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11.鉄さびの匂いと、胸騒ぎ

またまた駆け込みですみません!



 呼びかけたのに、返事はなかった。



「……リゼット?」


 不安になって、もう一度問いかける。

「はい。いますよ」

 声は返ってきたけれど、姿は見えなかった。どこにいるのだろう。辺りを見回しても分からない。声が聞こえてきた方をじっと見つめるけれど、見つめれば見つめるほど、どこから聞こえてきたのか分からなくなった。

「……どこにいるの。どうして姿を見せてくれないの」

「すみません。姫様の前に現れるには、少しはばかれる状態ですので」

 声はどこまでも平坦だった。陽気さも、快活さも、何もない。いつもの明るいエリザベートではなかった。

「お城に戻りましょう。暗いので、迷わないようついてきてください」

 物音一つなく、声だけが移動する。

「カンテラを持って、こちらです。こっちですよ、姫様、こっち。そう」

 声だけを頼りにして、きょろきょろと身体の向きを変える私に、エリザベートは頼りない案内を始める。


 道中は、小言を言われっぱなしだった。

「こんなとっぷり日が暮れるまでひとりで何をしているんですか。おそらく皆さんカンカンですよー」

「だって、いくらお城でも中庭の広さだってたかが知れているでしょう? 誰かがすぐに見つけてくれると思って……」

「中庭ねぇ」

 エリザベートはため息をつくけれど、その響きはやはりいつもと違った。まるで別人のようだった。

「というか、リゼットが起こしてくれればよかったのに」

「はい?」

 拗ねたように言ってみると、きょとんと返された。少しの沈黙があって、あぁ、とリゼットが納得する。一応、呼びかけたりはしたんですけどね、ときっと彼女の姿が見えていたなら肩をすくめていただろう口調だった。ここでようやく、平坦な口調に笑みのような色が戻る。

「姫様に触れることを、許可されていません」

 あぁ、そう。なるほどね。それは確かに、仕方がない。

 そう何気なくうなずいたところで思わず、足を止めた。

「はい?」

 わたしが足を止めたことによって漏れ出たエリザベートの声に、そのセリフ、こちらが言いたい。とむくれてみる。

「だって」

「髪は、髪を結ぶ時だけです。それ以外の時は、基本的に、許可されていません」

 わたしが何か言う前に、察したエリザベートが説明してくれた。相変わらず、彼女の足音はない。木々の間をわたしと同様に歩いているはずなのに、彼女の気配はなく、わたしはただ声だけを追っていた。

 昼間の爽やかな緑の空気が、どこか、遠い。

「人を呼ぶ余裕もなくて」

 すみません。と、エリザベートは謝った。もしもエルに怒られたら、一緒に怒られましょう。などと。

 足を、止める。

 鉄さびの匂いを、微かにかいだ気がして、胸騒ぎがした。

「姫様」

 エリザベートの声が遠く、慌てて駆け寄る。勢い余ったはずなのに、エリザベートの姿は相変わらず見えなかった。

 頭上では梢が、梢の先には星が、輝いているのが見えると言うのに。


 カンテラを手に、揺れる明かりと、頼りない案内。


 エリザベートの姿は、見えない。


 ふわりとまた、鉄さびの匂いが緑の空気に混ざる。

「……りぜ、っと?」

 胸騒ぎが、した。

「姫様。出口です」

 声に示された先。明らかに違う景色に、ひやりと背筋が凍る。例えるなら、先は整備された庭で、こちらは打ち捨てられた庭、というか、今頃気づく歩き難い足下に、またなにかわたしはやらかしてしまったらしいと察する。

 カンテラの光がそこかしこにあった。「ひめさま!」とミーリエルの声が聞こえる。足を速めて、美しい庭に足を踏み入れて、開けた場所にいる人々に駆け寄ろうとして、ふと、立ち止まった。

 立ち止まろうと思ったわけではなく。ただ、衝動として、胸騒ぎをきっかけにして、振り返らずにはいられなかった。

「……リゼット?」

「はい。いますよ」

 前方にいたはずの声は、今は後方から聞こえていた。

「……怪我を、しているでしょう」

 自然口調は固く、平坦になり、問いつめるような形になった。カンテラを持ったミーリエルが駆け寄ってくる姿が見える。こちらに来る前にと、わたしは身体を反転させる。

「リゼット」

「ですから、姫君の前に現れるには、ちょっと」

 へらりと笑うような声で、彼女は言う。何を言っているの、ちょっとこっちへ出てきて具合を見せなさい、とわたしが手を伸ばそうとした所で、彼女は言う。

「陛下を、呼んでいただけますか」

 平坦な声で、エリザベートが口にした。わたしは眉を寄せ、どうしてもわたしの前に姿を現してくれない髪結いの侍女に、形だけでも睨みつける。

 ごめんなさい。と彼女は言った。眉を寄せる。こんなにむかむかするのは初めてかも知れなかった。それでも、かたくなな彼女が唯一頼むのがそれだというなら。

「それが、わたしにできる唯一のことだと言うのなら」

 お願いします。とエリザベートは言った。

 まったくもう、とわたしは身を翻す。ほとんど同時に、すぐ側にまできたミーリエルは、わたしに何かを言おうと口を開きかけ、わたしと目が合った所で瞬いた。

 ごめんね、とごまかすように笑ってみせて、人が集まっている前方の開けた場所を目指す。そこにいる人々を見渡して、目的の人物を捜した。陛下はきっとお城だろうから、オルウィスはどこだろう。


 誰に、聞けば。


 一刻も早く、もしもエリザベートが怪我をしているなら、一刻も早く。


「戻ったか」

 声は、真横からかけられた。


読んでいただきありがとうございます!

今後もよろしくお願いします!

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