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3.望みを口にするために

「……姫は、冬に閉ざされていたこの国に春を呼んだ」

「……はぁ」

 そうみたいです。それが何か。何を今更。これ以上まわされた腕の力が強まったら、本気で暴れようと心に決めながら、わたしは相槌を打つように言葉を返す。

「春に花が咲き草木が茂る、求めていた光景を、民にようやく見せることができた」

 この人も、皇帝になったら春を取り戻すのだ、と思い続けてきたのだろうか。

「姫が、この国から一歩出てしまえば、また、この国には春が失われてしまうだろう」

「それは……」

 皇帝陛下が、わたしを拘束してまで何が言いたいのか、ようやくわかった。

「そうでしょう」

 同意とともに、うなずくようにあごを引く。この人は、こうしてわたしがこの国から出ることができないことを、理解させようとしているのだ。


 そんなこと、心配せずともわかっているのに。


「そういえば、先日ニルヴァニアから書簡が届いた」

「……突然、話題を変えますね」

 思わず言ってしまった。黙ってうなずけば良かったのに。いったい、いつこの状況は終わるのだろう。陛下は、何をわたしに伝えたいのだろう。ひとまず、失礼しました、とだけ添える。

「知っていると思うが、ニルヴァニア王国王太子リンクィン殿が、結婚するそうだ」

「……」

 思わず、振り返った。けれどめいっぱい腰を捻っても見えるのは天井だけで、陛下の姿を見ることはできない。すると、陛下の方がわたしを覗き込んできた。菫色の瞳と至近距離で目が合って、瞬く。わたしのその反応に、やはり知っていたようだな? と陛下はため息を吐いてみせた。

「はぁ。まぁ」


 確かにわたしは、


「知ってました」


 突然、姉から手紙が来たのだ。リンク殿下が結婚する、と。半年も前に婚約の儀は身内だけですましたとも。

 全て読んだら、思わず火が入っている暖炉に投げ入れていた。あの時は、それを目撃して困惑し、何か粗相でもしましたかと真っ青になる侍女をなだめるのに苦労した。


 とにかく、わたしはリンク様のことを知っていた。わたしが手紙でその話をされた、ということを、陛下は把握されていると思っていたけれど。

「検閲とか、してないんですか?」

「城の人間に届く書簡はほぼ、一度検閲官の目に通されているが、問題がなければ、彼らには守秘義務がある」

 それは、皇帝陛下の命でも、なのだろうか。そんなわたしの疑問を見透かしたように。

「その誇りを、私が汚すわけにはいかないからな」

 こういうところか。と、思う。こういう、陛下の心が、城内の人間から、民にまで届いている。だから、陛下は崇められるのだ。皇帝陛下然としていながらも、思いやる気持ちがあるから。

 そうして陛下は、孤独になっていくのだ。寂しい瞳が、いつまでも残るのだ。




 感じる陛下の視線に、居心地が悪くなる。いまだわたしの方を覗き込んだままの陛下の身体を軽く押しやりながら、「近いです」と呟く。陛下は瞬くだけで、身体を引くことは無かった。

「お仕事は良いんですか」

「……まぁ」

 良くないですよねその返事。当然ですけどね。知ってるんですからね。

 はぁ、とわたしはため息を吐く。

「…………わたしを、執務室に出入りさせてくださいませんか」

 本当なら、ちゃんと起きて向き直って言うべき言葉を、この状況に甘えて言ってしまった。だって仕方が無い、拘束しているのは陛下だ。また別の日に改めて、をしないのは、わたしだけれど。

