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5.ガイアス・ドリューク

 会いたい、と申し出れば、かなりの時間をかけて了承の返事をよこされた。てっきり拒否されると思っていたため、どういう心境の変化だと考える。もしくは、以前のように流されているだけか、と納得した。指定したのは以前と同じ場所。中庭の、東屋だ。書類仕事が予定通りに終わらず、約束をした予定時刻に時間が空くかわからないため、時間になってもこなかったら先にお茶でも飲んでいてほしい、と言ってあった。

 だから、東屋にたどり着いた時、そこでカップを口元へ運ぶ姫君の姿に、しばし足を止める。春が戻ったばかりのこの国で、その際花が咲き誇った庭園と、緑が一斉に芽吹いたこの中庭。しかし、自然の通りに巡りくる冬に備え、花は萎み木々は葉が落ち冬の装いになりつつあった。本来ならば寂しく思うべきだろう。冬の訪れに、また春のこない日々が始まってしまうのではないかと恐怖する。しかしどうしてか、今目の前にある光景に、その恐れは無かった。

 むしろ、安堵すら抱いた。

 ずいぶん柔らかくなった日差しの中、冬の訪れを感じさせる庭園で、その姫君だけが、ほんのりと輝いているかのような錯覚を起こす。その衣裳、ひだまりを取り込んだかのような淡い黄をまとっていたせいもあるかもしれない。

 小さく、息をのんだ。それが存在を知らせてしまったのだろう。姫君はゆったりとした動作でカップをテーブルに戻し、振り返る。

 おそらく意識した優雅な動きで、姫君は立ち上がり、こちらに向かって一礼した。

「お久しぶりです」

 顔を上げ、微笑みを浮かべる。

「ガイアス様」


 まったく、誰だ。この姫君に、こんなことを仕込んだのは、と苦笑を返す。

 その誰かは、姫君に武器とも盾ともなるように、と与えたのだろう。しかし、

「逆効果だな、これは」

 独り言に、きょとんと首を傾げた姫君は、意識せずに構えた武器を、同じように下げてしまった。

「どこまで戦えるか、試してみたくなるではないか」

 あいにくと彼女自身で意図したものではなかったため、おとなしく本来の目的へと戻るが、しかし、本当に姫君が牽制のために知恵を働かせて浮かべた笑みであったなら。


「なぁ?」


 にんまりと笑いかけても、姫君はきょとんと瞬くだけなのだ。








 姫君との会談のあと、待ち構えていたのは部下だった。上司の私室の前で、蒼白な面持ちで、立っている。いったいどれほどの時間待っていたのだろうか、通りがかった者たちには、さぞかし何かやらかした気の毒な騎士だと思われていたことだろう。

「よぉ」

 軽く声をかける。ば、と騎士はこちらを向き、飛びつかんばかりの勢いでこちらへ駆け寄ってきた。

「団長!」

 実際に胸ぐらに手が伸びてきたため、封じつつ床に叩き伏せる。上司に向かってその態度はなんだ。本当にあの姫のことになると周りが見えなくなるらしい。近衛騎士団長が、皇妃と会談することに何の不自然があると言うのか。


 惜しい。じつに惜しい。これほど若く、才能を持ちながら、既に主人が決まっているとは。


 ため息を吐きながら、手を伸ばす。床に伏して呻く黒髪の騎士の首根っこを掴み、ひっぱりあげ、立たせた上で、手のひらをその頭に乗せた。

「うっ?」

 身構える騎士に内心で苦笑しつつ、仏頂面でそのままぐりぐりと手のひらを押し付けた。「痛いです!」喚く若造に、生き急ぐなと念じる。


 正直に言えば、この騎士が恐ろしいのだった。


 才能も、忠義の厚さも。ある種の思い込みの強さと言えば良いのか。

 この騎士が、あの姫に抱く想いが、馬鹿馬鹿しいものであれば良かった。


 馬鹿馬鹿しい、若さ故の情熱であれば、どれだけ良かっただろう。


 苦い思いがこみ上げる。あの姫君は、おそらく魔性だ。人の身で持つには有り余るであろう何かがある。

 あぁ、だからか、と確信した。

「だから、春を呼べたのか」

「……団長?」

 見上げてくる琥珀の瞳は、先ほどの姫君と同じようにきょとんと瞬いていることだろう。

 しかし、その目が時折輝くのだ。熱を帯びて、一瞬で研ぎすまされて。赤く輝き、金に輝く。果たして錯覚かどうかはわからないが、そこにあるのは熱だ。

 唯一の主を思う時、騎士の瞳が熱を帯び、赤く、金に、輝くのだ。


 あの姫は、これからどこへ向かうだろう。

 人の身に耐ええぬ何かを持っているならば、それを持ってして封じきるだろうか。

 それとも、魔に落ちるだろうか。

 春を呼んだ聖女は、どこへ向かうのだろうか。


 騎士の頭から手をどかし、首を振り振り私室に入る。見慣れた視界に、一つうなずいた。

「理屈で考えるのは、俺のやることじゃあねえな」

 なぁ? と振り返る。思ったとおり、騎士はきょとんと瞬いていた。

「柄にもなく、仮定に仮定の話を積み上げたって仕方ねえ」

 なるようになれ、全ては皇帝陛下の思うように事が進むことを願うのみ、だ。


 ガリガリと頭をかく。それでもどうか、と祈るのだ。

 異国の姫君が聖女でも魔性でも、どうか。



 遥か高みにいるあの皇帝陛下に、寄り添えるように、と。






第三章始めるつもりでしたこんばんは。


読んでいただきありがとうございます!

誤字脱字など気になるところがございましたらご一報いただければ幸いです。


雑記

えーと、これが三章一話になる予定でした。長くなりすぎたのとこれ別に幕間で良くないとなったので幕間5話です。

よろしくお願いします!

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