14.自由な小鳥と姫君の建前
硬直するわたしを見て、姉様はため息を吐いた。馬鹿ね、本当。と呟いて、陛下を一度睨みつけてから、わたしの方へと歩いてくる。
とても逃げたい。
けれど、後ろは開かない扉で、姉様は出入り口の方にいて、どこをどう逃げても、すぐに追いつかれてしまうとわかりきっていて。
姉様は、わたしの目の前に立った。
「あなたが覚えてるかどうか知らないけどね、私とあなたは小さな頃から友人だったのよ」
「……友人?」
というと、友達ということで、そんなの、そんなこと。
「私の母と、あなたの母が友人だったのは知ってる? だからこそ、ウィリアローナはうちに引き取られたわけなんだけど」
知ってる、とわたしはうなずく。けれど、だからと言って。
「母はよく、私を連れて伯爵領へ行ったわ。ウィリアローナのお母様は、伯爵領から出るのが難しくて、だから、よく会いに行った。私自身も、人の多い公爵家のある王都にいるよりも、ずっと調子が良かったから」
だから、妹だなんて思った日はなかったの。
「あなたは私にとって、私との時間を忘れてしまっていても、大事な友人で、私自身幸福を願い、そして、そんな願いを託されていたから」
ごめんなさいね、と姉は微笑む。まったく悪びれていない表情で、わたしの頬にそっと触れる。
「姉と慕っていてくれているのに、姉になれない私で、ごめんなさい。だから、私、ウィリアのこと全く知らないの。友達としての距離しか、保てなかったから。それでも、あなたのことを知った風に話せるのは、話して聞かせてくれた人がいたからよ」
「……わたしのことを?」
姉様に、わたしのことを話して聞かせた人がいる? いったい誰が?
姉が微笑む。理解できないのに、何かの予感がした。
「ハプリシアが、私に話して聞かせてくれたの」
「……姫様、が? なんで」
わけがわからない。わたしは、あの方に許されていたのだろうか。恨まれていなかったと思って、良いのだろうか。
「今でもよく覚えているわ。ねえ、何度も聞いているけど、あなた、ハプリシアに何をしたの?」
「何って」
「我が侭放題のお姫様も招待して、公爵家でちょっとしたパーティーを開いて。そしたらその後すぐに、あなたがお城に呼ばれたわね。ハプリシアの侍女として、近くにこいって。パーティーの時、あなたとハプリシアが会ったのは確かでしょうね。その時、何があったのって」
たしかに、沢山の人にそのことは何度も何度も聞かれた。けれど、わたしにはわからない。ただ、出会った。それだけだ。言葉も交わしていないのに。……一方的に何事か言われた覚えはあるけれど.
「呼んだら呼んだでハプリシアはあなたにべったり。我が侭放題だったのが鳴りを潜めて、真面目に国政にかかわるようになったというから、いったいどんな魔法を使ったのかって社交界じゃしばらく噂になったものだわ」
知ってた? と姉は陛下にまで話を振る。
「しかも、ウィリアが何も言い出さないからって一切休暇もなく、公爵家からは連絡も取れない。かろうじて軍にいらっしゃったお兄様が、聞こえる噂を持ち帰って、知らせてくれたくらいだったのよ」
そして姉はぽつりと、あの頃のヒューゼリオの荒れ方はひどかったわね、と囁いた。
「……兄様が?」
「あぁ、ひどかったって言っても、まぁ、ひどかったのはひどかったんだけど、なんて言うのかしらね、あなたの面倒を見ているときも、家庭教師を呼んだり剣術教師を呼んだりして何もしてなかったわけじゃないんだけど、あなたが公爵家から連れ出されてしまったから、もう公爵家にいる理由は無いって言わんばかりに、あっちこっち外国へ短期留学をはじめて」
何カ国行ったかなーと姉は指折り数えながら、陛下のすぐ横。寝台に腰を下ろした。口も挟まず黙って聞いている陛下の顔は、どこか怖い。
「だいたい各国一ヶ月くらいのものなんだけど、それで中途編入した学院の単位とって三年のカリキュラムを短期留学込みの二年でこなして卒業認定受けて」
ねぇ、ひどいものでしょう? と呆れたようにわたしに向かって姉は言う。
「こーんなに優秀だったのに、屋敷にくすぶってたかと思うと、母様も兄様も私も絶句よ! 絶句! 私なんてもう必死に勉強して卒業したって言うのに! リンクやレヒトにこれでもかーって引っ叩かれながらなんとか卒業試験通ったっていうのに!」
ヒューゼリオの優秀さは、わたしが一番よく知ってるので、はぁ、やっぱりそう、と呆れるしかなかった。
「話がずれたわ」
ふむ、といいながらも、姉はわたしの寝台に横になる。
「でも疲れたから寝るわ。話はまた今度。明日かしらね。ああそうだエヴァン、今日はお城に泊まるから、部屋を用意しててくれる? それからウィリアローナ、ヒューゼリオが夕方図書館にくるだろうから、私がここに泊まるってこと伝えといて」
それじゃ、と姉はわたしと陛下に背を向けて、丸くなった。
「えー……」
呆気にとられて止めることもできず、これから起こす気力も湧かず、わたしは陛下へと視線を移した。陛下も呆れたように視線を落としていて、わたしの視線に気づいたのか、顔を上げる。
目が合ったため、ごまかすように、笑い話になるように、笑顔を浮かべてみる。
「ハプリシア様のかわりに、あなたの皇妃を全うすること。それが、わたしの願いでした」
そうか、と陛下は言う。
「あっ陛下、そろそろ、って誰ですかそこで寝てるの」
ちょうどやってきたオルウィスさんに、「戻る」と言って、陛下はわたしを振り返った。
「またくる」
「はい。お待ちしてます」
わざわざそう言われたことに驚いた。これは、本格的に嫌われてしまっても、文句は言えないと思っていたぐらいなのに。
「また妙なこと考えてません? 姫様」
「リゼット」
そう言えば、いたのでした。気配がなかった気がしたけれど、気のせいでしょうか。
「それで結局、姫様はへーかのこと好きなんです? 嫌いなんです?」
「へぁっ?」
変な声が出た。だってあまりにも唐突だそんな質問。
にっこりと、髪結い侍女だったエリザベートは微笑む。
「さっきの話、どれが建前だったんですかね?」
壁を背にするわたしに、本気とは到底思えない笑顔で迫る。
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二人っきりなるなといいつつ、ウィリアとリゼット二人っきりですよ陛下?