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6.勘違いと





 教会の表では慈善市バザーが広がっていて、既にいくつか手に取っている人もいるようだった。「ほら、ウィーア」声をかけられた。振り返ると、こっちよ、と修道女が手招きしている。優しそうな笑顔に、わたしは駆け寄った。

「あなたの作るレースや刺繍の小物、毎回とっても人気なのよ。月に一回って言ってるのに、毎週あるかどうか聞いてくる人もいるんだから」

 そんなに、と思わず目を丸くする。嬉しくて、思わず頬が緩んだ。「ここに座って、刺繍でもレース編みでもしてて。多分、作った人はいるか、とか聞かれると思うから、その応対をお願いするわ」

 リザの知り合いって言うから、どんな子かと思ったら、礼儀正しいいい子ねぇ、と言って、修道女はその場から立ち去る。

 エリザベートは、ここに顔を出す際にはリザと呼ばれているらしい。いろいろあだ名が多い侍女だ。ひとまずは、大した役割を当てられたわけではないようで、売り子といえるのかどうか疑問だったが。それでも言われた通りに品物をならべた机の端、椅子に座って刺繍をしていることにした。




 手元が陰る。不思議に思って顔を上げると、男の人がわたしを見下ろしていた。長めの金髪。眼鏡越しに、こちらを見てくる青い瞳。その手が、わたしが作ったものを指している。

「君が、作ったのか」

「はい」

 正直にうなずく。あ、と思った。この人は、と。痛ましそうな目をして、わたしを見つめる、この男の人は、

 とつぜん、手を取られた。握っていた刺繍針を取り落とす。そちらに気を取られて視線を落とした瞬間、そのまま引っ張られる形で、慈善市の会場からあっという間に連れ出されてしまった。

 え、と瞬く。男の人はこちらを振り返ること無く突き進んでしまうし、教会からはどんどん離れて行く。

 ちょっとまって。ちょっと、待ってほしい。

 ええと、えっと、えっと、えっと。呼び止めればいいのに、言葉がうまく出せない。戸惑いに、優先順が分からなくなる。

 名前。そう、名前を、呼ばなくちゃ。

 大丈夫。覚えてる。だって。

「ヒュー、ゼ」

 わたしの手を掴む大きな手が、ぴくりと反応する。

「ヒューゼ」

 滑らかに言葉が出た。

「ヒュー、ゼリオ」


 だって、最初に覚えた名前だ。


 ヒューゼリオの、足が止まった。背中につんのめるかたちで、どうにかわたしも立ち止まる。街の喧噪の真ん中、大通りだった。遠くのお城に、そこで本当に暮らしているのかと、不思議な気分になる。

「ひとまず、戻りませんか。なぜここにいらっしゃるのか、びっくりしましたけど、全ては戻ってお話ししましょう」

「それは、こちらのセリフだ」

 振り返り様投げつけられた強い言葉に、思わず怯んだ。青い瞳は真剣で、どうして、と彼の声はやりきれない、というようにかすれている。

「帝国に嫁いだお前が、なぜ修道院なんかで暮らしているんだ。慈善市バザー? 売り子? ミュウランに仕込まれた刺繍で生計を立てているのか?」

「あっ」

 ええとこれはもしかして。いや、でも、賢い人なのに。

「皇帝と、何があった。……全て話せ」

 その目はどこまでも真剣で、ちょっとやそっとの説明じゃきっと納得してくれないのだろう。あぁどうしよう。独りで勘違いする人ではないはずなので、これはきっと誰かに何か吹き込まれているな、というところまで察した。誰にだろう。まぁ、誰でもいいのだけれど。

 そんなことより、誤解を解かなければならない。

「あの、ち、違うんです、わたしが、陛下にお願いしたんです」

「ウィリアローナが?」

 はい、とうなずく。きょとんと瞬く瞳に、あぁ、良かった伝わった、と思った。

「もっと、この国を知れるように。わたしが呼んだ春が、民にとってどんなものか、知るために」

 わたしの我が侭を、陛下が聞いてくださった。それだけの話なのだ。なのに、わからない、と首を振られる。

「だからって、皇妃を修道院にいれるなんて」

 あ、そこから訂正しないと行けないんですか!

