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11.情けなさと、胸に響いた何か。



 考えるそぶりも無く、はぐらかすようなセリフに、ますます疑問が生じた。こんなに、言葉を気軽に返す事のできる娘だっただろうか。

「……ただ」

 先ほどの即答の分も使うかのように、ウィリアローナはたっぷりと沈黙を使った。

「…………でも、そうですね。たしかに。……一番」

「ウィリアローナ」

 何かが不満だった。

 カーテン越しに、エヴァンシークの部屋へと続く扉に触れながら、こちらに背中しか見せずに語るウィリアローナに対して。

 何かが、不満だった。

 何が、とは思い至らぬままに、エヴァンシークはウィリアローナの言葉を遮るようにして、彼女の名前を呼ぶ。

「……はい」

 言葉を遮られた事に対し何か思う事も無く、ウィリアローナは振り返り、エヴァンシークを見る。しかし、扉に背を預け、そこから動く様子は無かった。

 遠いな、と思う。歩み寄ろうとしているウィリアローナを遠ざけているのはエヴァンシーク自身だが、それがどうした、とその事実に構わないのも彼だった。

「姫の、望みはなんだ」

 望み、とウィリアローナが呟く。赤紫の瞳は、静かに凪いでいた。そこへ、重ねてエヴァンシークは問いかける。

「……どうすれば、私は姫を不幸にせずにすむ」

 ゆっくりと、ウィリアローナの目が見開かれていくのが、エヴァンシークにもわかった。

「そ……れ……」

 ぱくぱくと口を動かすウィリアローナの言葉を、エヴァンシークは黙って待った。

 エヴァンシークの態度にむぐむぐとウィリアローナは口を噤むが、少しの間の後、眉を寄せて口を開く。

「そういうの、は、男の人が女の人に聞くべきではない……、と」

 今度はエヴァンシークが目を見開く番だった。しかし、続く言葉が見つからない。言葉を探して発するために口を開こうとするが、探しても見つからない以上情けない様子になるに決まっていたため、なんとか口を開けぬまま思案していた。

「ま、まして、いくら帝国の皇帝、とはいえ、女性にとって、婚約している、相手から、聞きたいセリフではない、と、聞きます」

 一言ずつ区切りながら、言うべきかどうか迷いながら、それでも言い切ったウィリアローナは、そっとエヴァンシークを伺い見る。

 言葉を返せないまま固まっている皇帝陛下に、笑ってしまいそうになるのをこらえ、目を伏せる。

「わたしは、そういう、決まり事とか、手順とか、マナーとか、知りませんし、聞いてもわかりませんし、物語で読んだ事はあっても、自分の身に振る事のない絵空事でしか、ありませんでしたけど」

 ええと、そうじゃなくて。今の忘れてください、とウィリアローナは両手の平を胸の前で振った。

「わたしの望み、願いを、陛下は知りたいのですか」

 エヴァンシークは答えなかった。既に自分が問うたものに対して、確認の復唱に、わざわざ答える意味はなかったからだ。そんなエヴァンシークに、ウィリアローナか首を傾け、質問を変える。

「……叶えて、くださるのですか」

 これにも、エヴァンシークは何も返さなかった。叶えられない願いが存在するためだ。できる限りは叶えたいと思っているが、それでも、大国の皇帝でありながら、エヴァンシークは少女一人の願いも叶えられない自分を知っていた。


 遥か高みに、いるというのに。


 そんなエヴァンシークの心中を知っていてか、ウィリアローナは小さく息を吐いた。そして、微笑む。

「陛下は、優しいです」

 目を伏せたままの微笑みは、誰に向けられたものかはっきりしない。日の光が差し込む室内で、カーテンの陰になっている場所に、ウィリアローナはいた。光のあたらない場所から、エヴァンシークに問いかける。

「陛下は優しい。なら、優しい陛下は、どうして、わたしの望みを問うのです。なぜ、願いを叶えようと心を砕き、幸福であれと、わたしに祈るのです。その優しさは、どこから生まれるものなのでしょう」

