10.あたたかな光と目覚め
ちらちらと揺れる光に、あたたかいものだと直感した。
暗い書庫で、日の光をたよりにいつもページをめくっていた。時折たまらなくなって、書庫を出る。ページをめくる手がかじかんで、めくれなくて、場所を移動することが、ごく稀にあったのだ。
そうして行き着くのは、姉の部屋だった。お見通しよ、とあの人は笑って、わたしを部屋に招き入れてくれたのだった。
弟たちが姉に甘える傍らで、わたしは揺れる光の前でページをめくる。
時折傍らのテーブルにお茶が用意されていて、目にした途端に喉の乾きに気づく。そうして、本を閉じてはあたたかいお茶を飲むのだった。
顔を上げると、姉がそんなわたしを幸せそうに見つめていた。
覚えているのに、わたしはそのとき、きょとんと瞬くだけで、再び本を開くのだ。
揺れる光を、覚えている。
あたたかくて、やさしくて、自然と口元がほころぶ、幸せなものだと。
ゆっくりと、まぶたをあげた。
だいぶ前から意識はあったけれど、微睡みの中にいたかった。夢を見ていたような気がするけれど、その夢の内容は覚えていなくて、ただ幸せで、幸せな気分を少しでも長く感じていたかったから。
けれど、そんな気分は一瞬で吹き飛んだ。
「暗い!? えっ、どうして!」
慌てて立ち上がれば、何かが落ちた。慌てて拾う。それは、やりかけの刺繍だった。
白い布地に、光沢の違う白い糸で、花の図案。来月の慈善市に出そうと刺していた、ハンカチ。
「ええと、わたし、中庭にいるんだよね?」
暗い。改めて思いながら、辺りを見回す。けれど明るい。揺れる光源は、机の上だった。ちょこんと置いてあるカンテラの中で、炎が揺らめいている。
ここは、中庭の東屋だ。
たどり着くまで、最初の東屋を見つけてから、ずいぶん歩いたような気がする。思ったより広い、と思いながら、ようやく東屋を見つけて、そこに腰を落ち着けて、刺繍を始めたのだ。
日差しがあたたかくて、清涼な空気、深い緑の匂いが爽やかで、気がついたらうたた寝をしていたのかもしれない。
空はとっぷり暮れていた。梢から、星が見える。
はっとする。これは、ミーリエルが探しているのではないだろうか。中庭と言えども広さはたかが知れているし、腰を落ち着けられる場所と言えば限られてくるので、そのうち誰かが追いつくだろうと思い込んでいたのだろうけれど。
大変まずい気がする。
いろいろ、具体的に何がとは言えないけれど、大変、大変まずい気がする。
というか、いくら馬鹿でも分かるというか。
「も、戻らないと」
慌てて広げていた道具を片付けかごに詰め、腕にかけ、そしてカンテラに手を伸ばした所で、はた、と手が止まった。
じっと見つめて、首を傾げる。
……これは、誰の?
少なくともわたしは、ここにこんなものを持ってきたりはしていない。暗くなる前には戻るつもりだった。
がさりと、近くの植え込みが揺れた。びくりと肩を震わして振り返る。けれど先は暗く、何も見えない。近くに光があるのも理由かもしれない。思わず、東屋の柱に隠れる。
「あぁ、間違えた。はぁ……」
冷たい、声。
怖い、声。
ため息にとともに聞こえた声に、あれ、と瞬く。わたしが声を出す前に、あちらが気づいた。
「目が覚めたんですね。姫様」
「……リゼット?」
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