「ええと、あの、」

「ヒューズ」

 楽しげな声がした。ヒューゼリオとわたしを覗き込むようにして現れたのは、相変わらず美しい、波打つ金髪、きらめく翠の瞳。

「姉様!」

 ええ、姉様ですよ、と、うなずく微笑みも綺麗で、思わず見とれてしまう。はい、と両手を広げられたため、つい条件反射で一歩よろうとしたのに、肩をつかまれて阻まれた。む、と姉様の口が不服そうに引き結ばれる。

 あれ、と思いながら、背後を振り返った。

「……」

 無言の陛下がいた。なんだか見下ろしてくる目が恐い。

「……陛下?」

 あっ、そうか。

「すみません、うっかり席を空けてしまって」

 お忍びできているのにもかかわらず、ふらっと皇帝の婚約者が消えてしまっては問題だっただろう。いくら何でも不用心すぎた。慌てて向き直って頭を下げようとしたのに、それも阻まれてしまう。

 陛下を見上げると、ヒューゼリオと姉様の方をじっと見ていた。

 あっ、と口元をおおう。そうでした。

「陛下、紹介します。こちら、ヒューゼリオ・ヂ・シュバリエーン」

「……」

 ヒューゼリオを見ていた陛下の視線が、わたしへとおろされた。

「……シュバリエーン」

「はい。兄です」

 こっくりとうなずけば、そうか。とうなずかれる。それで、と姉様の方へ手を示せば。

「いい」

 とその手を下ろされた。ついでのように、握り込まれる。

「知っている」

「エヴァンって言っても怒られない仲なのよ。ねー?」

 姉様の言葉を、陛下は黙殺した。じっと見てくるヒューゼリオに気がついたのだろう、その視線に対しても、不愉快だ、というようにして、わたしの手を握り込んだまま歩き出す。

「え、陛下? あの」

「ウィリアー」

 後ろからの声に、振り返る。姉様が楽しそうに笑っていらした。

「私、アカデミーの同窓会でしばらくこっちにいるの! 落ち着いたら、お城に会いにいくわ」

「あ、はい! お待ちしてます!」

 一生懸命答えたのに、陛下は止まってくださらなかった。

「こなくていい。魔女め」

 あぁあ、やっぱり怒っていらっしゃるのでしょうか。地をはうような低い声で何か言われましたよね今。

「へ、陛下。すみませ」

「いい」

「でも、不用心すぎました」

「ヘイリオがすぐ側に控えていた」

 え。

 慌てて辺りを見回す。近すぎず遠すぎない場所に、距離を保って、ついてくる黒髪の騎士に、瞬く。琥珀の瞳と目が合うと、ぺこりと向こうが頭を下げてきた。

「エリもいたしな。知っていたなあいつ。兄なら何故さっさとそう報告しない」

 小さな声でなにやら毒づいているのがわかるけれど、内容は聞き取ることができず、わたしはきょとんと瞬くのだった。



「姫」


 呼びかけられて、はい、と返す。


 せっかくだから、と案内された場所は、賑やかな市場だった。遠くの方でヘイリオが困ったような顔で笑っている。確かに、この人ごみでは警護する側は一苦労なのでは。

「私がいる」

 その一言に、なるほどと納得させられてしまった。確かに、このお方、お強いのでした。実際の実力のほどを、わたしは知らないのですが。


 物珍しさに、わたしの瞳が輝く。屋台というのを、初めて見た。

「へ、陛下は、よく城下に降りられるのですか」

「暇があったころは」

 そうか、今は忙しくてとてもじゃないが時間がないのだ。

「では、お茶の時間を城下の視察にまわすのも……。あ、いえ、なんでもないです」

 さすがに無茶が過ぎた。というか、今回のこれも、どうやって予定を調整したのだろう。睡眠を削るようなことは、やめていただきたいのだけれど。

 勝手をしておいて、そんな風に考えることこそ自分勝手だと思うのだけど。

「……考えておこう」

 涼やかな陛下の声に振り仰ぐ前に、手を引かれる。


 楽しいと思った。

 けれど陛下は、きっと。

 今この瞬間、考えていることは、きっと。

 皇妃になる前のわたしに与える、数少ない自由のつもりで。





 時折見える横顔は、笑ってくれないのでした。





読んでいただきありがとうございます!

これからもよろしくお願いします!

誤字脱字など気になる点がございましたらご一報ください。



引き続き、お礼SSリクエスト募集してます。よろしくお願いします。

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