12.あなたのいる場所の冷たさを、知るのです。
求めていた姿だった。
心臓が跳ねたと同時に、右腕を思いのほか強い力が掴み、引き寄せられる。
一瞬あとには抱きしめられていた。
声にならなくとも、悲鳴を上げずにはいられないほどの衝撃をよそに、ぎゅうぎゅうとわたしは抱きしめられ、なだめるように頭を撫でられる。おかしい。わたしが知っているこの人はこんなことしない。リンクィン王子……じゃなく、レヒトール様とお話ししたあとも、こんな風に抱きしめられたけれど、あれはきっと動揺するわたしをなだめてくれただけで、それでも、こんな……、こんな……。
慈しむ、ように、なんて。
役に立たずとも、わたしはもがいた。じたばたと身じろぎし、脱出したいと言う意志を示す。もくろみ通り、腕の力は緩められた。胸元に埋めさせられていた顔をあげ、楽になった呼吸をどうにか確保しつつ、頭上の菫色を覗き込む。
「どうなさったのです。エヴァンシーク陛下」
「無事だな」
問いかけには答えてもられなかった。陛下はそう言うや否や、すっとわたしの前に片膝をつく。……。なぜ。
わたしは、驚愕した。
いやいやいや何してるんですか陛下。皇帝陛下がどうしてわたしなんかに片膝なんかついては他に示しが!!
思わず一歩下がろうと足を引いたが、腕は掴まれたままで、思ったほどの距離は取れなかった。わたしが困惑している間にも、下から見上げるようにして、菫色の視線は一切の遠慮なくわたしへと注がれていた。
「へい、か……?」
ご機嫌伺いのごとく、中途半端な笑みとともに呼びかける。その視線は、何ですか? 陛下? 下から、何を考えて、その、目、は……。
陛下の右手がゆっくりと伸びてくる。わたしは息をのむ。ぴくりと肩を震わしわずかに下がろうとしたのを見てか、その手は一瞬だけ宙で止まった。わたしの不吉な赤紫と、陛下の優しい菫色は、お互い逸らされはしなかった。
わたしが一つ瞬きをすると、陛下の右手がわたしの頬へとそっと添えられる。親指が、わたしの頬を、軽くなぞる。
「怪我は、ないな」
慎重に慎重に触れられ、問われたのはその言葉だった。
はい、とうなずきながら、わたしはゆっくりとその場に膝をつく。腰が砕けたと言っても良い。今度は、わたしの視線の方が下になり、わたしは陛下を見上げるようにして見つめた。
何があったと言うのだろう。とてもとても寂しそうな瞳をしていた。わたしが、消えたことでこんな瞳なるはずはないから、きっと何かあったのだ。
久々に姿を見ることが叶った皇帝陛下は、以前よりもずっとずっと寂しそうな瞳の色で。
高みは寂しい所なのだと、確信する。
「エリザベートには、会わなかったか」
そう問われて、はっとする。惚けている場合ではなかった
「あぁ! そうです! リゼットが! エリザベートが陛下! 呼んでほしいと! だからわたし!」
あああ言葉が出ない。慌てるわたしに、陛下はわずかに目を細めて、わたしの頭をそっと撫でた。
あぁ、優しい陛下。あなたは、優しい。そしてきっと寂しい。
あなたのいる高みは、きっと凍える場所なのでしょう。
陛下はわたしの背後へと視線を向ける。つられたわたしも振り返った。少し先にある、開けた場所にいたはずの人々が姿を消していた。厳密に言うと、人数が減っていた。残っている人々も、どこか遠い。陛下、何かしました? わたしが見てない所で、何か指示でも出したのでしょうか?
沢山の人から怒られると思っていたので、わたしとしてはほっといたしましたのですが。
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