2.美しくも、寂しいもの。
きょとんと瞬くも、陛下はそのまま寝息を立ててしまわれた。どうも、寝ぼけていらっしゃったようだ。
窓から入る日の光。太陽が直接見えるわけではないのに、陛下の金の髪をきらめかせていて、この人は美しい人なのだと、改めて思う。
この人が心安らかな表情を浮かべているところを、沢山見れたら良いのに。いつもいつも、寂しそうな目をして、冬に閉ざされた国で生きる民を思って、恐い顔。それなのに、それでも、美しいと思えてしまう。
それは、確かなものだ。身体の内側にある美しさが、外に出たものではない。本物と思えるもの。
唐突に、理解する。
だからこの人は寂しいのか。
産まれたときから、皇帝であれと、定められてきたお方。
それはあの人と一緒だ。産まれたときから、春を呼ぶのだと言い聞かされ生きてきたという、あの人と。
悲鳴がこぼれそうになり、強く目を閉じる。身体を引こうとしたとたん、握られたままの髪がつっぱり、反動で眠る陛下の腕に突っ伏する。
過った感情と、痛んだ胸に、わけもわからず泣きたくなった。溢れ出しそうな感情は黒く、強く強く目をつぶることで、その感情を遠くへ押しやる。
それでも溢れ出そうなそれが、わずかな衝撃によって一瞬で引っ込んだ。
その衝撃は、二度、三度と繰り返され、やがて、沈黙する。
頭に乗せられたままの大きな手に肩の力が抜けた気がした。気がつけば陛下の腕の中だった。拘束というほどではなく、緩く、ただ、腕が囲いのように添えられているだけの。逃れようと思えば、簡単に逃れられる程度の。
陛下の右手はわたしの髪を握り、左手は頭に乗せられていて、わたし自身は、陛下の身体に背を向けこのお方の右肩に突っ伏している。
この人は皇帝として、わたしを大切にするのだろう。果たしてそこに。
辿り着いてはいけない言葉であったため、思考を切る。わたし自身、求めてもいないものに疑問を抱くべきではなかった。
「……何をしている」
「そう仰るなら、この手を離してください」
完全に覚醒したらしい陛下の声に、わたしは陛下の右手に触れつつ、言葉を返す。今までになくしっかりとした返答に、陛下が瞬いた。
「……あぁ」
そう言いつつも、陛下は放そうとはしなかった。それを不思議に思いつつ、なんです? と問うてみる。
「姫がこうしているのがいやなら、暴れるなり好きにすれば良い」
驚いた。
このお方、わたしに暴れろと仰せだ。嫌かと聞かれれば、別に、と答えるしか無いのだけれど、皇帝陛下にそんなことを言っても良いものか。
是が非でもずっとこうしていたい、というわけでもない。というか、陛下の好きにすれば良い。掴まれているから、わたしはこの場にとどまるだけだ。
熱の無い、穏やかな時間だと思った。
思い悩むことなど、何も無いのだと。暖かな日差しをただ受けることを許されているような。
けれどその旨を、どう言葉にしたら良いものか。
それはひどく億劫に思えて、わたしは沈黙した。
「姫?」
呼びかけられても、答える言葉を持っていなかった。陛下の右腕がわずかに動く。つられて、右肩に突っ伏しているわたしの身体も揺れる。
何故だかそれに、ひどく焦りを覚えた。不穏な動きだと思った。どきりと心臓が強ばり、不安になって、どうにか言葉を探す。
「仮眠を十分に取られたなら、執務室に戻れば良いかと」
思いのほか素っ気ない言葉になってしまった。それでも、あのまま沈黙が続くよりは良かった。
「姫はどうする」
陛下が、ここから立ち去りやすいようにすれば良いのでは。そう思いついたことは、名案に思えた。だから、わたしは言ってしまったのだ。
「ここはわたしの部屋です。わたしがこれからここで仮眠を取るので、どうぞ陛下、は」
言葉は途中で途切れた。わたしの髪を掴んでいた右手が、おもむろに胴へまわされる。腹部に感じるわずかな重みに、言葉が引っ込んだ。
冷静に状況把握している場合じゃない気がするなんで陛下何をなさっておいでですなんですか裏目に出ましたかわたしのセリフ何が駄目だったんですか。嫌がらせかなにかですかなんですかこれもしかして最初の段階でわたし逃げるべきだったんでしょうか。
「……陛下?」
思わず呼びかけた。頭にのせられていた陛下の左手が、わたしの肩へ回る。これは、なんでしょうか。なんですか。後ろから抱きしめられている形とでも言うんでしょうか。
……暴れていいですか。
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