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5.へーか図書室

 退屈だ。



 広い部屋、柔らかな長椅子の上でティーカップ片手に盛大なため息をつくと、ミーリエルがあわわと近寄ってきた。

「ど、どうなさいました。ウィリアローナ姫様」

「退屈だわ」

 というのも、第一王子殿下がせっかく持ってきてくださった暇つぶしの書物を、つい昨日読み切ってしまったからなのだけれど。

 あんなに沢山あったはずなのに、なぜ。

 と思ってしまったが、日の出ている日中ずーっと読んでいればそれもそのはずである。けして、けっしてわたしが本の虫で読むのが早いとかそんなことはない。

 けれど読む本が無くなってしまったのはわたしがペースを考えずに読んでしまったからで、そこは素直に反省しよう。もはや後の祭りだけど。

「あー。ウィリアローナ姫様?」

 ミーリエルが声をかけてくる。特に返事はせず。クッションに突っ伏した。行儀が悪い。けれどミーリエルになら見られても良いかななどとよくわからない基準が頭をもたげていた。これが慣れという物かもしれない。

「本をお読みになりたいのでしたら、へーか図書室がございますが」

「図書室?」

 図書室、という言葉に即座に反応した。耳に入った瞬間理解するまでもなくむくりと身体が起き上がり、背筋が伸び、続きを話しなさいとミーリエルの方をひたと見据える。顔にかかった髪を優雅な仕草で耳にかけていた。ここまで無意識だ。だがしかしわたしはけして本の虫などではない。

「あっ! え、ええと、一般に開放されていない図書館のことです。あるのは歴史書や帝王学に関するものが中心ですが、もし興味があるようでしたら」

「行くわ」

 気がついたら立っていた。一度瞬いて、座り直す。

 瞬くミーリエルと目が合う。はしゃいでいない。ちょっとわくわくなんてしてない。そんなことをミーリエルに気づかれてはいけない。

 少しの沈黙のあと、ミーリエルはふわりと笑った。

「それでは、参りましょうか」

 ……。ばれている。


「お戻りはいつ頃になさいますか?」

「……? ミーリエ……」

 『へーか図書室』とやらの前でそう問いかけられた。疑問を投げかけるための名前を呼びかけて、止まる。はい? とミーリエルが首を傾げるのを横目に、口元にてをやって考え込む。必要なだけの時間を使って考え込んで、顔を上げた。翡翠の目と合った。思わずそらしてしまう。なぜだろう、なぜだか目を合わせたまま口にするには気恥ずかしい気がしてしまったのだ。だから、そらしたまま問いかけた。

「……。エルは、図書室に入らないの?」

「私ですか?!」

 えええええと、と心底困ったような声を上げた。気になってちらりと視線を向けると、彼女は何やらあらぬ方向を見上げつつ、何やらまわらぬ口を動かしている。

「私は、残念ながら許可をいただいていませんので。ええ。一般開放されていない図書室とだけあって、あまり下々の手に触れられては困る物がちらほらあると聞き及んでおりましてですね」

「そう……」

「あぁあ。ウィリアローナ様は良いんですよ? 許可はいただいておりますから」

 日暮れ頃にまた参りますね、とミーリエルは微笑んだ。一礼して、なんだか素早い動きで元きた廊下を引き返して行ってしまった。

 しんとした廊下に置き去りにされ、つい視線が下がる。すこしだけ、慣れているはずの静寂に自分が浮き上がっているように錯覚する。

 妄想を振り払い、わたしは図書室の重厚な扉に手をかけた。


 一歩部屋に足を踏み入れると、ふわりと、本の香りがした。背後で、重たい扉が閉まる。

 下の弟がシュバリエーンのお屋敷にあった書庫に入った時盛大に顔をしかめてみせたことがあったが、私はこの香りが嫌いではない。歴史の香り。姉は確か、重たい香りだと苦笑していた。重たすぎて、触れるのがはばかられてしまうじゃないと。

 口がよくまわる姉は、そう尤もらしいことを口にしつつ実際は勉強が苦手だっただけなのだけれど。身体が弱かった割に、本は大の苦手としていた。病弱と読書家を結びつける方もどうかしているが。

 本が好きな兄や弟もいたが、なぜだか仲良くできなかった。というか、それぞれ書庫にこもりすぎて接触する機会がなかったというだけかも知れない。話せば気はあったかも。

 今更そんなことに気づいてしまったとため息をついて、視線を巡らせる。歴史書だろうが、文字であれば暇は潰せるだろう。

 目の当たりにして思ったのは、想像していたよりも広かったことだ。一般公開されていないというのであれば、書庫のような雰囲気だろうかと勝手に思っていたのだが、そんなこともない。図書室として、憩いの場のように利用ができる。

 光が直接本にあたることがないよう窓の作り方が工夫されており、それでも十分な光源として室内を照らしている。階段がある、とそれをたどれば、中二階のような場所があった。なんとなしに、上を目指す。


「あっれ」


 間の抜けた、男の人の声がした。


読んでくださりありがとうございました。誤字脱字などあればご報告いただければと思います。

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