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21.あなたが春を呼んだから




 問いかけたのに、答えは無かった。沈黙がわたしとエリザベートの間に広がる。

 その空白を埋めたかった。知りたいと思ったのに、思った瞬間に遠ざかったようだった。腰を浮かして、ローテーブル、向かいの長椅子をよけ、窓辺に佇むエリザベートへと手を伸ばす。

「答えは簡単です」

 おもむろに、エリザベートは口を開いた。

「無駄だと、思わせれば良いのです」

 何故だか不穏な言葉に聞こえた。伸ばす手が、宙で止まる。わたしの視線は、エリザベートの読み取れない表情に釘付けとなった。

 一拍の間のあとで、これが答えだと気がつく。これが、どうすれば良いのか、という答えだ。

「姫様を狙うのが、無駄だと。あなたが強い守りの内にいることを知らしめれば、良いのです」

「どうやって」

「くる敵くる敵ギッタバッタと」

 最後の一言はおどけていた。からかってるの、とわたしはおもわず苦笑してみせるけれど、エリザベートの目は真剣だった。それなら、と首を傾げる。

「わたしは、何をしたらいいの」

 この期に及んで、何もしなくていいとは言わないだろう。そう思ったのに。

「何もしなくていいですよ」

 思わず呆気にとられてしまった。なぜ、と食って掛かりそうになる。しかし、エリザベートの何か含んだ笑みに、こらえた。

「知った上で、知らない振りをして、いつも通りに過ごしてください。警戒を怠らず、何一つを知らぬよう振る舞ってください」

 あとは、とエリザベートが、微笑む。任せてください、とでも言うように。

「いぶり出し、捕らえ、もう二度と姫様を狙う気を起こさせぬように、するのです」

「なんて言うんだったっけ、そう言うの」

 独り言のように呟くと、エリザベートはなんです? というように首を傾げた。ええと、とわたしは言葉を探す。

「……おとり。……えさ?」

 あはは、とエリザベートが声を上げた。

「そうですね。そうです。姫様には、餌になっていただきます」

 群がる魚を、一網打尽にしてみせましょう。

 あなたは私が守ります、と、祈るように、エリザベートは言うのだった。


「どうしてそこまで、してくれるの?」

 抱えていた疑問を、とうとう口にしてしまった。エリザベートのまで所在なく立ち尽くす私は、控えめな視線をエリザベートへと向ける。

 エリザベートは、どこか困った表情を浮かべていた。

「……傷つかないで、くださいね」

 よくわからない前置きに、瞬いて次の言葉を待つ。


「あなたが、春を呼んだからです」


 遠くで、木々がざわめいていた。

 何故だろう。この人は、わたしが春を呼ぶ娘だとかなんだとか、そんなこと一切気にしてないと思っていた。無知で、消極的なわたしをただ叱って、知ることを促してくれる。わたしを、個人として見ているのだと、信じていた。

「あなたが、暁の君だから」

 震えるわたしの唇に気づいてか、エリザベートは言葉を途中で切った。一歩進みでて、エリザベートの手が、わたしへと伸びる。エリザベートの右手、人差し指の背で、わたしの頬を優しくなぞった。

「私には、恩人と呼び慕う方が、三人います」

 エリザベートの指のぬくもり。人と触れ合うことのあたたかさを感じながら、黙って聞き入る。唇に力がこもりそうになるのを、ただこらえた。

「最初の一人のおかげで、私は死ねませんでした。次の一人は、私を死なせませんでした。最後の一人は、私を生かしてくださった」

 死にかけたことがあるのです、と、エリザベートは照れたように笑う。照れながら笑うようなことじゃない気がするのに、その言葉は真剣で、からかってるの、とも聞くことができなかった。

「寒い日でした。このまま眠り、夜が明けたらきっと目覚めることは無いだろうと強く信じたのに、眼を覚ますとそこは優しい日の光が降り注いでいたのです」

 死ねませんでした。と、エリザベートは繰り返す。

「死にたかったわけではありませんが、そうせざるを得ないほど切迫していて、それでも、目覚めたとしても、そのまま横たわっていれば望む結果を得られたのでしょうけれど」

 肩をすくめて、遠くを見る。

「二人目の恩人に、それを阻まれたのでした」

 きょとんと瞬くわたしに、エリザベートはですから、とわたしにも分かるように繰り返した。

「あなたの春によって、わたしは覚悟した時死ねなかったのですよ」

 あっ、と思わず声が漏れた。それが理由だと言うのだろうか。そんなことが。わたしの知らない所で起きた出来事が、今、わたしを救っているということか。

 エリザベートがふと窓の方を振り返る。あぁ、夜明けですね。と、その言葉通り、空が白み始めていた。

「陛下にも、内緒ですからね」

 さりげない付け足しに、窓から出てこうとするエリザベートを慌てて追った。バルコニーに出て、風を受けつつ向かい合う。

「本来ならば、今私が語ったこと全て、陛下の口から姫君へ伝えられるはずだったのです。今回のことは私の独断で。重ねて言いますが私はただ、あなたがゆっくりと呼吸を奪われていく様を見るのがいやだったのです」

 だから、あなたのすることはいつも通り、知らないふりを装うこと。

「大丈夫です」

 わたしは特に何の不安も覚えてないのに、エリザベートはわたしに向かって何度も唱えた。

「大丈夫です。きっと、姫様が何も知らないうちに、姫様を襲う輩はいなくなりますから。姫様は、何も恐れることはありませんから」

 だから、ほんの少しだけ、城の兵士に協力してあげてください。忠告や避難については、突っぱねず受け入れ、従ってください。

「もう、行きます」

 そう言って、エリザベートは欄干の上に飛び乗った。あぶない、とわたしは思わず欄干へ走りよる。

「ここ、何階だと思って」

「三階ですかねぇ」

 三階だったのか、と思わず思ったのがバレたのか、苦笑された。興味が無いからって、自分の部屋の配置くらいは把握しといてくださいよ、と注意される。

 身を乗り出して、下を覗き込む。三階から落ちたというなら、最初の男はほんとに生きているのか、少し不安になった。命を狙ってきた相手であるため、知ったことかと突っぱねれば良いのだろうけれど。

「あぁそうだ」

 エリザベートが振り返る。ぴんと人差し指をたてて振るその姿に、なに? と首を傾げてみせた。

「最初に語った神話ですけど。春が来る理由、こない理由、もしかしたら、登場人物の感情を読み取れば、答えが出るかもしれません」

 なんて、この国では研究され尽くしてますけどね。

 それだけを言い残して、エリザベートは消えた。神話に思いを馳せ、エリザベートから注意をそらした一瞬だった。

 欄干から身を乗り出し辺りを見回しても、エリザベートの去る姿を見つけることはできなかった。


「……登場、人物」

 神様、春の女神様、人間の娘、その息子。その人間関係、変化。けれど、わたしが知っていたのは、王様に恋をした春の女神の話。

 エリザベートが語った物語の春の女神は、夫と人間の娘の間に産まれた息子に、まるで呪いのような祝福を与えた。


 この二種類のお話をなぞっていると、どこかにひっかかりを覚えた。

 まだ、何かあった気がする。

 もう一つ、別の、物語が。


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