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19.語られる神話、伸ばされる手


 遥か昔、神話の時代、死を司る神様がいました。神様の周囲には死が溢れ、屋敷は暗く、神様はいつも寂しさを抱えていました。やがて神様は春の女神を愛し、奥方に迎えます。神様は長い長い年月、女神を一途に愛していたのですが、ある日人界に降りた際、一人の娘と出会います。


「気に入っちゃったから、連れ帰っちゃったんですね」

 ええぇ。とわたしは思わず呻く。そんな神話をあっけらかんと世間話のように語らないでください……。

 エリザベートの非難の眼差しを向けるも、にっこりとかわされてしまった。


 女神の怒りに触れることを恐れたため、神様は娘を隠します。けれど長年連れ添ってきた女神です。夫である神様のおかしい様子に気づかないわけがありませんでした。

 そうして屋敷を探った所で、女神は娘と出会います。

 二言三言言葉を交わすと、女神は娘をすっかり気に入って、神様を寄せ付けずにお茶を楽しむことにしました。


「神々に愛される素質を持った娘だったようです」

 にこやかな声だった。けれどその響きに私はエリザベートを見つめる。今度はにっこりとされることも無く、話は続けられた。


 やがて、娘は子どもを身ごもります。神様の血を継ぐものとして、産まれた男の子をどう育てるか、三人で頭を悩ませました。

 そうして三人は、長じた息子に選ばせることに決めたのでした。

 神として生きるか、人として生きるか。

 神様は優秀でしたので、無理に眷属として迎えたいなどとは思わなかったのです。

 むしろ、老いていく娘の側にいるため、息子には人として生きてほしいとさえ思っていました。

 やがて優しく母思いに育った息子は、神様の願った通り、老いていく母とともに人として生きることを選びました。

 しかし神様の子どもです。普通に暮らすには困難でしょう。

 そのため、神様は人界に持っていた自分の土地を息子に与え、王様に据えたのでした。

 これが神聖王国の始まりです。

 けれど豊穣をつかさどる春の女神は怒ります。何故あのような痩せた土地を与えたのか。あれでは息子も民も飢えてしまうではないかと。

 そのため、女神は自分の力で息子に加護を与えました。彼や彼に連なるものが城にいる限り、この国は豊かであれと。幸福であれと。

 けれどその豊かさは自然に反するものであり、息子とこれから連なる王族の全てがその土地から離れてしまった時、その、国を豊かにする力は反転するであろうことも、伝えました。

 構わない、と息子は笑って、神様にお礼を言いました。そうして、神様の血を継ぐ神聖王国、ニルヴァニアが誕生したのです。




 ご存知でしたか、というエリザベートの言葉に、わたしは曖昧に笑うしか無かった。

 わたしが知っている話とずいぶん食い違うのだ。わたしが聞いた話では、王に恋した春の女神が、祝福を与えた。故にその王から土地を奪ったヴェニエールは女神の怒りを買い、春を奪われた。

 何百年も昔のことだ。食い違っても不思議ではないのかもしれないけれど。

 それに、エリザベートの話はなんだか変だ。それは、まるで……。


まさしく」


 エリザベートの言葉が思考にかぶさる。


「呪いのようでしょう」


 わたしは口をつぐむ。

「では考えてみましょうか。なぜ、春の女神はそのような祝福を与えたのか。祝福とは名ばかりの、呪いを息子へ与えたのか」

 呪いだなんて、と思わず首を振った。そんなにも強い言葉で表現していいものだろうか。と。首を振るわたしに、エリザベートは顔を傾ける。

「わかりませんか」

 わかりたくないと首を振る。首を振って、足下を見つめる。

「逃がしませんよ」

 顔を上げれば、月明かりを背に淡い逆光のもと、エリザベートが笑みを浮かべていた。

「怖いものから逃げ出して、見て見ぬ振りをして、それを許されているからと言って息ができなくなってそのまま消えてしまうだなんて、許しませんよ」

「何を言っているの」

 いいえ、と答えになっていない言葉を返し、エリザベートは伸びをする。侍女の制服ではない、布のズボンと服。その色は闇にまぎれるように暗く、短い金髪だけが月光を受けきらきらと輝く。

 ようやく、わたしはその姿の異様さに気づいた。

「……。あなた、侍女じゃなかったの」

 半ば納得するような言い方になってしまったが、エリザベートは気にした様子を見せず、「そう言ったじゃないですか」と肩をすくめた。

「仕事は一通りできますよ」

 でもねぇ、と笑う。

「物音を立てないものですから、主人が不審に思うだろうからと、髪結いでもしていろと陛下に言われたのですよ」

 そんな理由で、と思わず呆れた。

 さて、とエリザベートは小さく呟く。何? と視線をあげるわたしに、だから言ったでしょう? と彼女は続けた。

「話を、戻しましょうか」


 いやな話だと、直感していた。

 恐ろしい話。知らない方が幸せな話。

 わたしが知らないでいて、潰れてしまうのならそれで別に良いだろうと思う。思っていた。

 今までの、わたしなら。


「聞きたくない」

「そうはいきません。私はね、怒っているんです。多少。陛下エヴァンにも、神聖王国の王子リンクィン王子補佐レヒトール王女ハプリシアにも、姫様を守りたいと言うくせに、上の命令に従うしかない侍女エルにも、騎士ヘイリオにも」


 あなたは知るべきです。


「余計なことだわ」

「以前もそうして逃げたのですよね」

「そうよ」

 首肯する。

「ずっとずっと耳を塞いで、内にこもって、それで良かったのよ」

 季節の移り変わりも、気温の変化も、何もかも受け取ること無く、暗い書庫の片隅で、文字の羅列の知識をむさぼって生きていた。


 けれど思い知ったのだ。知らなかったことを教えてもらって、心を砕いてもらって、感謝を伝えたい、報いたいと思ったのに、その方法も分からず途方に暮れた、あのときに。

 知っていなければならなかったことがある。知らなければいけないことがある。

 それを自分で選ぶほどの余裕を、わたしは持ち合わせてはいないから。

 提示されたものからせめて、受け取らなければいけない。


「……でも、聞きます。教えてください。見て見ぬ振りは、もう、やめたい、です」

 おや、とエリザベートがわたしを見つめてきた。わたしの言葉が本気かどうか、うかがっているようにも思えた。

「陛下の口から語られなければいけないはずの内容ですが」


 それなら、とわたしは考える。貴族然としていた姉を思い出す。


「教えなさい。あなたの知っていることを。わたしに関わる、わたしが知らなければいけないことを」

 ふうんとエリザベートは笑んだ 美しい顔をなんの迷いも無く、年相応に。

 その笑みに、どうしてここまで、と、心のどこかが途方に暮れる。


 この人は、どうしてここまで、心を砕いてくるのかと。

 知りたい、と思った。自分のこと、陛下のこと、周りのこと、知らないことを教えてくれる、この人のことを知りたい。


 知りたいと願える自分を教えてくれた、この人のことを。


「どうか、教えて」







読んでいただきありがとうございます!

今後もよろしくお願いします!

誤字脱字などございましたらご一報いただければ幸いです。


雑記

長過ぎました。

個人的には一話が長い方が沢山呼んだ感があってお腹いっぱいになれて好きなのですが、時間がない方には不親切ですよねぇ、ええとどこまで読んだっけってなりますものねぇ。

ようやくウィリアがその気になってくれました。

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