23.いざない
ウィリアローナの祖国、ニルヴァニアと同盟を結んでからこちら、他国との関係は落ち着いていた。ならば今のうちに国内の問題解決をとここしばらく問題の整理と解決策へ思考錯誤を続けているが、なかなか思うようにいかない。
ウィリアローナとの時間が、息抜きになればとも思って始めた訪問だったが。
(……がちがちに緊張している相手とどう和やかにお茶をしろというんだ)
気が弱い、のだろうか。男性恐怖症だとも聞いた。吹けばおそらく飛ぶだろう。しっかりと掴んでいなければ、消えてしまう。抱きしめてみて、ようやく実態があるのだという確信を得た。細く、柔らかくて、軽い。大きな翼のもとで保護するべき、『お姫様』。
今までまわりにいなかったタイプであるため、扱いに困る。
とはいえ、エヴァンシークがこれまで接してきた女性と言えば、地に足の着いたしっかりした者ばかりだ。侍女や、軍に所属する女性騎士、衣裳屋、それから親族。あとは。
「エリ、覚えているか」
「はい?」
エヴァンシークに続いて執務室から退出したと同時に、エヴァンシークから何事か問われ、エリザベートはきょとんと振り返る。
問い返されたエヴァンシークは片手で口元を覆い、もう片方を振ってエリザベートに背を向けた。
「いや、いい」
ウィリアローナのもとへいくのだろう。残されたエリザベートはきょとんと瞬いて、頭上をあおぐ。
「……あらいやだ、珍しい」
何が珍しいって、「覚えているか」だなんて。
「私に覚えていてほしいことなんて、あったんですね」
というよりも、誰かにそんなことを言う姿を、想像もしていなかった。仮に言うのだとしても、やはりエリザベートくらいにしか言えないのだろうけれど。
「お疲れのようですから、息抜きにお付き合いして差し上げたいものですけど……。今はそんなことしている場合じゃないですし」
生かしてくれた恩人に、報いたくてこの数年尽くしてきたけれど。
「なかなか、幸せになってくれません」
言った瞬間ため息をついた。世迷い言ですね、と口を閉ざす。
幸せにすることのできないエリザベートが、口にしてはいけない言葉だった。
陛下の訪れに、肩が跳ねた。わたしは右往左往と視線を這わせ、馴染みのない侍女を制して自分で扉を開けにいく。
次の間から顔を出したわたしに、陛下はとても驚いたような顔を向けてきた。わたしはじっとその菫色を覗き込む。
「……」
陛下は何も言わない。その顔には、ありありと「なんだ」とでも言いたげな表情が浮かんでいると言うのに。内心で小さく笑った。これが、陛下の内心が読めたことに対する喜びか、そう勘違いしている自分に対する嘲笑かは、判断がつかない。
わたし自身の内心など、今は関係なかった。
口元を引き締め、陛下を見上げる視線に力を込める。上体が遠ざかり、一歩下がろうと足が動きかけた陛下に気にせず、わたしが一歩下がって手を伸ばし、部屋の中へ促した。
「こんにちは、陛下。どうぞ、中へ」
次の間から居間へとたどり着いた陛下を見て、わたしは侍女へと視線を向ける。侍女は一礼して、物音たてることなく退室していった。
それを不審に思ったのだろう。テーブルにはティーセットも焼き菓子の用意もない。陛下がわたしに向き直り、声をかけようとする。
「姫」
「陛下、こちらへ」
震える手で、わたしは陛下の袖を掴んだ。空気が凍ったような気がした。息ができなくなりそうだった。苦しい。泣き出したい気分で、わたしは陛下をさらに奥の部屋へ行くべく誘う。
手の震えは、止まらない。掴んだ手が袖から離れそうになるのを賢明にこらえて、わずかに引く。思いのほか抵抗なく、陛下はわたしの誘いに従ってくれた。
息ができなくなりそうだ。
あいている右手で扉を押し開く。日の光は遮られているため、居間と比べ格段に暗い部屋だ。顔をあげられなかった。そこに何かあるかなど、見ずとも分かっている。
なんでこんなことをしているのかと言われれば、知ってしまったからだ、と言うしかない。
知ってしまった。陛下がどんな風に日々を過ごしているか。
それなら、花嫁としてここにやってきたわたしの役目は。わたしはいままで、陛下に、なにもしてこなかった。
知ってしまった。陛下のこと、自分が本来しなければいけなかったこと。
だから。
顔を、上げる。
視線の先にあるのは、いつもわたしが使っている寝台で。
一人で寝るのは広すぎる、もので。
左隣の陛下を見上げる。ぴりりとした緊張感が伝わってきた。と同時に、心底困り果てている気配も感じ取った。陛下の視線が、わたしへと降りてくる。揺れる視線に、わたしは恐れを吐き出そうとする息を飲み込んだ。
一度、きゅっと唇を噛み締めて。
「陛下」
震えないよう声を、かける。
読んでいただきありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!
誤字脱字他気になることがあればご一報いただければ幸いです。
雑記
お久しぶりです。次投稿できるのはいつだろうと思って生存報告書いたはずなのにおかしいなぁとぼんやり思いつつ。
ウィリアが動きました。
この先もちゃんとあるのですが、基本的に一日一話更新で。あとまだ字数が1話分に足りない。明日更新できたら良いけど無理そうかも。こう言っとけばきっと。難儀なあまのじゃく。
わたしについては、「○○したい」が基本裏目に出るので、予告しようが何しようが、全く当てにならない。申し訳ない。
その分お話でお詫びというか、かわりになればと思います。