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17.可能性の話、事実だけの現実。




 結局、レース編みをしつつ夕方になるのを待って、わたしは図書館へと向かった。相変わらず、ヘイリオがついてきてくれる。

 気がついたらいつも横にいるのだけれど、いつからだったのだろう。不思議だ。気配を消すのが上手で、でも、安心できる程度の存在感がある。

 姉の言う通りなら、ヒューゼリオがいるはずなのだけれど。

 ぐるりと見渡し、思いのほか簡単に見つかったことに拍子抜けする。本棚と本棚の間の机で、傍らに本を積み上げつつ黙々と読むその姿に、懐かしさが過った。これ、姉は夕方にはって言ってましたけど、朝からずっといたんじゃないでしょうか。

「ヒューゼ」

 あまり大きな声は出さず、短く呼びかける。ゆっくりと余裕を持って振り返るヒューゼリオに、わたしもゆっくりと近づいた。

「朝は、何も言わずに逃げたりして、ごめんなさい」

 別に、と返事は素っ気なかった。変わらない仏頂面に、平生からこれなのだから誤解されやすいのだと、思わず難癖を付ける。

「俺も、いきなり過ぎたとは思っている」

 隣に座るか、と聞かれ、素直にうなずいた。わたしが椅子に腰掛けるまで黙っていたヒューゼリオは、少しして口を開く。

「兄も、俺も、ウィリアローナは公爵家の兄弟の中の誰かと結婚するものだと思ってたんだ」

 初耳だった。まぁ、聞く耳を持つようになったのがそもそもハプリシア様のもとへ言ってからだったため、当然かもしれなかったが。

「兄は、もしもウィリアローナの引き取り手が誰一人いなかったなら、貰ってやろうと笑っていたけれど、俺や、ゼルクは」

 言葉の先を、切ってくれてよかったと思った。どうして良いか、分からなくなるだけだ。

 ゼルク。ゼルクバート。上の弟で、シュヴァリエーン家の第五子にあたる。わたしが第四子として入るなら、だけれど。歳は、一つか二つ下なだけのはずだ。ヒューゼリオと比べると、確かに近い。上の兄など、もっと遠い。

 まぁ、結局、陛下は上の兄よりも歳が離れているのだけれど。

 可能性の、話というだけだ。

「例えば、あのままだったらウィリアは誰のものになっていただろうな」

 ヒューゼリオは、可能性の話だ、と付け足す。そう、可能性の話、とわたしはうなずく。

「きっと、ずっと、ヒューゼの側にいたでしょう」

 何度でも口にできる。わたしは、あの頃、ヒューゼの側にいるのが当たり前だった。望んだとか、選んだとか、そういうことではなくて、ただ、当たり前だった。あの時抱いていた感情が、なんて名前かは知らない。

 ハプリシア様もこず、他の世界を見ようともせず、ヒューゼリオの隣で、本を眺めているだけで満たされていたあの頃。あのままなら、わたしはきっと、何の疑いもなくヒューゼリオのそばに居続けただろう。

「ただ、わたしはハプリシア様のものになってしまったの」

 可能性の話は、ここで終わりだ。

 ただの事実が、現実には残っている。

「そして、わたしはこの国に嫁いで、陛下のものになったのよ」

 それでも、誰かのものであるよりもその前に、わたしは、わたしのものなのです。

 そう言ったわたしを、ヒューゼリオはじっと見ていた。

 ともすれば冷たい視線としか思えない青い瞳の眼差しは、優しさをはらんでいることをわたしは知っている。

 わかっている。

「これからも、きっと、ずっと、そう」

 そうか、とヒューゼリオは返した。

「変わったな」

 その言葉に、わたしは微笑む。誉められたような気がした。嬉しくて、微笑みながら数度うなずいた。

「きっと、あのままだったら、俺はウィリアのそんな表情を見ることもできなかったんだろうな」

 どうだろう。ヒューゼリオのことですから、きっと、そんなことも無いと思いますよ。と、言いそうになって、思いとどまる。可能性の話は、終わったのだった。

 微笑むだけにとどめたら、ヒューゼリオは朝と同じように、まぶしそうにわたしを見て目を細めた。

 優しい表情だ。誰が見てもそう思えなかったとしても。

 わたしは知っている。


 すると、背後から突然、わたしとヒューゼリオの間に腕が差し込まれた。

 その手はそのまま机に手のひらをつき、目を丸くするわたしのすぐ側で、声がする。


「ここで何をしている」


 丸くした目を、瞬かせた。お昼に別れたばかりだというのに。

 陛下が、そこにいた。


「陛下」

 呼びかけたのはわたしなのに、陛下はヒューゼリオをじっと見下ろしていた。ヒューゼリオをもじっと見返していて、「先日の非礼をお詫びする」とだけ、口にする。

 ヒュー、ゼ? それ、座ったままで言うことでしょうか?

 戸惑うわたしの視線はすっかり無視され、また、少し沈黙があって、突然ヒューゼリオは、「あぁ、なるほど」と合点が言ったように呟いた。

 なにが、なるほどなんですか。

「妹を、よろしくお願いする。ヴェニエール皇帝」

 なんて不遜な言い方だろう。もっと他に、なんというか、腰を低くしてほしいとまでは言わないけれど、陛下なんですよ? 大国ヴェニエール帝国の、皇帝陛下ですよ? なんでそんな態度なんですヒューゼ? なんでそんな皮肉っぽくしか言えないんです?

「何も知らないものが見たら、ただちに捉えられるようなことをする」

 さすがの陛下もそうぽつりと言うしか無いようだった。

「できるものなら」

 それなのに、ふんとそっぽを向ける兄の度胸がどこからくるのかがわからない。その表情は冷たく、もうすこしオルウィスやエリザベートのような茶目っ気があれば良いものをとわたしは口にできるはずも無く思うだけにとどめる。

「まぁ、できないだろうが」

 あの、姉の血縁であると心底思えてしまうのがなんだか悲しい。というかもしかしてシュバリエーン公爵家のわたしのきょうだいってみんなこんな感じですか、もしかして? そんなこと無いですよね?


 おそるおそる振り返ると、陛下の表情は何とも言えない表情だった。何か言いたげに何度も言葉を飲み込んでいて、もう何でも言っちゃっていいですよとと思ってしまう。繰り返すようだが、言えるわけは無い。


 悩みに悩んだ末に、陛下はヒューゼリオへと口を開いた。

「……できるわけ、ないだろう」



 ……どういうことです。陛下。




読んでいただきありがとうございます!

今後もよろしくお願いします!


今夜も滑り込みですむしろよく間に合いました! よかった!



雑記

シュバリエーン家だけで一大勢力になるような気がしました。

これ、読んでわかるように一番上のお兄ちゃんもなんだかんだくせ者ですよって。

まぁ、王家の他に公爵家あってこその、小国でありながら強国、といったところでしょうか。神聖王国ニルヴァニア、歴史もあり、鉱山保有の小さな国です。小国でも帝国にさくっと嫁げるほどのお家柄。と言ったところでしょうか。


どうでもいいけど、シュバリエーン公爵家の男子はのきなみ婚期逃しそうっていうか遅れそう。

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