「……なぜ?」

「お手伝い、させてください。皇妃として、この国のために動ける、役割をください」

 出過ぎた真似だと、言われるだろうか。

「申し出は、ありがたいが」

 遠回しの断りに、そうですか、と返す。なら、もう用はないですと、その手から逃れようと身じろぎするが、

「そもそも、姫はまだ皇妃ではない」

 その言葉に、動きが止まった。

「そうですね。以前もそう言われました」

 でもね、わたし思ったんですよ。そんなの、

「屁理屈です」

 背後の陛下が、戸惑っているのが気配で分かる。

「……あなたからは、春を貰っている」

 ぽつりと、何度も聞いた言葉に、どう返すべきか、わたしは考える。繰り返し繰り返し同じことばかりで、わたしだってこの国に来てからこちら、いろいろ思うところはあって、それでも答えを出したり出せなかったりしてて、なのに。

「それでも」

 変わらないのだから、食い下がることくらい許してほしい。ようやく生まれた自覚を、大切にしたい。この国に春を呼ぶために嫁いできたわたしが、ここでできること、力になれることを、どうか。

「……皇妃になれば、嫌でもその立場を全うしてもらわなくてはならない」

 陛下が、わたしに事実を突きつける。分かりきった事実。既に覚悟ができていることを、わざわざ陛下は口にする。

 なぜだか、その声は固かった。

「いずれ……」

 口をつぐむ、その空気に。

「……わたしだって、貴族の娘として、育ってきたんです、よ」

 嫁いできた身として、捧げなければいけないものくらい、わかっている。陛下が、わたしに手を伸ばしてこないだけで、いつか、きっと、それが訪れるということは。

「それ以外に、背負わせたくない」

 ……なぜ、それが世界の終わりかのように言うのでしょう。血のつながり、家族というものは、陛下にとって幸いではないのでしょうか?

 問いたかった。まっすぐ目を見て、真意を問いかけたかった。

 それでも、わたしが求めてもいないものを、仮定の話で口にするのは間違っていると思うから。


「その瞬間がくるまでは。……それまでの期間、姫は好きに、自由で」

 言葉を探している様子に、なにか言いたいことがこの先にあるのだと耳をすます。黙って聞いていますから、だから、陛下。こんなにも、近くにいるのに。


 そんな、遠いところにいるみたいな声をしないでほしい。


「春を、呼べる姫がいなければ、この国はきっとたちまち冬になる。姫が皇妃になれば、より、この国から外へ行くことは難しくなる。それなら」


 このお方は、本当は、優しい。わたしを不幸にするつもりは無いと言った。優しくしようとつとめてはいるのだと、弱々しくささやいた。

 最初のころは、疑って、信じることができなかったけれど。


「今ならまだ、願いがあるなら、聞こう」


 それがもし、婚約を破棄してここから逃れたいといったなら、陛下は聞いてくださるのだろうか。

 きっと、そんなことを言えばこの人は苦しむのだろう。それがわたしの願いだと、受け取ってしまうだろう。


 おそらく陛下は、わたしがリンク殿下の婚儀に出席することを許すと、遠回しに言っているのだ。

 陛下自身がそう申し出て、陛下一人でいいはずのニルヴァニアへわたしを連れて行くよりも、わたしが行きたいと言ったため、連れて行ったのだと。ただ、わたしが行きたがったという事実があればいいのだと。

 皇妃になったわたしの一番の役割は、この国に春を毎年必ず訪れるようにすること。世継ぎをもうけるというのも、そのうちに入ることだから。

 そうなる前にと、言っているのだ。


「それでは、陛下」


 今度こそ、身体を起こす。陛下の腕が、わずかに力がこもったけれど、すぐに弛緩した。

 敷布の上で正座して、上から失礼しますと菫色を見つめる。


「お願いが、あります」




 あなたの思惑通りになんて、動いてあげたりしませんけどもね。



読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字など気になる点がありましたらご一報ください。


雑記

ウィリアさんのテンションが高い。さくさくものを言うようになった。




10/2 02:05

「申し出は、ありがたいが」から「その瞬間がくるまでは。……それまでの期間、姫は好きに、自由で」の間を加筆修正いたしました。よろしくお願いします。


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