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18.姫君への隠し事



「どうして、あの時、あれから、姿を見せてくれなかったの……」

 問いかけは、いっきに冬森でのことに遡った。暗闇の中うなだれるウィリアローナを見ながら、エリザベートは小さく笑む。困ったように。しょうがないなと言うように。

 まぁ、悪いのは私かもしれませんけど、とエリザベートも頭上をあおぐ。

「どこから、お話ししたら良いでしょう」

 陛下とのこと、陛下と出会ったときのこと、それとも、あの夜の森でのことから話しましょうか。

 エリザベートの問いかけに、ウィリアローナが顔を上げて首をかしげる。何故陛下が出てくるのかと、本当に不思議に思っているようだった。

「とりあえずは、姫様に陛下を呼んでいただいた所からに、しましょうか。私の昔話など、あとでいくらでもできますから」

 今は、あなたの目隠しを外しましょう。

 さて、だけれどしかし、どこからどういう風に何をかいつまんで話そうか……。






 あの日の、冬森での出来事。ウィリアローナが去った後、戻ってきた静寂にエリザベートは息をついた。

 やがて近づいてくる足音に、気怠げに振り返る。カンテラを片手にやってくる金髪に、緊張が溶けたのか吐息が漏れた。

「なんだ、その目は」

 軽口は、エヴァンシークからだった。投げかけられたエリザベートは、肩をすくめて「別にー」と間延びした返事をする。

「人心地に飢えています」

「それを俺に言うのか」

「気が高ぶっているときにウィリアローナ姫に追いかけ回される身にもなってください」

「だから二人きりになるなといっただろうに」

「ノリと勢いで指示をかえないでくださいと言っているでしょう」

 追いかけ回されると言ってもまぁ、ただの道案内ですけど、とエリザベートは付け足した。




 暗闇の中、木の根元に身を投げ出して座り込んでいるエリザベートは、深呼吸を数度、繰り返す。

「……間違えました。すみません」

 エリザベートは出し抜けに言ってみる。予想通りに、エヴァンシークは返事をしない。なので、エリザベートはかまわず続けた。

「すっかり忘れてたんです。しっぽを掴む必要のことを、さっぱり」

 だってほら、いつもは、問答無用でしょう? そこまで独り言のようにエリザベートが言えば、「生け捕りのことか」とエヴァンシークが呟く。

 そうです。と、エリザベートがうなずいた。

「森の中で一人静かに刺繍をしながら、うっかり眠ってしまった姫君の寝込みを襲うような輩です。今日までなかったのも不思議と言えば不思議ですが、今回の単独行動を好機ととらえたのでしょう。少々骨が折れましたよ、あの人数。放ったのは、果たして一人でしょうか?」

 否定の込められた言葉に、エヴァンシークが息を吐く。その音を聞いて、すみません、とエリザベートは繰り返した。その様子にいつもの覇気はなく、なおさら、エヴァンシークの口から溜息が漏れる。

「姫を守ってくれただろう。気にするな。怪我は?」

「ありませんよ」

 だろうな、とエヴァンシークはうなずく。あまりにも簡単に返されたため、エリザベートはむ、と口を曲げ、付け足す。

「ただし、ドロドロですが」

 へぇ? と、エヴァンシークが目を見張った。カンテラを掲げて、エリザベートの姿を照らす。ウィリアローナにされた時とは異なり、エリザベートは逃げなかった。

「……珍しい」

「そう言えるほど容赦ない現場に投げられている我が身を嘆くべきですかね?」

 さすがに今回は疲れました、とエリザベートは幹に体重を預ける。エヴァンシークが手を伸ばして、エリザベートのおろされた髪を掬った。何を見ているか分かったエリザベートは、何か言われる前にと言葉を探す。

「汚れてしまいました」

 きっと落ちませんよと、エリザベートは少しもがっかりしている様子もなく、「言った通り、切ることにします」とエヴァンシークに告げる。




「……何人だった」


 おもむろに、エヴァンシークは問いかけた。エリザベートの髪を掬ったまま、エリザベートはエヴァンシークの方を見ずに、小さく笑む。

「さぁ」

「……」

「数えていませんので」

 何でも無いことのように呟くエリザベートの表情から、その心中を伺うことはできなかった。そうか、とつられてつぶやきが小さくなる。それは困った。と、これは当てつけのように続けた。

 その当てつけを聞き逃すわけも無く、エリザベートが視線をよこす。ああそうだ、とことさら不気味に明るい声が響いた。

「扱った得物は一人一つだけのようでしたので。その辺に転がっているでしょう。それを数えれば、おおよその数の見当はつくかもしれません。実際に数えるのが最も確実ですが、現実的ではありませんね。まぁ、時間をかければ見つかるでしょうけれど、とにかく姫様の目に触れぬよう遠ざけましたから」

 狩り場として使われなくなっただけで、冬森には今も、野生動物が生息してますよ。とエリザベートは続ける。


 そんなエリザベートを見つめて、エヴァンシークは何を思ったか、苦笑した。


「相変わらず、期待以上のことをしてくれる」

「お褒めに預かり光栄です。エヴァン」

 それでは、とエリザベートはすっくと立ち上がった。繰り返すが、怪我などはしていない。体中所々汚れてはいるが、そのどれも、自分のものではなかった。

「もう、姫様付きではいられません」

 ふむ? とエヴァンシークが問う。

「バレてしまう前に、遠ざかりたいのです」

 さっきも、幸い何の匂いか分からなかったようですが、なにか不穏な気配くらいは感じたようです。エリザベートはそう言って、城を目指すためきびすを返す。

 むっと辺りに満ちる鉄さびの匂い。あぁ、と気に留めていなかった匂いに気づき、眉をひそめる。

「だからといって、側付きを離れるのは」

「何人いたと思ってるんです」

 鋭く切り込むセリフだったが、その口調はやはり淡々としていた。

「表と裏と、立ち回る余裕などありませんよ」

 それは珍しい。とエヴァンシークが呟くと、茶化さないでくださいと噛み付かれる。

 それ以上はもういいと、エリザベートはエヴァンシークを残し城へと向かった。




 言えるわけがない、とぼんやり思う。この全てを伝えられるわけが無い。きっとウィリアローナはこの国に春をもたらした花嫁として、自分の身に何が起こったのかこれっぽっちも理解していないのだ。


 それなら、古い物語を聞かせよう。

 あなたの身に何が起きているのか、これから何が起こるのか。

 少しは手助けになるであろう、古い物語をお話ししよう。


 エリザベートは、月明かりを背にウィリアローナの前へ膝をつく。戸惑うウィリアローナに頬笑んだ。

「かつて、神聖王国の首都だったこの地の、もっと昔、まだ、神聖王国がおこる前の話を、させてください」


 暁の瞳が注がれる。

 小さなうなずきに、こうべをたれた。


読んでいただきありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

誤字脱字などございましたらご一報いただければ幸いです。



雑記

ウィリア目隠し外し編は続きます。ひとまず、何が起きているかは読者様方には伝わったでしょうか。どうでしょう。

リゼット嬢も若干背景が見えてきたかな。


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