 わたし、なんかに。


 言葉尻の真意を捕らえ、とっさに否定を口にしようとして、エヴァンシークは言葉にする事ができなかった。眉を寄せ、自分の中にその答えがない事に気がつく。

 国のための様々な業務。日がな一日こなしていくだけで量が一日に増えたり減ったりするだけのそれに、余計な事を考える間もない日々。

 考えたら行動する。国のためであれば、オルウィスや数少ない使える議員、またその補佐役と額を付き合わせ、何時間もかけて、吟味する。個人の感情やひらめきのさらにその奥など、久しく考える事など忘れた。

 だから、エヴァンシークはただ、思いつくままを口にした。

「皇妃には、幸せに、と」

「何故、陛下は皇妃を幸せにしなければならないのですか。陛下は、国のために、今までも十分すぎるほど尽くしてこられたはずです」

 ウィリアローナの言葉は鋭かった。エヴァンシークは、いつの間にこんな風に話すようになったのだ、と驚く。エヴァンシークの方を見ないままに、ウィリアローナはカーテンの陰で言葉を紡ぐ。


「皇妃が、陛下の幸せを思って、支える事の、どこに不思議がありましょう」


 小さな声だった。小さな声で呟かれたそれは、ウィリアローナの覚悟だ。ウィリアローナが皇妃として、すべき事の全てだ。

「ウィリアローナ?」

 離れた場所での小さな声に、エヴァンシークは聞き取る事ができなかった。何か、ささやいたという事実だけを、エヴァンシークは拾い上げる。

「今、何を」

「陛下」

 顔を上げ、ウィリアローナは微笑んだ。

「私の、話を聞いてくださいますか?」

 時間は、大丈夫でしょうか、とウィリアローナは外を振り仰ぐ。いざとなれば、誰か呼びにくるでしょうか、と呟いて、

「先ほど遮られたのが、もし、話題が理由でないのなら。先ほど話しかけた事を聞いていただいても、よろしいでしょうか」

 一度、エヴァンシークが遮った話。

 ヒューゼリオ・ヂ・シュバリエーンの話。

 それが、今日の上の空の原因か、とエヴァンシークの方でも察した。

「混乱しています。脈絡の無い話になる事もあるかもしれません」

 でも、とウィリアローナはエヴァンシークの菫色を、赤紫で受け止めた。


「はっきりさせなければ、いけない事が、あります」

 じっと見てくるウィリアローナに、半年以上も前になる、初めて会ったときの事を、思い出す。

 誰も入ってくる者などいないと思っていた閉架図書室。その扉が開く音に、本棚の陰から顔を出して、見つけたもの。黒髪を結いもせずに背中で跳ねさせながら、階段を上る小柄な後ろ姿。

 見た瞬間に花嫁だと理解した。その姿に、頼りなげな身体に、どんな気持ちでこの国にやってきたのかと、途方に暮れる。

 幸せにしてやらなければと思ったのだ。なのに、この国にいることこそが彼女の不幸に違いないとも思えた。そうに違いないとしか思えなかった。

 階段から足を滑らし、受け止めたときの軽さに、この身体のどこに重圧を乗せられるかと思ったのだった。

 それが。


  ウィリアローナを眺めながら、エヴァンシークはぼやいた。

「ほんの半年かそこらで、ずいぶん変わるものだ」

 エヴァンシークは最初、ウィリアローナを小動物かなにかとしか思えなかった。離れた場所で、震え、なかなか懐かない、小さな生き物だ、と。

(……どこか変わった。どこが変わった?)

 肩は相変わらず華奢で、身長は、伸びたのだろうか。結局エヴァンシークからすれば見下ろすしか無いため、その変化はわからない。

 今でも、十分幼く思えるのに。

「……話を、聞いてくださる気はあるのですか」

 ぽつりと、ウィリアローナが切り出した。あぁ、とエヴァンシークはうなずく。

 まっすぐ向けられる意思に、変わったものだ、とエヴァンシークは感心する。

「聞かせてくれ、姫」

 はい、とうなずき、滑らかに話し始めたのは、何よりもウィリアローナ自身がエヴァンシークに聞いてほしかったのだろう。


「兄の話を。わたしにとって最初の一人である、ヒューゼリオ・ヂ・シュバリエーンの話を、させてください」



 彼女にとって、ヒューゼリオという血のつながらぬ兄が、いったいどんな存在であるかを。






読んでいただきありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。


雑記

じりじりと。もうすこしとんとんと話が進めば良いのに。精進。

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