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7.覚えた名前と、告げられた言葉




 最初に覚えた名前。

 特別に思わないわけが無い。

 大切に思わないわけが無い。

 だってずっと、ずっと側にいてくれた事を知っている。

 何も返そうとしないわたしに、不本意な様子で、それでも視線を合わせて対等であろうと居続けてくれた事を知っている。

 何も知らないと思っているだろう。

 覚えてないと思っているだろう。

 あのころは、何も感じていなかったはずだ。だから、今いるわたしは、あのころの事など何も知らないと思っている。


 そんなことない。

 覚えてる。



「驚いた」

 寝台の上で膝を抱えて、わたしはそっと唇を抑える。思わずこぼれた言葉に、これ以上続けないよう蓋をする。

 何が驚いたって、ヒューゼリオだ。

(見違えた)

 何年会っていなかっただろうか。

 わたしがお城で侍女をするようになってから、会っていなかった二年。

 それだけの期間でヒューゼリオにどんな変化があったか知らないけれど、あんなにまっすぐ見つめられるとは思わなかった。

 次に会えるのはいつだろう、と考える。リンクィン殿下の婚儀には出席するつもりは無いから、ひょっとしたらしばらく会う機会は無いかもしれない。

(姉様が、お城にくると言っていたけれど)

 まさかヒューゼリオもついてくるわけが無いから、そのときそれとなく聞いてみようか。

(ヒューゼに言いたい事がある)

 ここに来なければ思わなかった事かもしれないけれど、伝えたい、言葉がある。

 いつかでいいのだけれど。

 それでも、必ず。




 と思っていたはずなのに。

 さて、どうしてこうなってしまっているのだろう。

「……あの」

「何か」

 呼びかけに対する返答は素早かった。わたしはええと、と視線をそらす。逸らした先にはヘイリオがいた。最近よく見る困った表情で笑っている。器用だ。

 じゃなくて。

 青い瞳を前にして、どうしようと途方に暮れる。

 目の前に、先日会ったばかりの、ヒューゼリオが立っていた。


 思い立ったのは朝、図書館に行こうと思い、貴重な専門書がある閉架図書室ではなく、城に併設してあり一般にも開放されている図書館へ向かった。気晴らしに読めるような簡単な物語を探したかったためだった。

 侍女に声をかけて、図書館を目指していると気づけばヘイリオが側を歩いていた。

 まだ、危ない状況なのだろうか。本当に緊迫しているなら止められるだろうから、きっとその心配はないのだろうけれど。

 そんな事を思いながら、図書館にたどり着いて、その中に入る。

 あまりの本の多さに圧倒された。人はまばらで、しんとした静けさに満ちている。

 目的のものを探すのは最後にして、本棚の間を行くあても無く歩いた。

 時間を忘れて、夢中で本を開いた。


 そして、

 一番奥の棚を曲がったときに、人にぶつかったのだ。

「ん、わ」

 後方によろけた身体は、腕を掴まれ引き止められる。手の感触や、身体の大きさに、あぁ、男の人だ、と思った。

 そして同時に、なぜだか、陛下、を。

「……ウィリア」

 予想もしていなかった声が頭上から聞こえて、それらのわたしの思考は真っ白になった。あれ、と疑問符に満ちて、顔を上げる。

 冷たい、とも言える青い瞳が、わたしを見ていたのだ。



 掴まれた腕はそっと外され、それでも立ち去ろうとしないヒューゼリオに、わたしは何か話そうと思考を巡らす。そもそもどうしてこんなところに、兄はいるのだろう。

「ええと、あの、ヒューゼ? どうして、ここに?」

「……ウィリア」

 問いかけたのに、再度呼びかけられた。なあに? とわたしはヒューゼリオを見上げる。

「どうしたの。ヒューゼ」

 わたしがそう答えると、ヒューゼリオの表情から、冷たい雰囲気が消える。苦笑しているのか、と思える様子で、「ヒューズ」と訂正された。

 いいえ、とわたしは首を振る。

「ヒューゼ、で覚えてしまいましたから」

「ヒューゼ、までしか覚えられなかったのだろう」

 あの頃。そうですね、とわたしは微笑む。ヒューゼリオは、まぶしいものでも見るかのように、目を細めた。

「こうして本が沢山ある場所で、お前と話していると、あの頃に戻ったみたいだ」

 同意を求めてこないところに、きっと、兄はわたしがあのころの事を覚えていないと思っている。

 あの頃。

 わたしが、シュバリエーン公爵家の、書庫に住んでいた頃。

 毎日のように、ヒューゼリオが会いにきてくれていた、日々。


「ウィリア」


 呼びかけに、「はい」と答える。

「お前は、俺の事が嫌いだったか?」

 何故そんな質問、と不審に思うと同時に、首を振っていた。

「いいえ」

 ヒューゼリオの頬がわずかに緩む。よかった、と小さく呟かれた気がした。

「お前、国を出たくなかったはずだったな」

「はい」

 事実だった。わたしはあの国で、生きたかった。

「王女の侍女として、誰とも結婚する気はなかったはずだ」

「はい」

 それ以外は、何もいらなかった。

「男が苦手だったはずだ。いや、今もか」

「はい」

 シュバリエーン公爵家の兄弟や、公爵その人は平気だけれど。リンクィン殿下やレヒト様でさえ、わたしは近づけない。気軽に近づける地位の方でも無いけれど。

 そうか、とヒューゼリオはうなずいた。それなら、と、なんの予感もさせる事無く、兄はわたしに問いかける。


「帰ってこないか」

「え」

 その言葉の意味を理解する前に、言葉が漏れた。

 今、何を言われた。

「シュバリエーン公爵家が持ちうる全てを使って、お前を守る。だから、」

 兄の言葉はまだ終わっていなかったのに、一歩、足が自然に下がった。身を翻すようにして、その場から逃げ出す。

 衣裳が重い。

 頬や首筋にあたる自分の長い髪が煩わしい。

 裾を持ち上げるという事に思い立って、右腿のあたりの裾を両手で抱えた。できる限りの早足で、自室を目指す。

 そこ以外に逃げ込める場所など知らない。


 逃げる?




 何から。




読んでいただきありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。

誤字脱字他気になる事がありましたらご一報いただけると幸いです。



雑記

ぐらぐらしてます。

ちょっとお休みしてた分、ストックがたまりました良き事かな!

ただ、毎日更新しても今月中には三章が終わりません。

目標が達成できるかわかりませんね。

頑張ります。

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