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18.一日の終わりに


 思わず、かたんと椅子がなった。その音に対してか、陛下が一度わたしを見る。訳が分からないという顔をしていたのだろう、意外そうな顔をして、陛下はヒューゼリオを示した。

「ヒューゼリオ・ヂ・シュバリエーン。自身の出自もさることながら、何カ国もの人間と個人的な繋がりのある、大陸一の重要人物だ」

「は」

 い?

「何カ国だったか」

 陛下の言葉に、ヒューゼリオはさぁ、と返す。なんだかんだで把握しているに違いないのに、そのしらばっくれ方がわざとらしかった。

「大陸の古い国のほとんどと、強い繋がりを得ていると聞いた。神聖王国に次いで古い歴史を持つ古王国や、芸術国、機械の知識もあるらしい」

 いくら大国ヴェニエールでも、それら全てに影響力があるといわれるヒューゼリオに対して、うかつに手は出せない。

 それはわかった。でも、だって、ほんの少し前まで、ヒューゼリオはわたしとずっと屋敷にいたはずなのに。

「……ヒューゼ、たった二年で何をしてきたんです」

 留学だの学院だの、姉に聞いた話では、そんなこと一言も。

 対するヒューゼリオは、相変わらず肩をすくめてみせるだけだった。別に、と、返事はするものの素っ気ない。

「……常人じゃ五年以上かけてもできないことを、二年でやってみせただけだ」

 絶句する。

 その態度と、やってみせただけ、という言葉で実際にしたことに。

 姉が先ほど兄も母も姉自身も絶句したわ! と叫んでいたけれど、わたしだって言葉が出ない。

 それで、とヒューゼリオが陛下を見る。

「俺にウィリアを連れ去られたりなんかすれば、うまく動くこともできないんだろう。だからわざわざ公務を放り出して、こんなところまで来て。花嫁のことも何一つ信用していないな? それでも皇帝か。仕事しろ。ここの議会がどうなっているか、そろそろ嗅ぎ付けられているぞ」

 一息に言い切った。

 その全ての暴言に対して、「わかっている」の一言ですませた陛下に、ちょっと尊敬しました。「全てにいちいち目くじらたてている場合ではないのは確かだからな」と、陛下はわたしに囁いた。

 その上、

「……あなたのような人材が生憎不足している」

 ええと、陛下さりげなく勧誘してません。

「嘘をつくな、面倒な奴を呼び寄せておいて」

 ヒューゼリオも即座に返している。なんだろう、まだ続くんですかこれ。姉がこのお城に泊まることまだ言ってないんですけど。

 この調子だったら陛下が言ってくれるかな。


 陛下が執務についていないうちに、会いにいきたい人がいるのだ。


 わたしはそっと、その場を離れた。







 相変わらずついてきてくれるヘイリオとともに、わたしは城内の中枢へと足を踏み入れる。会議室や、陛下や議員の執務室がある棟だ。

 一室を前に、少し緊張しながら扉を叩いた。

 侍従が顔を出し、わたしの姿に目を丸くする。慌てたのか、二三歩もつれるようにして下がった。

「どうした」

 声に、わたしは背筋を伸ばす。侍従の後ろから、その人は姿を現した。わたしを見つけて、やはり目を丸くする。

 わたしは、衣裳の裾を軽く持ち上げて、挨拶をした。

「本日は、お願いがあって参りました」

 彼は、困ったような顔をする。取り繕うことの無いその様子に、好感を持てた。

「オルウィス様」

 はいはい、と諦めたように彼はうなずいて、どうぞ、とわたしを招き入れる。

 オルウィスの執務室は、とても綺麗に整理されていた。もっと雑然としているイメージだったのだけれど。

 扉から入って、目の前に応対用の机や長椅子の一揃えが、右手の方には、コの字型に執務机が並んでいる。手前の机の側には先ほどの侍従が立っていて、右奥の机はオルウィスのものだろう。しかし、奥の机は普段誰かが使っている形跡はなかった。

 じっと見つめているわたしに気づいたのか、オルウィスが補足してくれる。

「たまに陛下がここで執務をするんですよ」

「陛下が?」

「なんだかんだでどっちかというと机仕事が苦手な方ですから、それでも器用にこなしていますけど、行き詰まると俺の意見を聞きにくるんです」

 扉の側から動こうとしないわたしに、オルウィスはじっとわたしを見つめ、あぁ、と声を上げる。

「それで、よくここに来ましたね」

 苦笑された。知らない男の人ばかりで、足がすくんでいるのがバレてしまっている。

 最近、部屋の外で待っているヘイリオの側にいるのも、身体が強ばるようになってしまった。

 平気だと、思ったのに。

「それで、お願いとは?」

 なにか予想している口ぶりだったため、わたしも遠慮しなかった。

「この城の業務の何かを、手伝わせてください」

 ぽかん、と口を開けているのは侍従だ。そんなに変なことを言ってしまっただろうか。

「……陛下の、お役に立ちたいんです」

 すぐの返事は無い。オルウィスはわたしのことをじっと見つめていて、何か、値踏みしているような無遠慮な視線にわたしは耐える。

「ふーん」

 やっと返ってきたのは、そんな言葉だった。

「俺はね、ウィリアローナ姫。陛下に五年仕えてきた。あの方は、俺を使ってくださるが、片腕として側に置かれたことは一度も無い。俺じゃない別の人間が、もう長いことそこにいる。陛下はその人しか信用していないし、信頼していない」

 執務に限ったことかもしれないし、そうじゃないかもしれませんが。

「ここにくれば、それを、思い知ることになりますよ」

 それでも、陛下のために何かしたいという思いは、変わりませんか。

「はじめから、見返りなど求めていませんから」

 ぽつりと呟く。なるほど、とうなずくオルウィスは明るかった。

「陛下の役に立ちたいって思う気持ちは、わかりますよ」

 うん、とオルウィスはうなずいて、侍従に視線を向ける。えっ、と戸惑う彼は、にっこりと微笑む上司に中途半端な笑みを返す。

「俺と同じ場所に、立ってみるかい?」

 苦しくとも、構わないかい?

 そう言うオルウィスに、わたしは、うなずいた。



 長い一日が、終わる。





読んでいただきありがとうございました!


ほんと長かった。この日、7話から始まってんですよ……。


雑記

ようやっと話が動きそうな感じですね。いやな予感もぷんぷんしますけどね!

あとちょっと不穏なお知らせですが、四章で終わらせるつもりのはずだったんですけど、もうさんざん言ったはずなんですけど、もしかしたら全五章になるかもしれません。

いや、三章が思いのほかっていうかシュバリエーン勢がやりたい放題過ぎて……。

そのかわり四章だけだった恋愛要素が、四章五章と長丁場になるかもしれません。

一章増えなかったら、三章四章は25話じゃ終わりません。はい。

ちょっと検討してみますねー。

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