続く言葉は無かった。

「姫様?」

 ミーリエルが呼びかけても、返事は無い。困ったミーリエルは、ええと、と視線をさまよわせ、問いかけるべき言葉の正解を探す。

「……どうしたんですか?」

「……なんだか」

 どうやら正解を呟けたらしい。言葉を返してくれたウィリアローナに、はい、とミーリエルは応える。

「なんだかね、……嬉しいの」

 宙を見つめるウィリアローナは、先ほどの時間を思い返しているのだろうか。のろのろと突っ伏していた寝台から顔を上げ、両手のひらを自分の頬に当てる。

「陛下と、あんな風に言葉を交わせたのが、手を伸ばしていただいたのが、とても」

 姫様。とミーリエルはウィリアローナの様子に目を見張る。本当に嬉しそうな彼女の様子に、あぁ、とミーリエルも嬉しくなった。

(よかったです)

 ヒューゼリオの時と同じ言葉を言いそうになって、ミーリエルは口をつぐむ。


 姫様は、きっと、ちゃんと、陛下のことが……。


 そしてそれが、続く言葉で正しかったとすぐに判明した。

 この上なく嬉しそうに、ウィリアローナは目を輝かせて、ミーリエルに振り返る。


「陛下からは、何もいただくことは無いとわかっているから。だから、言葉を交わすことで陛下の安らぎになるなら、それだけで、嬉しいの」

「っ」

 ミーリエルは、言葉を返せなかった。

 違う、と言いかけたのに、言葉が出てこない。正しいかどうかもわからず、口を閉ざす。

「幸せにしたい、と、あの方は仰ってくれたの。くれたのだけれど」

 喜びを語る唇からすっと息が吸われ、ゆっくりと、吐かれる。

「今のままで、十分だわ」

 これ以上、わたしが望んでいいものなど無い。


 ウィリアローナの喜んでいる様子と、語る内容の温度差に、ミーリエルの戸惑いがふくれあがる。ちがいますよ、姫様、そんなの、もっと、望んだって陛下は。


 けれど、ミーリエルはあまりにもエヴァンシークを知らなすぎた。

 そんなこと無いと言い切れるだけの根拠が、ミーリエルの中には無かったのだった。


 ミーリエルは知らないことだが、かつて、ウィリアローナは思い知らされたはずだった。選べることを知るべきだ、と。

 ならば、今は。


 つかみ取れるものがあることを、彼女は、知るべきだった。





 城のどこかにある一室で、報告を聞いた男性が「えぇ〜」と脱力し突っ伏する。

「そんなことになってんの? そっかそっか。いやー馬鹿だねあの人もー」

 いや、さすがというべきか、と男性は肩をすくめた。

「そんなんじゃせっかくの聖女様幸せになれないじゃん? できないじゃんあの人? 私が攫ってしまおうかね。リンクの妹だしそれくらいけろっと順応しそうじゃ無いかい?」

 却下を示す声に、そっかそっか、と男性は両手を上げる。

「いくらろくでなしの先帝の子どもだからってさー全然離されて育ったわけでしょ? お互いろくに知らないじゃん?」

 かーっ、血って奴は怖いねーと、男性は椅子に座った状態で両手両足をばたつかせ、やがて疲れてぐったりと椅子に身体を預ける。

「皇帝陛下をよろしくって言っちゃったよ私。もしかしてそれが悪化させたとかないよね? うーわ怖いねー」

 そうですね、という言葉に、本当に焦ってるの君、と男性は苦笑する。即座に返された否定に、そっかそっか、と男性はくっくっと笑った。


 本当に。


「私がかっさらってしまおうかね?」


 よっぽど幸せにできる自信があるよと、男性はにっこりと微笑んだ。



読んでいただきありがとうございます。

これからもよろしくお願いします!


雑記

 やっと……やっとなんかこの、楽しそうな感じになりました! 後半ちょっとあれですが! ウィリアさんちょっと? 陛下早くこっちきて! ってなってますが!


 そしてまた男性。何かする気満満です。

 31日までに終わるかな! どうかな!

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